その257 浴場にて
「でも、――本当に良いのかい? そこの二人はここに来て日が浅いようだし、何より無名だ。場合によっちゃあ、重荷ンなる」
まず口を開いたのは”語り姫”、遠峰カズハだ。
「ああ、それは構わないんだ。実を言うと、今日ここに集まってもらったのは、……いつもの議題とはちょっと違う。ライカの件じゃない」
「おンや。ライカとは無関係? 全くの?」
「うん」
「それじゃ、最近話題になってる新しい”敵性生命体”……”飢人”関係とか」
「いや。それよりももっと危急だ」
「でなければ、あれだな。”守護”共が再三と注意喚起してる”無限湧き”の一件」
「それも大した脅威じゃない。……今から話すことに比べれば」
ぽこぽこぽこぽこ……。
ジェットバスの、気泡を多く含んだ水流の音が聞こえている。
綴里と明日香は、押し黙って観察に集中していた。
「だったら、ほかに、なにが、あるの……?」
浴場内に、囁くような”歌姫”の美声が響く。どこか、プレゼントの梱包を一つ一つ解いていくような、そんな丁寧な発音だ。
「たぶんみんなには寝耳の水だと思う。ボクも、独自のルートで仕入れた情報だから」
独自のルート。
綴里としてはやはり、前世の記憶を疑わずにはいられない。
「それって、なあに……?」
「核ミサイルだ」
しん、と、辺りが静かになる。「今晩のおかずは?」と訊ねたら「コモドドラゴンのステーキ」と応えられたようなもの。それが何かは知っているが、食卓に並ぶにしては現実味がなさすぎる。
「あはっ、いひ、いひひひひ。それって、ジョークですか? ドッキリ系の新企画? カメラまわってる?」
”笑い姫”が、愉快そうな表情のまま、あちこちを見回した。
「ドッキリじゃないよ。安心して。ボクの言葉は、正真正銘の本物だ」
「えへ、えへへ。でも、どこのお国が、そんな……」
「東の超大国、とだけ言っとく」
「アメリカかな?」
「言うなよ。わざわざ言葉を濁したんだから」
ぽちゃんと、”笑い姫”がいた辺りで水音がする。ついでに、ブクブクブク……という、ジャグジーの水流とはまた違った泡の音も。
「世界の終わりだぁ!」
そして、狂ったような笑い声が浴場に響いた。ふざけているようでもあり、本気でおかしくなったようでもある。
その次は、綴里のすぐそばで湯船に浸かる、”実況姫”が口を開く番。
「でも、なんでだよ? オレサマが聞いた話じゃあ、どの国も自分たちのことで手一杯だって」
百花は、この小さな少女に心なしか冷たい視線を送って、
「たぶん、どこかの誰かが情報を流しちゃったんだろうね。いま世界中で起こっている、人類全体の危機は、この国の誰か……たぶん、ボクたち”プレイヤー”の何者かが行っていることだろう、ってさ」
「それで、事態の根本的な解決のため核を撃つ……と。まるきり阿呆の論理だな。かつての先進国が、そこまで短絡的なモンかねえ」
「一応フォローしとくと、ミサイルの発射は国民の総意でもなんでもない。一部の反社会的勢力の暴走……だったと思う。直接見たわけでも、テレビ・コメンテーターの解説があったわけでもないから、正確ではないけど。ただ、神に誓ってそれは必ず来る」
「ふーん」
一周回って、”語り姫”。
「……数は?」
「一発だけ」
「着弾点は?」
「案内できる」
「ミサイルの種類は?」
「知らない。ただ、宇宙を経由して、空から隕石みたいに降ってくるやつ」
「何時、落ちてくる」
「六日後の、2015年8月31日。夏休み最終日だ」
「なんでそれを知った」
「企業秘密……まあ、一つヒントを出すならば、《時空系》の力を利用した、とだけ」
「”中央府”に連絡は」
「不要だ。あらゆる防衛システムが破棄されている今、彼らはむしろ邪魔になる」
「なるほどね……」
少女達の間に沈黙が流れた。
綴里はこのタイミングで「どうやら”姫”たちには”転生”云々の話は知らせていないらしい」と気付く。
百花がミサイルについて知ったのは恐らく、前世で一度経験しているからだろう。
「こ、ここ、こうしちゃいられない! えへ、えへへへへ。避難しなくちゃっ」
最初に動いたのは、”笑い姫”。
彼女はがに股でのしのしタイルの上を歩きつつ、綴里たちの前を通り過ぎていく。
そんな彼女に声をかけたのは、――”実況姫”だった。
「彼氏に教えにいくのか?」
「それとこれとは関係ないじゃん」
「ファンが聞いたら泣いて怒るぜ」
「わ、わ、私は、アイドルになりたかったわけじゃないっ、あいつらが勝手に祭り上げただけじゃないか。私は好きなときに、好きな相手とオ●ンコするんだ! いひ、ひ、ひ」
「まあ、落ち着けよ」
童女にしか見えないその人は、からからと大物らしく笑って、
「その前に、どこに逃げるべきかだけでも聞いといた方が良い。……なあ、百花さん?」
「悪いがそれは、土壇場まで教えられない」
「……どうして?」
「この中から一人でも脱走者が現れたら、きっと計画がうまくいかないからさ」
「ほう」
そこで百花さん、ジャグジーからざばりと上がって、少女達が見守る中央まで移動、そして仁王立ちになった。
一瞬、――性別を超えた美しさを目の当たりにして、天宮綴里は息を呑む。恐らく、その場にいた全員が同じことを想ったに違いなかった。
「作戦の鍵は、ボクの恩人でもある”先生”だ。彼女の《必殺剣Ⅹ》により核ミサイルを斬りつけ、無効化する」
しん、と、再び沈黙。
「なんとなく、うまくいきそう」というのんき顔の”歌姫”に対して、”語り姫”は複雑な表情だ。
「……いろいろツッコミどころはあるが、まずそれ、着弾点が予測よりちょっとでもズレたら終わりだよね」
「そこは、”賭博師”の《夢幻のダイスロール》を使おう」
「でも、その”先生”とやらの体調が万全じゃなくなる可能性だってあるだろ」
「そこは”奇跡使い”のキミがコンディションを整えてくれるとを信じてるよ」
「そもそも、個人の集中力に命を賭けるのは、リスクが高すぎるんじゃないか」
「それこそミズキの《闘いの唄》の出番じゃないか」
「大体、その日に限って、ライカが何か仕掛けてこないとも限らん」
「その時に備えて、”遊び人”に動いてもらおうよ。――なあ、ナナミ? 当日は、ちょっとしたパレードを開いてもらえないかな。なんなら核ミサイルの撃墜も、イベントの一環だということにしよう」
ぽこぽこぽこぽこ……。
ジェットバスの音。
”語り姫”はしばしの黙考のあと、最後の質問を口にした。
「……ミサイルがどんな速度で飛行すると思ってる。たしか大気圏に突入する際は、秒速7キロメートルとか、そんなんだったはずだぞ」
「ミサイルの速度は、ボクの《時空系魔法》でスピードを10分の1まで落とすことができる」
「それでも弾丸より速い」
「安心して。”先生”の刀は、秒速数百メートルのライフル弾を斬る」
そして百花は、綴里たちにウインクしてみせて、
「それはきっと、そこの二人が保証してくれるはずだよ」




