その285 四匹の子豚
『君は他の三人にいじめられている。』
その一文を目にして、私は一瞬、息を呑みます。
「なっ……っ」
「どうした?」
「――にぬねの。なんでもありませんけど?」
「ふうん。……緊張してる?」
「いえ」
「少なくない人に見られるんだから、電波系はたいがいにしとけよ」
「わかってますよ。――それより今回の勝敗は、どのように決めるおつもりで?」
「それなんだが、……どうもこのゲーム、クリア時にプレイヤーごとの順位が決められるみたいだ。オレサマとオメー、より上位の方が勝ちってことにしよう」
「私以外の二人は?」
「主に、フォローを担当する。二人への指示は個別チャットで行う」
見ると、画面右上には得点が表示されているみたい。
「ふぅん……一つ、試してみたいことがあるんですけど、いいですか?」
「なんだ?」
私は無言で、装備しているラバーカップを”賭博師”さんが操作する、黄色い豚へ振り下ろしました。
ぽこり! という気の抜けた効果音と共に、私のポイントが加点されます。
「ぎゃあ! なにしやがる」
「なるほど。では、今度はトラ子さん、私を殴って下さい」
「……いいのか?」
「ええ。私、どんなゲームも、ルールをちゃんと理解することから始めたいんです」
言われたとおり、黄色い豚さんが、その剣を私のキャラクターに振り下ろしました。
ずぐしゃ、というエグい音がして、私の操作している赤い豚さんの身体が血に染まります。
同時に、私のモニターに表示されているHPゲージが大きく減少しました。
「わ、けっこう痛い」
「そうか。やっぱ、ダメージがぜんぜん違うな」
「……他に変化は?」
「いや、特に?」
「例えば、変動したパラメータ、とか」
「うーんと……この、”幸福度”ってのがちょっと下がったみたいだな。……なになに。”リーダーなのに仲間を傷つけてしまった”かららしい」
「なるほど」
どうやらこのゲーム、――同じ目的を目指しているように見えて、プレイヤーごとに加点される条件が違うようです。
私の目的は、むしろ”仲間の足を引っ張ること”みたい。
な、なんちゅう心がねじくれたゲームだ……。
白豚:『まったく、いきなり喧嘩するなよな!』
赤豚:『え、エヘヘヘ。すまねえ。ちょっと試してみただけさ』
黄豚:『思わずボクも手を出してしまったが、次はないぞ?』
青豚:『……………………』
四匹の子豚たちは、表面的には仲良しのふりをしながら、我が家を旅立ちました。
「とりあえず、どこへ向かえばいいかわからんなあ」
「こういう時は、街で情報収集するのがお決まりでしょう」
「だな」
四人は、ぞろぞろと街道を歩いて行きます。
すると道中、わかりやすく行き倒れているキャラクターを発見しました。
『た、助けてくれぇ……。狼族にやられたぁ……』
彼、全身ひっかき傷だらけで、今にも死んでしまいそう。
私と”賭博師”さんは慌てて駆け寄り、話を聞き出します。
『私は、西の砦に攫われたプリンセス、ビャッコさまの従者。……彼女は今、狼族に囚われて幽閉の身。誰か! 勇気ある者よ! ビャッコさまをお助けするため、私を街の医者へと連れて行ってくだされ……』
私たちのキャラ、それぞれの頭に「はい」「いいえ」の吹き出しが出現します。
もちろん、私たちはまよわず「はい」を選択した……の、ですが。
一人だけ、「いいえ」と応えたプレイヤーがいました。
藍月美言ちゃんです。
彼女の操作する青色の豚さんは、とことこと倒れた従者さんの元へ駆け寄り、その喉元を、ざっくりと掻き斬りました。
「な、ナニいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
「なにやってんの美言ちゃあああああああああああああああん!?」
美言ちゃんの頭に、ぺっぺらっぽっぽっぽーと、金色の星が輝きます。
どうやら彼女、今の殺人でレベルアップしたみたい。
黄豚:『な、なんたることだ! 罪もない人を殺めてしまうなんて』
白豚:『な、なんたることだ! 罪もない人を殺めてしまうなんて』(多分手抜き)
赤豚:『うける』
青豚:『イヒ! いひひひひ……血のにおいだぁ……』
美言ちゃんは立場をわきまえているらしく、私たちのツッコミに言葉で応えず、ゲーム内チャットにて返答しました。
『ひとりでも、たくさんころして、つよくなったほうがいい。むずかしいゲームなんだろ?』
マジか。
……いや、わからんでもないんですけど。
「こういう重要人物って、生かした方があとあと役に立つパターンがあるんですけど」
ですが意外にも、さっきまで驚いていた”賭博師”さんが反論します。
「いや、わからんぞ。これを作った男のねじくれた精神構造を考えたら……今のが最適解である可能性も高い」
ふむ。
私はそれには意識して反論せず、うなずきました。
「それに、これは競争だ。序盤に大きくアドバンテージをつけて、逃げ切る作戦だな?」
チラリと、モニター越しに、”賭博師”さんと目が合います。
……ええと、別に今の、作戦でもなんでもないんですけど。
「ま、まあまあ。それは良いじゃないですか。とりあえず当初の目的通り、街へ向かいましょうよ」
「………………ちっ」
がたーんと、乱暴にゲーミングチェアに座る音。
あれー? なんか空気悪くなあい?
「だがその前に! 青色! オメー、今殺した男から、何か剥ぎ取っただろ」
美言ちゃんは応えません。
「パーティの財産は、リーダーのオレサマが管理する。全て地面に置け。さもないと……」
ほぼ同時に、”賭博師”さんとタマちゃんが武器を構えました。
「殺し合いになるぞ」
同時に、かちゃかちゃかちゃかちゃ、と、美言ちゃんが軽快にキーボードをタイピングする音が聞こえます。
『わかった』
そして彼女が地面に置いたのは、”西の通行証”と呼ばれる重要そうな道具と、少なくない額の金貨。回復薬がいくつかと、攻撃呪文を唱えるための巻物が数点。
「おおっ! こりゃマジで、この男殺したの正解だったかもしれんな。くくくくっ」
それを見た”賭博師”さんに、笑顔が戻りました。
「いいか、青色。オメー他に何か隠し持ってたら、あとで徹底的にボコるからな。わかったな?」
『わかった』
「よーし、じゃ、とりあえず、街行くぞ、街」
惨殺された骸と目を合わせないようにしながら、私たちは街道を進みます。
これから先、なんとなーく、今以上に嫌な気持ちにさせられることを予想しながら。




