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JK無双 終わる世界の救い方   作者: 蒼蟲夕也
フェイズ3「鏡の国の冒険」
341/433

その335 消えない傷痕

『ああ、そうだ。あとは手筈通りに』

――……………ガガッ。

『細工は流流。あとは仕上げを御覧じろ、だ』

――……………ピー、ガガッ。

『そうだな。永遠に終わらない夜勤のような時間だったよ』

――…………ガガガッ。ガガガガガガ。

『……ああ。救出は不要だ。そもそもあんた、それができる能力でもないだろ』

――…………ガッ、ガッ、ガガガ。

『そうだな。俺はここで死ぬ』

――……………ピピ、ガガガッ。

『うん。計画に問題はない。”勇者”の逃げ道はある……』

――…………ガガガッ。

『いいんだ。何もかも、あんたの言うとおりだった。失敗した俺にはちょうどいい結末だよ』

――…………ガガガガガ。

『あんたはたった一言、死者たちに命ずれば良い。「やれ」と』

――…………ガガッ。

『いや。そうはならん。短い間だったが、彼と接してきたからわかる。陳腐な表現だが、彼はたぶん、どのような障害を前にしても決してくじけない心を持つから』

――…………ピピッ。ガガガッ。

『ふーん。趣味が悪いな。……まあいい』

――………………ガガ。

『では、あとのことは頼んだよ』



 やるべきことを済ませ、最後の心残りも消えた。

 これでようやく終わりの時が来たな、と、自嘲気味に思う。

 ただ、それはまあ、いい。

 もちろんベストは”勇者”に、この地で飼い猫のようになってもらうことだったが。


 とはいえ、最初からそれが、ほぼ不可能な任務だということはわかっていた。


――”勇者”を留めておくことはできない。決して。


 ある者の意見はこうだ。

 ”勇者”と”魔王”はやがて、相見える運命にある。

 その運命は恐らく、神とか仏とか、そういう連中の手のひらの上にあることだから、こちらでどうこうできる問題ではないのだ、と。


――ただ、少しくらい遅らせることはできる。


 健介は今、その”少し”のために命を賭けていた。

 この行動が、彼の主の理想に通じると信じて。


 死は、これっぽっちも恐ろしくなかった。

 何せ彼にとってそれは、すでに経験済みのこと。

 なんてことのない、真っ暗闇の終焉に過ぎない。


 ただ、そんな彼にも絶対に許容できないことがあった。

 消えること。

 誰の心にも残らず、誰一人として思い出されず、その存在が”透明”になってしまうこと。

 生き物に備わった、あらゆる欲望から解放された彼の望みはある意味、純粋だった。

 名を残すこと。

 誰かの心に、決定的な傷跡を残すこと。


 そしてそれをするのに、”不死”の人間ほどふさわしい者はいない。


「光音、――さっさとこの辺、綺麗にするぞッ」


 銀色の剣が振るわれ、血の雨がモール内に降り注ぐ。

 それを頭から浴びて、健介は内心で笑っていた。


――血が身体に入っても怖くないことだけが救いだな。


 歩く死者たちの中に紛れつつ、右に左に”勇者”の視界を躱していく。

 全身ひどいダメージを負っているお陰で、”ゾンビ”に紛れるのは容易かった。

 不意を打てば殺すことも不可能じゃない位置にいて、健介は彼をじっと観察している。


 一つ、確信を持って言えることがあった。

 もはや、このモールにいる全ての者は詰んでいるということ。

 生きて現実世界の土を踏むことはないということ。

 ただ一人の例外、”勇者”を除いて。


 直接の処刑執行人が自分ではないことだけが心残りだったが、……もともと、殺しは彼の仕事の範疇ではない。

 浜田健介に与えられた仕事はむしろ、”勇者”の保護。

 最後に彼を逃がすことによって、この仕事は完全に決着する。


『ヴォェ、ア……ッ』

『…………――』


 すぐ真横にいた死人が”勇者”の剣で真っ二つに引き裂かれるのを横目に、浜田健介は好機を見計らっていた。

 ”勇者”に与えるダメージは、大きすぎても小さすぎてもいけない。

 ただ、強烈にストレスを与えるものでなければならない。

 他人のことなど、どうでも良くなるように。

 この場から、逃げ出したくなるように。


 人間には神経が通っており、そこには微弱な電気が流れている。

 健介は、そのうち三叉神経という箇所を《雷系魔法Ⅲ》で刺激してやるつもりだった。

 三叉神経というのは顔の感覚を司る箇所で、ここを刺激された際に起こる痛みは言語を絶するという。


――痛みを。人が狂うには十分な痛みを。


 そこに加えて、あの者の攻撃が加われば。


 人間の思考を読むことは難しい。

 だが、痛みに苦しむ猿の行動を読むことは、それほど難しくはない。


『ゲェ、ア……』


 ”勇者”によって、近くの”ゾンビ”が次々と切り裂かれていく。

 健介は、死を恐れぬ植物のような心だ。


――とはいえそれには、この手を直接、あのヘルメットに当てる必要がある。


 だが、一度触れさえすれば、もはや《治癒魔法》でも取り除けないダメージになるだろう。健介が操作するのは、体内に流れる電気の流れ。生命活動に必要なそれを取り除けるほど《治癒魔法》は万能ではないのだ。


 もちろん、その時の反撃で自分は死ぬ。


 だが、それでいい。神経に受けたダメージはしばらく彼を苛み、――……やがて、この男が為さねばならないことを為すだろう。


 彼の感傷は、世界救済の前では些細なことだからだ。


「よーし! これで決めるぞ……! 必殺! 《セイント……」


 ”勇者”が剣を構え、天に掲げる。


 今だッ!


 内心そう叫びながら、浜田健介は”勇者”に飛びかかった。


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