その88 帰り道。おしゃべり。
《治癒魔法Ⅰ》……擦り傷くらいなら即座に治してくれる魔法。転んじゃった子供とかにかけてあげると、次の日からヒーローになれる。
《治癒魔法Ⅱ》……体内にある毒物を取り除いてくれる魔法。軽い風邪なんかに有効。ただし、“ゾンビ”毒は解毒できない。
《治癒魔法Ⅲ》……手から緑色の光を放ち、それに触れた怪我を癒す。
《治癒魔法Ⅳ》……手から強い緑色の光を放ち、周囲にいる仲間の怪我を癒す。
《治癒魔法Ⅴ》……いまいち使い勝手がわからないが、広範囲の仲間の傷を徐々に癒やす感じ? 試しに使ってみたところ、「肩こりが治った」とか、「持病のヘルニアが良くなった」などの意見が多数。
《火系魔法Ⅳ》……《火系魔法Ⅱ》より二回りほど大きな火球を創りだす。地面に落とせばしばらく燃えているので、薪代わりになる。
《火系魔法Ⅴ》……”精霊使い”が、《すごく熱い火》と名づけていた魔法。指定した場所に火柱を起こす。運動神経の良い人なら簡単に避けられる?
《水系魔法Ⅰ》……指先から水鉄砲を発射する。熱湯にすることも可。カップ麺とか作るのにすごく便利。
《雷系魔法Ⅰ》……触れたものに雷撃を食らわせる。スタンガンくらいの威力?
《雷系魔法Ⅱ》……”格闘家”さん曰く、《雷撃弾》。小さな雷の弾を連続して放つ。
《雷系魔法Ⅲ》……”格闘家”さん曰く、《電気スイッチ》。十数分ほど、周囲にある電気製品に必要な電力を供給する。
《雷系魔法Ⅳ》……狙った場所に雷を落とす。
《怪力Ⅰ》……筋力を増強する。“戦士”さんの《攻撃力》と何が違うのかは不明。
《心眼》……目をつぶってても周囲が見える。暗闇での戦闘に有効。
《必殺技Ⅳ》……全身を回転させながら、強力な一撃を繰り出す。
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「フムフム」
綴里さんにコピーしてもらったノートの文面(私が未習得のスキル一覧)に目を通しながら、線路を歩きます。
”ゾンビ”少なし、”怪獣”なし。
道中は平和なものでした。
最近ここを通ったばかりのためか、相手をしなければならない“ゾンビ”の数はほとんどゼロ。
それでも時折、ひょっこりと現れる”ゾンビ”は、
「……――《落雷落とし》!」
ぴしゃごーん、と。
彩葉ちゃんが片っ端から始末してくれます。
取得したての《雷系魔法Ⅳ》の実験体にされた”ゾンビ”は、次々と黒焦げの姿に成り果てていきました。
私の方も、わざわざ燃やさなくていいので楽ちん。
「でも、《落雷落とし》だと、”落”という文字が重複してますよ」
「ぐぬぬ」
彩葉ちゃんは唸って、もう一度《雷系魔法Ⅳ》につける名前を練り始めます。
「雷アタック……いや。稲妻……む、稲妻落とし……ふむ」
どーやら、良い名前が浮かばないみたいですねー。
私なら、単純に《サンダー》とか名づけそうなものですが、
「それだと、他の技の名前とふんいきが違う」
とのことで。
まあ、その辺こだわりたい気持ちもわかります。
「でも、良かったんですか? 里中さんのところに残らなくて」
「ん?」
私は、先ほど軽く顔を出しただけで通り過ぎていったスーパーを振り返りました。
どうやら、あそこもかなりの人たちが集まってきているようです。
みんな、協力してこの事態を乗り越えなければならないことに気づきつつあるようでした。
「あーしがいると、みんな頼っちゃうからな。前は、それが良くなかったんだと思う」
「と、いうと?」
「あの時は、なんでもかんでもあーし一人でやろうとしてたから。そうするのが当たり前だと思ってたし。でも、誰かに頼りっぱなしってのも、良くないんだよな。たぶん」
どうやら、里中さんに何か言われたようですね。
突き放された訳でないのは、彩葉ちゃんの表情を見ればわかります。
それでも、少し寂しそうに見えるのは気のせいでしょうか。
彩葉ちゃん。
あなたはいま、ちょっとだけ大人になったんですよ(慈母のような視線)。
「なんだねーちゃん、変な顔して」
「よしよし」
言いながら、私は彼女のフワフワした頭を、くしゃくしゃと撫で回します。
