その41 陳腐な理由
「綺麗だ……すごく」
思わず、そう口に出していた。
頬が濡れている。
涙だ。
知らないうちに、涙を流していた。
瞬間、雷に打たれたかのように、全てが理解できた気がした。
――武器を手にとってください。
それまでずっと幻聴だと思われていたその言葉が、まるで自分に与えられた使命のように感じられた。
「だ、大丈夫かい……?」
自分と同じく、校舎で居残りを命ぜられた(要するに、戦力外ということだ)中田先輩が、不安そうに訊ねる。
「大丈夫……大丈夫です……」
――武器を手にとってください。
「…………………………――ッ!」
自分の中にずっと秘められていた気持ちに気づいたのは、この時だったかもしれない。
滅び行く世界。
滅び行く人類。
それに抗う、一人の少女。
火をまとった剣を振るうその姿は、まるで神話の一ページそのもので。
あの人が好きだ。
あの人と一緒にいたい。
あの人とキスをして、あの人と手を繋いで、そして、――あの人の生んだ子供が欲しい。
自分なんかじゃあ、とても釣り合わないかもしれないけれど。
それでも。
「やっぱり、少し休んだ方がいいんじゃないか? ここは僕たちに任せて……」
中田先輩が、優しい言葉をかけてくる。
だが、聞いてなどいられなかった。
こんなところでぼんやりしていること。
それ自体が、人生の無駄遣いだと思った。
今、はっきりとわかったことがある。
“彼女”のいない人生なんてものには、なんの意味もないのだ。
――武器を手にとってください。
だったら、何をすべきかなんて明白じゃないか。
「中田先輩。……俺の、一生のお願い、聞いてもらえますか?」
「……どうした?」
少年の表情に、中田先輩も真顔になって応える。
「銃……貸してください」
「これを?」
中田先輩は、ほとんど押し付ける形で紀夫さんから手渡された拳銃を見た。
「僕だって使い方がわからないし、別に構わないけど。……でも」
一瞬、中田先輩は、困惑した表情になる。
いま、自分の正気が疑われているのだ。
そんな相手に、わざわざ危険な武器を渡す気にはなれない。それが人情というものだろう。
でも、だからこそ。
「中田先輩。……お願いします」
力ずくで奪うことはしたくなかった。そもそも、中田先輩とはガタイが違う。まともに組み合えば勝ち目はないだろう。
少年にとっては、永遠とも感じられる時間が過ぎていった。
やがて、
「君は、いつだったか、センパイに鍛えてもらえるよう、麻田さんのお父さんを説得してくれたよね」
「……ええ」
「それだけじゃない。君は、自分のことよりも、みんなのことを優先できるヤツだって思ってる」
中田先輩は、そっと拳銃を少年に手渡す。
「ありがとうございます」
「それで、どうするつもりだい?」
「センパイの手助けに行ってきます」
「……それは……。しかし、君じゃあ」
わかっている。
小学生のころ、短距離走を走っただけで保健室に運ばれた経験がある。
運動は苦手だ。
チーム競技では、いつだって仲間の足を引っ張ってきた。
本を読んだり、ゲームしたり、友達と馬鹿話をするのが好きだった。
それでも、やらなければならない時もある。
――付近の“敵性生命体”を駆除してください。
震える足を叱りつけながら、少年は歩き出した。
好きな人を守りたい。
たったそれだけの、陳腐な理由のために。




