その303 ニャッキー・キャット
”ニャッキーの家”は、ディズニャーランドの人気者、ニャッキー・キャットとのグリーティングが楽しめる人気アトラクションの一つ。
平時であれば最低でも一時間はたっぷり待たされるその小屋に入場すると、なんだか、どこかで聞いたことがあるミュージックを耳にします。
具体的に言うと、マリオの1-1面で流れる例のあのBGM、といいましょうか。
それに、ざしゅっ、どがん、ずぎゃーん、ワーオ!的な効果音が重なって、
「……こんにゃろ、こんにゃろ……やったー!」
という声が。
室内を覗き込むと、ニャッキー用の大きな椅子に、女の子が一人、こちらに背を向けた格好で腰掛けていました。
「これで百連勝! ……もうCPUは相手にならんくなってきたなあー。ちょろい」
などと呟く彼女に、こっそりビデオカメラを向けながら、
「やあ、ニャッキー! おはよう!」
根津ナナミさんが意地悪く声をかけます。
すると少女は、雷で打たれたみたいに身体を跳ねさせて、足元にあるマスクをがぼっと被りました。
「な、な、な、な……なにっ!? だれ?」
「昨日連絡しただろー? 探検隊御一行さまだ」
「え? ……ああ。そっか、麗華が言ってた……」
「そういうこと。”異界の扉”まで、案内してもらうぜ。ひひひ」
「お、おう……おっけー……」
ニャッキーさん、不意の来客にかなりびっくりしたらしく、少し調子が悪そう。
私と目を合わせただけで、再び電流が流れたみたいにびくびくびくーっとしてますし。
「えっ、えっ、えっ、ええと。……あ、案内するのは、この四人でいいのか?」
「ああ。よろしくね」
「……わかった」
そしてニャッキーは、心なしか私から逃げるように、部屋の隅っこにある従業員向け扉に逃げ込みます。
私はすぐそばの舞以さんに、
「……あの人、ずっとああいうキャラなんですか?」
「んーん。昔はそういう感じじゃなかったよ。最近からかな。マスク被り始めたの」
「そりゃまた、なんで?」
「わかんない。趣味じゃない? そういう年頃なのよ、きっと」
年頃て。
年頃でそんな奇行に走ることなんて……、あるか。
かくいう私も中学の一時期、無意味に眼帯してたことありますし。
私たちの先頭を進むのは、カメラマン兼、リーダー役のナナミさん。
それに、舞以さん、私、蘭ちゃんの順番で続きます。
人目に付かない扉をくぐった先にある従業員用の休憩室は、どうやらニャッキーさんの生活スペースになっているようでした。
そこには、毎朝配られるペットボトル入リの飲料水やスナック菓子の類、それと暇つぶし用のマンガやゲームソフトなどが、ズラリと並んでいます。
「ニャッキーって、意外と少女漫画も読むんだね。ひひひ」
ナナミさんがからかうと、ニャッキーはえへんえへんと、下手くそな咳払い。
「あんまりあちこち見ないでくれるとその、うれしいんだけど」
「へへへへ。ニャッキーの私生活を暴露! その正体は!? みたいなネタでも、動画一本やれそう」
「……………………」
ニャッキーはそれに応えず、最近増設されたと思しき監視モニターを操作し、地下を見張っているカメラを次々と切り替えていきました。
そこに映されていたのは、――
「うわ。……これは……」
”ゾンビ”、”ゾンビ”、”ゾンビ”。
通路を埋め尽くす、”ゾンビ”たちの群れです。
「いちおー、地下はいま、こういう感じになってる。覚悟しといてくれ」
「えっへっへっへ。これぜんぶ倒しながら進むとなると……ちょっと大変だねえ」
ナナミさんの笑顔も、ちょっぴり引きつり気味。
「一応、あーし……いや、僕がザコ散らしをやる」
「うっす。頼んだぜ、”不死隊”さん」
「……うむ」
「それで、肝心のエレベーターは?」
「すぐそばにある。《雷系》の三番で動かす」
「頼んだよ。私らは、まだここでは消耗できないから……」
「わかってる。道中のやつはぜんぶ僕がやる」
▼
そこから五人、ぞろぞろと移動して。
