その62 友達
次の日。
空が白み始める時間帯に、自然と目が覚めました。
今日こそは。
今日こそは、“奴隷使い”とやらのいる場所へ向かわなければ。
私は、まだ眠っているみなさんを起こさないように、スーパーマーケットの通用口へ向かいます。
すると、
「行くのかい?」
里中さんに呼び止められました。
誰も居ないと思ってたので、不覚にもビクッとなります。
「あんまり寝られなくってね。……あの子と話してると」
「あー、そういえば、昨晩はずいぶん遅くまで話してましたね」
「聞いてたのかい?」
「いえ。さっさと寝ました」
「そうかい……」
おばさんは、肺の空気を全て出さんばかりの深いため息を吐きました。
「頼みがあるんだけど」
「聞くだけなら」
「あの子、……彩葉ちゃんを連れてってあげてくれないかい?」
少し、意外な申し出だと思いました。
彼女の存在が、ここの人たちにとってとても大きなものだったことは、私でも予想がつきます。
そうでもなければ、命がけでここまで戻ってきたりしないでしょう。
きっとこの場所において、彩葉ちゃんは、“安全”の象徴であったはずでした。
彼女がいれば、もう“ゾンビ”は怖くありません。もっと良い場所に移ることもできるでしょう。
そんな彩葉ちゃんを、自分から遠ざける理由がわかりませんでした。
「っていうか、本人が納得しないのでは?」
「そうかもね。あの娘は優しいから、……また、あたしらの女神様になってくれるかもしれない」
女神様、ねえ。
「でも、それじゃあダメなんだよ。あたしらなんかじゃね。どうやっても、あの娘の隣には並べない。あの子には、本心を話せる友達が必要なんだよ。あんたみたいな」
しばらく、気まずい沈黙が生まれました。
「……もし、彼女にその気があるなら、追ってくるように言って下さい。道中、“ゾンビ”を焼きながら進むので、追いつけるはずです」
「わかった。ありがとね」
里中さんは、疲れた笑みを浮かべます。
彩葉ちゃんの前では、決して浮かべない表情でした。
「なあ、あんた」
「はい?」
「“ゾンビ”は怖いかい?」
「いいえ、ちっとも」
「そうだろうね。……あたしも、最近ではすっかり慣れちまった。ここに来るまでも、何体か殺したよ。“ゾンビ”と……それと、人間も、だ」
「人間を?」
「ああ。暴力的なやつでね。一時期、そいつのことを旦那だとか、そんな風に呼んでいた男だ。あいつは、あたしだけじゃなく、高田さんたちまで危険に晒そうとした。その時ちょうど、手元に包丁があってね。長くは苦しまなかったはずさ」
「ふむ」
「何にも感じなかったよ。十五年は一緒だったんだけどね。“ゾンビ”の方がよっぽど難しいなって思った」
私は、里中さんが何を言いたいか、感覚的にわかる気がしました。
「いいかい。ほんの一月と少し前には虫も殺せなかったあたしが、昔惚れてた男を平気で刺したんだ。あんたは賢い子のようだから、わかってるようだね。“ゾンビ”の恐ろしさは、力が強いってことだけじゃない。連中は、少しずつ、あたしらの常識を壊して、狂わせていくんだ。……なあ、忘れないでおくれよ。あんたたちは、魔法を使える。そんでもって、あたしらよりもずっと強い。……でも、心は、あたしらと一緒なんだ。一度壊れちまうと、もう戻らないんだよ」
里中さんが、訥々と呟きます。
昨夜のマシンガントークが嘘のようでした。
「あの子と、仲良くしてあげてね」
まるで彼女は、彩葉ちゃんがどういう選択をするか、最初からわかっているようでした。
「わかりました」
頷き、スーパーマーケットを後にします。
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それから、二時間ほど経ったころでしょうか。
「おーい! ねーちゃぁーん!」
後ろから、少女が手を振っているのが見えました。
「……あら。来たんですか」
特に意外でもなく、私は言います。
「ああ。みんなはもう大丈夫だって。食べ物もいっぱいあるし、他の生き残ってる人の見当もついてるってさ。そんで、新しくバリケードも作るって言ってた」
「そうですか」
「それに、ここの近くに悪いやつがいるかもしれないなら、やっつけてやらないとな! 何せ、あーしら二人が揃ったら、無敵だし! “怪獣”だってやっつけられるかんな! ……だから」
そこで彩葉ちゃんは、少しだけ、視線と声のトーンを落として、
「だから、……その。あーしも、ねーちゃんについていっていいかな? たぶん、迷惑はかけないと思うし」
もちろん、断る理由はありませんでした。
彼女が私を必要としてくれたように。
私もまた、友達を必要としていたのですから。




