その377 詰めろ
きり、きり、きり、きり……と、日常生活の中ではあまり聞かない類の音が、すぐ耳元で聞こえています。
見ると、里留くんのグローブに隠された鋼の糸に絡め取られ、ぎゅっと両腕が拘束されていました。
目にも止まらぬ早業。さすが、訓練を受けた者の動きです。
里留くんの《攻撃力》によって強化された鋼の糸は、若干、私の防御力を上回っているらしく、すでに身体のあちこちから血が滴り落ちていました。
「――くっ」
「この糸は、肉に食い込むよう加工してあるんです。知ってますか? 腕の筋肉が破壊された”プレイヤー”は、力の入らない両腕で《治癒魔法》を使おうとして、芋虫のように転がり回る」
「ひええ……」
悲鳴を上げたのは、脅しに屈したためでも、痛みのためでもありません。
服が。
このままでは服がばらばらになる。
それに気付いたためでした。
私ったら今日はよりにもよって、以前にトールさんと見繕った、ピッチリシャツ+ホットパンツの終末系ファッション。
つまりこの服、わりと簡単にその機能を満たさなくなるということで……。
さすがの私も、乳放り出した状態で戦うような真似はできません。
しかし、まさか里留くん、この展開をわざと狙っている、ようなことは……。
――二つ。俺があなたに勝つ手段としては、二つ、やり方があります。
とか、さっき言ってたけど。
もう一つの勝ち筋って、私の服をびりびりに破いて戦意喪失させるとか?
ちらっと彼の顔を見上げます。
にいっと邪悪な微笑がこちらに向いていました。
いかん。勝つためにはなんでもやる気だ、こいつ。
「――こ、《鋼鉄の服》!」
遅ればせながら、私は服を変質させます。
とはいえ、少し判断が遅かったようで。鋼糸はすでに私の上半身をグルグル巻きにしていて、なんかボンレスハムを思い出させる感じに。
「ちなみにそれ、悪手っすよ。それをするならまだ、《刃の服》の方が……」
「――ッ、《口封じ》!」
間髪入れず、私はまだ使える右足で里留くんを思いっきり踏んづけました。
彼は微動だにしませんでしたが、これで数分間だけ魔法攻撃を封じることができるはず。
そこで私、詰め将棋の如く追い込まれている自分に気付きますが……仕方ありません。
あの技を使いましょう。
覚悟を固め、大きく息を吸うと、
「――――――……ッ」
里留くんが、狂気じみて目を見開きます。
彼が思わずポーカーフェイスを解いた。その意味をうすうす感じながら、――
「――――――――――わあっ!!」
両手を塞がれても使える便利技といえばこれ。
さらに連続して、
「ヘンタイ! ヘンタイ! ドヘンタイ! エッチ! 触らないで! みなさん! ここに痴漢がいまあああああああああああああす!」
超至近距離での《雄叫び》。
多分、三回目くらいの「ヘンタイ」で私の望む効果は発揮したでしょうが、念のためね。
さすがの彼も、鋼の糸を掴む手が緩んだと見えて、私は身を滑らせるようにしてその輪から抜け出しました。
同時に、素早く《必殺剣Ⅵ》を解除します。
ぱっと桃色の輝きが消失し、鋼色の刀身が切れ味を復活させました。
それにしても、盲点です。
《必殺剣Ⅵ》、完全に攻撃力を失ってしまう欠点があるとは。
しかしこうなってくると、どうしても”攻略本”を手に入れなくてはいけない。
アレにはたぶん、私が使う技が弱点込みで詳細に書かれているのでしょう。
そんな便利で危険なもの、第三者の手に握らせておくだけで危険でした。
決意を新たにしながら、私は里留くんに切っ先を向けます。
耳と口を塞がれた彼は、それでも平然としてこちらに向き直っていました。
例の鋼線を捨て、再び徒手空拳での戦いを挑むつもりみたい。
そこで私は、大きく深呼吸して気を落ち着けます。
危機を脱することはできました、が……。
さっきの《雄叫び》には少々、デメリットがありました。
「いた! あそこだ! 十万ぽいんと!」
「ほんとだ! みんなーっ、いくわよ!」
「突撃よ、突撃! こんじょうみせろーっ」
「ごーごーごーごーごー! むーぶむーぶむーぶむーぶむーぶ!」
たぶん、この付近で私を追っていた少女達みんなに、こちらの居場所を知らせてしまったということ。
やはり、あんな小さな女の子が話すだけでは、みんなを思いとどまらせることはできませんでしたか。
私は嘆息しながら、
「――《斬鉄の刃・改》」
《必殺剣Ⅱ》を起動。
かつて《スーパー・スラッシュ》と名付けて彩葉ちゃんのダメ出しを喰らった技(今度はイケてるはず。多分)を、すぐそばにある鉄製の電灯向けて振り抜きます。
すると、電灯はあっさりと根本から分断され、轟音と共に私のそばへ倒れました。
そしてそれを、私は刀身の背と鞘を使ってちょいと持ち上げ、追跡者たち目掛けて、ぽいっ。
「う、わあ!」
全力ダッシュしてきた少女たちの先頭組が、慌てて急ブレーキをします。土煙と共に、彼女たちの無謀な突撃は、そこで留まりました。
「危険だから誰も近寄らないでッ!」
…………静寂。
返答、なし、と。
これで、彼女たちが自重してくれればいいのですが。
果たして、不死の少女達がそれでストップするかどうか。
「里留くん。ここは紳士協定を結びませんか。女の子たちには一切手を出さない、と」
「…………――」
彼、唇を斜めにしたままで、返答なし。
あ、そうだった。この人いま、耳が聞こえてないんだった。
「いや、やっぱなんでもないです」
呟き、私は刀を構えます。
そもそも、言葉が聞こえていたとしても同じこと。
この展開。
たぶん、まだあなたの考えたシナリオ通り。
そうでしょう? 里留くん。
でも、ここまででようやく、こちらにも彼の狙いが読めてきました。
次こそは、……思惑通りとはいきません。




