10-8.分析問答
「差し出がましいことを申し上げても? そして、出発するのは少し待っていただけませんか」
「いいよ。何か気になることでもあったかな?」
「十五人という成果は思っていたより多い捕縛人数となったとは思うのですが、懸念されていた魔術士はあの青年一人だと思われますか?」
「――君は違うって思う? いや、質問に質問で返して悪いんだけどさ」
「何とも言えません。ただ、貴方が警戒していた魔術士にしては、少し善良な印象がありましてね」
「善良?」
「ええ。キア殿は実際、モスタンに今回の野盗が仲間を潜ませている可能性を考慮されていたではありませんか」
「…うん、まあ」
「対峙してみれば結局は拍子抜けなほど戦略性のない敵でしたが、これまでのやり口がそうではなかったからこそ、今朝は苛立っていらしたのでしょう?」
キアに思うところをまくしたてると、ぶつけられた側のキアは、困ったように後頭部を掻き上げた。
「…俺はそんなにわかりやすく苛立っていたかい?」
「――そんなことはなかったとは思いますが、すみません、私がそう感じたというだけですので」
「いや、苛立っていたよ。討伐の成功の決定打がなかったからね」
「これにそれほどの要素を見出したということは、それほど賊の魔術士に脅威を感じていた――それほど、彼奴が悪辣な手を使ってきたということだと推測したのですが」
片手半剣の柄に触りながら話す。
「麻痺をかけてくるのって、十分悪辣じゃない?」
「そうですか? そう言いながら貴方、そう思ってはいないでしょう?」
キアは苦笑する。
肯定でいいんだよな? 話続けるぞ。
「あまり交戦経験が豊富なわけではありませんので、認識に間違いがあったらご指摘をお願いしたいのですが。ああいった場で賊側の魔術士が支援の役割を担うのだとすると、麻痺以外であれば、眠らせたり、幻覚を見せて混乱させるようなものを行使するものだと、私は思っています」
「…そうだね。基本的にはそうだと思うよ」
「こちらの隊に死傷者が出る恐れがもっとも高いのは、この内だと幻覚の魔術でしょう。ただまあ、幻覚の魔術で相手を意のままに混乱させることは難しいと、サラ達からはあらかじめ聞いておりましたので、よほど腕の立つ魔術士でないと幻覚を見せるという手段は選ばないのかもしれません。しかし可能性はゼロではない」
「ああ、だから君は、魔除けの発動を、私とハルニスだけに限定したんだろう? サリムには秘密にしておいてあげるよ。ハルニスのほうが厄介な腕だと判断されたのだとわかったら、絶対拗ねるからね」
「…いえ、馬車の中にいたのがサリム殿だったら、サリム殿を指名していたわけで…戦闘能力がどうというわけでは…」
当時の思考としてはキアの言う通りなのだが、そういう言い方をされるとサリムに失礼だった気もして、私は思わず言い訳をする。
「そういうことにしておいてあげる。睡眠導入のほうは?」
「術士の腕によっては、麻痺の術よりも、対象が状態異常から脱するまでにかかる時間が短いと聞いています。それは危ないでしょう? 対象が中途半端に抵抗して、害される可能性がある」
「なるほどね。確かに、我々がアミュレットを持っていると認識するまでは、彼らは我々をできれば無傷で街道に放置したかったようにも窺えた」
「あの魔術士にも聞いていただきたいと思っていますが、麻痺を選んだのは、我々を無力化し、その状態を確実に継続させるためだと思いますよ」
意識的にであれ、無意識であれ。
「だからといって、野盗に協力しているような人間を善良と評するのは感心しないな」
「……申し訳ありません」
私はバニーアティーエを名乗っている。親族が盗賊狩りで殉職している人間なのだ。違和感を伝えるための言葉選びにしては、少し情がなかったか。
「だけど、君の言いたいことはわかるよ。そうだな。これまでの報告では、賊の魔術士は支援型の印象がなかったんだ」
「……直接の攻撃を行ってくるタイプだったのですか?」
「ああ。貴族や商隊というのは大抵の場合護衛を伴っているだろう? その護衛に対しての攻撃が容赦なかったんだ。炎の術で重度の火傷を負わせたり、風と水の術で足を壊死させていたりね。現場で亡くなったケースの報告はないが、……怪我の経過が悪くて最終的に亡くなっている傭兵は私が知っているだけで少なくとも二人いるんだ。後遺症で傭兵業の引退を余儀なくされた者も多いと聞いている」
「…………」
「…うん。君の言う通り、俺を苛立たせていた魔術士は、彼じゃないのかもしれないな」
「……下手をすると、この集団自体が別の盗賊集団の可能性もありますが……」
「…そういうこともあるか」
「便乗犯というものもありますからね…」
「――ミャーノ。ちょっとギャラを上乗せするから、頼まれてくれないか?」
「ええ。一応サラにも確認しますが、お引き受けしますよ」
「おいおい、俺まだ依頼内容説明してないんだけど?」
ここまで問答をしたんだ、わかるさ。
「私とサラに、『捕らえた賊を馬車ごとモスタンへ護送してくれ』とおっしゃるのでしょう? いいですよ。御者殿も一緒にお貸しいただけるなら」
「むしろ御者は連れていってくれないと困るかなあ」
南大隊の第一班は、ここから北上することになった。
遣いに出した使者三人が戻ってくるのを迎えに進む形になる。
お読みいただきありがとうございます。
半分くらいおさらいみたいになってしまいましたがよろしくお願いします。
次の更新は月曜日の予定です。