セイレーンの歌
セイレーンは歌う。
忘れられない、あの人への思いを…
歌は、風に乗りあの人の元へ…
【セイレーンの歌】
荒れ果てた野に、勇壮とならぶ寂れた神殿。人など、殆ど近寄らない場所。そんな場所に、一人の女が歩み寄る。
「ごめんなさい…」
女は、少し泣きそうな声で呟く。そして、神殿の側らに女はそっと何かを置き少し戸惑った後、急いで走り去った。
少し日が落ちた頃、セイレーンは自らの住処である荒れ野の神殿へと戻って来た。そこで、彼女は朝には無かった物を発見した。
『あれは、何でしょう…?』
バサリと翼を広げ、セイレーンは神殿の影にある布の塊のそばに降り立つ。
『人の匂い…』
セイレーンは、そっとその布を捲る。そこには、産まれて数ヶ月程の人間の赤ん坊だった。
『……捨てられたのですか』
セイレーンは、優しく赤ん坊を抱きかかえる。とくん、とくんと鼓動が体に響く。
『生きて、いるのですね…』
呟き、セイレーンは歌う。
小さな命、この腕に…
いつか必ず、私の元へ
セイレーンの愛を、あなたにあげましょう
さあ、生きなさい
いつまでも、また必ず出会う為に…
セイレーンは、赤ん坊を抱き直し空へと舞い上がる。そのまま、近くの街へと飛ぶ。
街の奥の、子供の居ない裕福な家庭に、セイレーンはその赤ん坊を預けた。
数十年後、赤ん坊は立派な騎士へと成長していた。街に侵入して来た魔物を、次々と倒し幾度となく街を危機から救った。そんな彼を、いつも見つめる影があった。
「今日も居るのか」
彼は、空を見上げ呟く。美しい女性の顔と、大きな乳房。そして、鳥の翼と足を持つ美しい魔物。別に、街を襲う気配は無いのだが何故かいつも彼を見つめていた。
それからまた月日が流れ、彼は24歳になった。この頃から、彼は不思議な歌を聞くようになった。頭に、直接響く歌声…。
最初のうちは、そんなに苦痛には感じなかった。しかし、それが毎日続き彼は寝る事すら出来ず、徐々に荒れだす。
「あいつの…せいだ…」
彼はそう言って、そばにあった剣を手に荒れ野の神殿へと向かう。いつも自分を見ていた、魔鳥セイレーンを殺す為に。
『来てくれたのですね』
セイレーンは、神殿に来た彼を見て嬉しそうに呟いた。
「来てあげたよ」
彼は優しく微笑み、囁いた。セイレーンは、バサリと翼を広げ彼の元へと降り立つ。
そして、その両手を広げ彼を抱き締めたその時だった。
「君を殺すために、来てあげたよ…」
深々剣をセイレーンに突き刺す。羽が、辺りへ散らばる…。
『どうして…どうしてなのですか…』
セイレーンが、精一杯の声でしかし悲しげに呟く。
「お前がいけないんだっ!!お前の歌が、俺をこうさせたんだっ!!」
彼の叫びに、セイレーンの瞳から涙が溢れた。
『私は…ただ、あなたを愛して……』
それまでだった。セイレーンはもう動かない。彼は、その剣をセイレーンから引き抜く。
「あ…」
一枚のセイレーンの羽。
「…俺は、なんて事を…」
捨てられた自分を助け、ずっと見守り愛し続けたセイレーン。なんという、罪。
その後、彼は姿を消した。自らの罪を抱き、今もまださまよって居るのだろうか…。