「う、うわぁ……なにすんだぁ」
「一緒にがんばりましょうね」
「お、おう……」
少女は、しばらく憮然とした表情をしていましたが、……やがて、マッサージを受ける猫のように、目をつぶって心地よさそうにしていました。
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「あ、そういえば」
道中手に入れたスナック菓子を、オレンジジュースで流し込みつつ。
軽くピクニック気分で彩葉ちゃんに話題を振ります。
「ん? どーした?」
「彩葉ちゃんって、”クエスト”はどうなったんです?」
「”クエスト”?」
すると、彼女は少しぼんやりした後、応えました。
「あー……、”フェイズ1”が終わったとかどうとか……その後に言われるやつ?」
「はい」
「もうとっくに終わったよ」
おや。
そうだったんですか。
まあ、これまで話題にすら上がらなかったので、そんなとこだろうとは思ってましたが。
「ちなみに、内容は?」
「かんたんかんたん。安全地帯作ってー、んで、そこに誰かを避難させるとか。そんなん」
「えっ」
なにそれチョロい。
私がどれだけ苦労したと……。
まあ、いいですけど。
”クエスト”の難度も人それぞれなんですねー。
なんででしょう? 日頃の行い?
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それから、また数時間後。
「楽しみだなー。ねーちゃんの仲間って、何人くらいなの?」
「少し前の時点で、五十人くらいでした」
その頃には、通った覚えのある道がちらほらと見えてきていました。
「みんな、きっと彩葉ちゃんの馬鹿力を見て、驚きますよ」
「だろーなー」
彩葉ちゃんがけらけら笑いつつ、
「知らない人に力を見せた時が、一番たのしいよなー。いつも、すっごくびっくりされる」
言われてみれば。
銃で撃たれても死なない私を見た時、あの明智さんも、この世の終わりみたいな表情してましたからねー。
“プレイヤー”あるあるを語りつつ、二人でくすくす笑っていると、
「おや?」「ん?」
見慣れない光景が目に入ります。
道自体には覚えがありました。いつだったか、日比谷一家を助けるために囮になった際、命からがら逃げ回った大通りです。
その通りに沿うように、隙間なくワゴン車やトラックなどが並べられていました。
多くの車は、タイヤを抜かれ、地面に直接置かれているようです。
車体を利用して、頑丈な壁を築くためのようでした。
”ゾンビ”が侵入しうる全ての空間は徹底的に塞がれ、雅ヶ丘高校へ繋がる道を形作っています。
恐らくは、――学校から商店街までを、安全に行き来できるようにしたのでしょう。
「ほえー……」
雅ヶ丘高校のみんなの知恵だということははっきりしていました。
それにしても、たった数日でこれほどのバリケードを構築するとは……。
「すげーな、ねーちゃんの仲間」
「え、ええ……」
知る限り、こういった発想ができそうなのは日比谷紀夫さんですが。
それにしても、かなりの手間と人員が必要なはずでした。
果たして、私が留守にしていた短い期間に、これだけのことができるものでしょうか?
私たちは、丁寧に火が放たれた”ゾンビ”の死骸の山を横目に、バリケードを登ります。
不格好ではあるものの、安全に歩けるその一本道を歩いて、――そして、スーパーマーケット“キャプテン”の前を通り過ぎた時のことです。
「お、おい、――!」
彩葉ちゃんが目を見開きました。
釣られて視線を上げると……”雅ヶ丘高校”の校舎が見えます。
そして、その上空を旋回しているものに気づいて。
「――ッ!」
「お、おい! ねーちゃん!」
次の瞬間には、かつてない速度で駆けていました。
……”ドラゴン”。
マンションの自室からも見えた、飛竜の群れ。
襲撃が始まっているのか。
あるいは、――すでに手遅れか。
「待てって、ねーちゃん! あの数を相手にするのは……さすがにまずい!」
彩葉ちゃんが後ろで何か言っている気がしましたが。
私は止まりませんでした。




