SS8『ひまつぶし』
とある日の、有楽町駅周辺にあるブティック。
ショーウインドウ前、店のマネキンに紛れて、一体の白銀の鎧が佇んでいる。
他に人影は見えないが、店内では、男女のぼそぼそとした話し声が聞こえていた。
「つ、つ……筒井康隆、で、”か”だ」
『だれそれ』
「SF小説家だよ。『パプリカ』とか『時をかける少女』とかの」
『ふーん。じゃあ、”か”ね。……カスパー・ハウザーかな』
「誰だよそいつ」
『ドイツの孤児。色んな謎を残したまま、何者かによって暗殺されたんだってさ』
「へえ。じゃあ俺は、”あ”か。……赤塚不二夫かな」
『あかつか……またマニアなネタ?』
「これはさすがに常識レベルだろ。『バカボン』とか『おそ松くん』とか描いた人」
『そうかなー? ……そんじゃ、あたしは、オスカー・ワイルドにしよっかな』
「なあ、光音」
『なあに? 犬咬くん』
「そろそろ止めにしないか……、この、”有名人しりとり”。知識の範囲が違いすぎて、お互いに名前を教え合ってばかりだ」
『だからいいんじゃない。見識が広がるわ』
「そうか?」
『それに、――そもそもあたしたち今、身動きできないっしょ?』
「まあな。動くと”ゾンビ”に気付かれるからな」
『じゃあやっぱり、他にできること、なんにもないじゃん』
「まあ、確かに」
『でも、……そーね。わかった。しりとりに飽きたなら、別の暇つぶし、考えよっか』
「どんなのがある?」
『うーんと、そーねえ。じゃ、次に店の前を通りがかった”ゾンビ”に点数をつけるゲームってのは、どない?』
「なんだそりゃ」
『いや、男子がよくやってるじゃん。女の子に点数つけるやつ』
「やらねえよ。そんな趣味の悪い真似」
『そう? あたしの同級生はやってたけどなあ』
「仮に、それをやったとして、基準がわからん。可愛いかどうかってことか? 相手は腐った死体だぞ」
『そうねえ。……じゃ、友だちになれそうかどうかで』
「”ゾンビ”とトモダチ……、ううむ……」
その時、暗い目をした”ゾンビ”が一匹、店の前を通り過ぎていった。
年の瀬は二十歳過ぎだろうか。容姿はわりと整っている。
会社帰りのサラリーマン風の男で、シャツはびりびりに引き裂かれ、肩が露出しており、そこにはくっきりと噛み傷が残っていた。
”ゾンビ”になる前に自殺しようとしたのだろうか。手首にはおびただしい切り傷が見られる。
『あたしはダメね。33点』
「厳しいな。俺は78点だ」
『えーっ、なんで?』
「自殺してまで被害を減らそうとしたんだろ。きっと正義漢の強い人だったに違いない」
『それで結局、”ゾンビ”になってたら意味ないじゃん』
「その心意気が大事なんだよ」
『……ふーん』
また、もう一匹。今度は女の”ゾンビ”だ。
歳はわかりづらいが、恐らく二十代。
血に濡れた浅葱色の雨合羽を羽織っていて、なんとか生き残ろうと努力した痕跡を読み取ることができる。どういう経緯でそうなったかは謎だが、その額にはコーヒーのスチール缶が突き刺さっていた。
『うーん。74点』
「……88点」
『あら、ああいう子が好み?』
「いや、別に。俺はわりと、穴があればなんでもウェルカムなタイプだから」
『うわ最低。それ、あんまり他の女の子の前で言わない方がいいよ』
「そうか?」
次に通りかかったのは、髪を金色に染めた”ゾンビ”で、ぱっと見たところ、男か女か判別しづらい。顔全体が黒く焼け焦げているためだ。
崩壊した顔面をよく見てみると、蒸発した眼球があった場所から、今もなお、暗い色の血液が噴き出している。
服は全身、黒づくめ。どうやらかなり長期にわたって着込んだものらしく、首元がかなり白くなっていた。
『6点』
「10点」
『やっぱり、喪服みたいな格好はちょっとね……せめて清潔感があればマシなんだろうけど』
「”ゾンビ”に清潔感を求めるなよ」
次。
老人。男性で、見ていて気の毒になるほどに灰色の肌。
頬に大きな穴があるところ以外には目立った外傷はないが、最近ではむしろ、生前の姿が残っている方がよっぽどグロテスクに思える。
何より不気味なのは、どういう筋肉の作用か、その唇が道化師のように笑って見えるところだ。
『……う。ごめん。0点』
「同じく。悪い人には見えないんだがな」
『笑ってる”ゾンビ”ってもう……それだけでキツいわ』
「”ゾンビ”ってのは、なるべく無表情でいてほしいもんだな。殺すとき、辛い気持ちになる」
そしてまた一つ、ゆらりと人影が。
灰色の雨合羽を被っていて、その顔はよく見えない。
雨合羽は、おびただしい血と臓物で彩られていて、強烈な腐臭を放っていた。
何より特徴的なのは、その足取りである。
その個体だけは、明らかに何らかの意志を持ってこちらに近づいていて……、
『あっ。あれって……』
「ようやくか」
『助かる。指示通り来てくれたのね、興一くん』
「ああ。ちゃんと予備の雨合羽も持ってる。これでなんとか、”ゾンビ”どもの鼻を誤魔化せるはずだぞ」
『ねえねえ。ところで犬咬くん』
「なんだ」
『彼の点数は?』
「そんなの決まってるだろ。――100点満点だよ」
『そーね。やっぱり友だちにするなら、生きている人に限るってこと!』
「だな」




