その43 別れの言葉
「そんな! 勇雄……! 嘘だって言ってくれ!」
康介くんが、竹中くんの亡骸の横で跪きます。
あれから、私たちは一晩かけて“ゾンビ”を掃討しました。
空はすでに白み始めています。
私は、竹中くんの死をしばらく伏せたままにしておきました。
彼の死を伝えることで、みんなを動揺させるわけにはいかないと思ったのです。
その結果、もし誰かが犠牲になったりでもしたら、彼も浮かばれないでしょうし。
肌のくすんだ“ゾンビ”の死骸に比べ、彼の死体は、一際綺麗に見えました。
康介くんは、顔をくしゃくしゃにして、死者の手を握ります。
みんな、ボロボロの格好で、それぞれの表情を浮かべていました。
林太郎くんは、どこかぼんやりした顔で。
明日香さんは、ぱっちりとした目を僅かに細めて。
理津子さんは、いつもより無表情に。
麻田剛三さんは、しかめ面で天を仰ぎ。
佐々木先生は、目頭を抑え。
朝香先生も、顔を両手で覆っていました。
紀夫さんが、腕を組みながら呟きます。
「……歳の離れた娘にも良くしてくれた。優しい少年だった」
そして、気を取り直すように、
「だが、いつまでもこうしているわけにはいかん。バリケードを張り直さねば。……康介。立ちなさい」
「うるせえ!」
康介くんが怒鳴りました。
「こんなときに……! なんであんたは……!」
すると、紀夫さんは小さく、
「……ふん」
と鼻を鳴らして、踵を返します。
私は、康介くんに向かって屈み込み、
「死者の悼み方はそれぞれです。そういう言い方はないのでは?」
「すみません、センパイ。今だけは……今だけは……!」
うーん。
こりゃ、時間が必要なアレっすな。
私は立ち上がり、紀夫さんの手伝いに向かいます。
「本当に……君のような娘が倅の嫁に来てくれればな」
「その話はナシです。今後、私の前ではしないでください」
「……む。すまん」
紀夫さんは率直に詫びを言って、校舎に工具箱を取りに行きました。
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幸い、引き裂かれたフェンスは、針金でつなぎ合わせることができるようです。
私は、朝食代わりに持ってきた『一本満足』を三本喰らって、それでも不満足。
美味くてでかくてへるてぃだけど、足りません。まあ、状況が状況なので我慢しますけど。
「食わんと出せんのか? ……その、……火は」
紀夫さんの質問に、私は視線を逸らしながら、
「はあ、まあ」
さすがに、もう隠しきれませんね。
私は刀に《エンチャント》と《ファイア》を使い、破れたフェンス周辺に群がっていた“ゾンビ”どもの一掃を始めます。
フェンスの修復は、紀夫さんの素晴らしい手際で、あっという間に終わりました。
――おめでとうございます! 実績“修復”を獲得しました!
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
「器用ですねぇ」
紀夫さんに向かって言うと、
「舞台の大道具が本業でな。こういう突貫工事は得意なんだ」
へえ。
「舞台って、演劇とかですか?」
「演劇も多い。だが、一番金になるのはあれだ、若者向けのコンサートだな」
「へーへー」
「君らの好きな、ジャニーズ系アイドルの舞台もやったことあるぞ。あの時は大変だった。こっちはさっさと仕事を終わらせたいのに、永遠に客が帰らんのだ」
「ほほー」
感心します。
まあ、私、あんまりジャニーズ系とか詳しくないんですけど。
でもなんとなく、今ではもう過ぎ去ってしまった文明のお話は、心の癒やしとなるのでした。
「よし、できた。……帰ろうか。まだ仕事はたくさんある」
「はい」
「葬式もしなくてはな。不死者どもと一緒に埋葬するわけにはいかん」
「……はい」
しばらく、沈黙が続きました。
二人の足音だけが、早朝の学校に聞こえています。
ぼそり、と、紀夫さんが言いました。
「君は……何かね。エスパーなのか?」
私は首を傾げます。
「さあ?」
「さあ、って。……自分のことじゃないのか」
「自分でもよくわからないんです。ある日突然、でしたから」
「ふむ……」
正直に答えたつもりですが、信じてもらえたかどうかはわかりません。
「まあ、いい。……君が何者にせよ、私は感謝している。それだけは伝えておこう」
私は、素直に頷きました。
なんとなく今の、別れの言葉みたいだな。
そんな風に思いながら。