物資運搬用のエレベーターは、その部屋を出てすぐ左に曲がったところにある、荷台が大量に置かれたスペースにありました。
普段私たちが利用するものよりも数倍は大きいそのエレベーター前に到着すると、
『ゥ………ォォォ………………ォォォ………』
階下から、例のあのうなり声が聞こえてきています。
「ひょっとしてこれ、地下到着と同時にワッと襲われるパターン?」
「あーし……いや、僕が全部やっつけるから、大丈夫だよ。倒しきれなかったやつにだけ気をつけてくれ」
「頼りになるねえ♪」
「…………。麗華の頼みだからな」
そして、ちーん、と音を立て、エレベーターの扉が開きました。
ニャッキーさんを除く私たちは揃ってマスクとゴーグルを装着し、その中に入り込みます。
どうやら移動先のボタンは、『地上』と『地下』の二つだけのようで。
ニャッキーさんは特に躊躇することもなく、『地下』行きのボタンを押しました。
鋼鉄の扉がしまり、――エレベーター内限定で流れる、例のあの、微妙に気まずい沈黙が五人の間に流れます。
そこで私、ちょっとだけ気になることがあって、ニャッキーに声をかけました。
「ねえ、ニャッキー・キャットさん」
「なんだ、ねーちゃ……いや、お嬢さん」
お嬢さんって。明らかにこっちが年上なのに。
「さっきニャッキーさんが遊んでたゲームって、スマブラ?」
「えっ。……う、うん」
「もしよろしかったら今度、お手合わせ願えませんか」
「ああ……それは……えっと。機会があったら……いいけど」
「よしきた」
「けどあーし、乱闘ルールしかやらんぞ」
「構いませんよ」
多人数で遊ぶのは、むしろ望むところ。
「うちに、あなたと同い年くらいの女の子がいるんです」
「………………」
「今度、その子に携帯ゲーム機をプレゼントしてあげることになって。ちょうど対戦相手がほしかったところなんですよ」
「……ちょっと、静かに。そろそろ、つく」
「ああ、失礼……」
気付けば、”ゾンビ”のうなり声がかなり大きくなっていました。
恐らく、エレベーターが駆動する音に引き寄せられているのでしょう。
私たちはそれぞれ、扉と反対側まで下がって、身構えます。
扉のすぐ前には、ニャッキー・キャット。
「扉が開ききったタイミングで《必殺技》を叩き込む」
そして、地下に到着したことを示す、ちーん、という音が聞こえて。
私たちは全員、息を呑んで、扉がゆっくりと開いていくところを目の当たりにしていました。
それも無理はありません。
扉の隙間から、我先にと室内に飛び込もうとする”ゾンビ”たちの指と、……ぎらついた目が覗き見えていたのです。
『ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
思わず、ナナミさんが叫びました。
「何してんだっ。扉ごとでいいから、さっさと始末しなよ」
「ばか。それだと帰りが困るだろーが」
とはいえ幸いだったのは、あまりにも”ゾンビ”たちが扉付近に殺到していたせいで、その動きが阻害されている点でしょうか。
彼ら、獲物を渇望するあまり、むしろこちらに近づけないまま、扉の前でぎゅうぎゅう詰めになっている状態です。
「そんじゃあ、やるぞ。――《爆裂・百裂……ええと、ニャッキーパンチ》!」
同時に、ニャッキーの右腕が金色に輝き始めました。
「うぅうううううううううううう……りゃあああああああああああああッ!」
そしてそこから、――エネルギー波のような何かが放たれます。
同時に、
ずどどどどどどどどど!
……と、ドリルで穴を開けた時に聞こえるような音が耳朶を打ちました。
爆裂・百裂ニャッキーパンチ。
名に反して極悪な威力のその技は、こちらに向けて一歩踏み出した”ゾンビ”の群れを、一瞬にして挽肉の塊に変えてしまいます。
「よおし! こんな仕事、さっさと済ませるぞ!」
そう叫ぶニャッキーさんはどこか、やり場のない怒りをぶつけているようでした。




