その253 渡り鳥の羽根
「ええと……”渡り鳥の羽根”って、なあに?」
首を傾げます。
「たしか”救世主”の実績報酬ですよね。持ってないんですか?」
と、綴里さん。ナイス記憶力。
「はあ」
「では、私が出しましょう。――処理を保留にしているので」
すると彼女の前に、ひらりと一枚の羽根が現れました。
あっ。これ見たことある。家に置きっぱですけど。
綴里さん曰く、これの効果は、
――”渡り鳥の羽根”は、使うことで半径5キロ圏内であれば一瞬にして移動できる羽根です。一度使うとなくなります。
とのこと。
消耗品を使ってでも来い、とは。……ひょっとするとこれ、かなり大急ぎの案件なのでは?
「ちなみに、他にもいくつか便利そうなアイテムを”アビエニア”に持ち込んでいますので」
「え? どこに?」
「”マジック・ポケット”という報酬アイテムが……まあ、その辺は”戦士”さんが記憶を取り戻した後に話しましょう」
その何気ない言葉に、私は人知れず傷つきます。
そんな風に、今の私を用済みって感じに言わなくても。
「とにかく、百花さんの元へ向かいましょう。どうも尋常の感じではないですし」
「りょーかい」
私は、気が進まないながらも羽根を手にして、……どう使えば良いかわからず、しばし困惑しました。
『ドラクエ』とかでも、キメラの翼ってどうやって使ってるんでしょ。謎だ。
「ってかこれ、そもそも室内で使っても大丈夫なのかな。天井に激突して即死! みたいなことには……」
「きっと大丈夫ですよ。それにいまのセンパイなら、天井に激突した程度で死にはしません」
ホントかなぁ。
「ちなみにこれ、二人以上の移動は可能なのでしょうか?」
「さあ?」
「もし可能なら、私も同行します。……ないとは思いますが、罠の可能性もありますし。できれば明日香さんも」
明日香さん、ぐっと親指を立てて、
「どんなピンチが待ち受けていても、三人ならば怖くないっ。それに私は、プロデューサーとして百花さんに出演交渉する義務がありますし……」
やっぱり明日香さん、一番気楽なポジション確保しにかかってない?
とはいえ、今はいちいちツッコミを入れている暇はなく。
「では……」
私は、羽根を天高く掲げます。
そして、
「”アビエニア城”の一番高い屋根の上!」
と、叫んでみたり。
使い方としてはだいたいそれで正しかったのか、私たち三人の身体が、蒼白く淡い光に包まれました。
そして、ちょっとずつ身体が浮き上がっていって……、
「お、お、お、お?」
一度でも経験してみたらわかることですが、自分の身体が意志とは無関係に浮き上がるというのは、ずいぶん気味の悪いものです。
そして次の瞬間、私たちは地下通路の天井を突き抜けて、遙か上空に飛び上がっていました。
「わ、わあッ! すご!」
「ひゃぁああああああああああああああああああああああああああ!」
「…………………………………………………………………………ッ!」
もうね。その時に感じたスリルは、ディズニャーのアトラクションの比ではありません。安全が保障されているジェットコースターに対して、何が起こるかよくわからん魔法の力を利用しているわけですから。
でもこういう時、死を意識した人たちの顔つきが窺えて、ちょっと面白かったり。
明日香さんはもう、わかりやすくきゃあきゃあ騒いでいて。
綴里さんは下唇を噛んで、じっと耐えている感じ。
ちなみに私、驚いたのは最初だけで、今は状況を楽しむことができています。
今の私たちは”非現実の王国”の上空、百メートルくらいを浮遊していて、この美しいテーマパークを真上から眺めることができていました。
眼下には、高さ51メートルのシンデレ……ごほんごほん、”アビエニア城”がそびえ建っており、その水色の屋根が見えています。
遠近法による巨大感を出すため、上層部が小さめに作られているというそのお城は、上空から眺めると、どこかミニチュアを思わせました。
29本の尖塔。その中でも、最も高い塔の屋根は、ぴっかぴかの金色。
その屋根を取り囲むように、空を悠々と羽ばたいているのは、――
「わあっ、すごい! ドラゴンだ!」
ファンタジックなお城と、竜。
私の中の子供心が、今にも溢れてこぼれそう。
ちょっと前までは、平凡な人生を孤独で静かに歩みたいと願っていましたが……、今や、冒険に次ぐ冒険の日々。
強い刺激は苦手なタイプですが、こういうのも案外、悪くないものです。
とはいえそれも、もう少しで終わりを迎えるのでしょうが……。
金色の屋根には、二人の女性の姿が見えました。
一人は、話に聞く金髪碧眼のエルフ女子、恋河内百花さん。
そしてもう一人は、苦楽道笹枝さんという方でしょう、たぶん。
二人は、私たちに向けて大きく手を振っています。
「――っ! ――――――――! ……!」
そこで百花さんが、何ごとか叫んでいるのに気付きました。
彼女、幾度か同じ言葉を繰り返していることがわかって、私は、風に紛れる彼女の声を、断片的に聞き取ります。
「――ッ! ――――ッ! ――――、――――ッ!」
ごめん。時間がないから。再会の挨拶は、またあとで。
「――――――、――――――ッ!」
落ち着いたら、ちゃんと説明する。
……かな?
「――《――……》!」
その後の一言は聞き取れず。
ただそれが、何らかの呪文の詠唱だと気付いた時には、もうすでに遅すぎました。
得体の知れない、無色透明なエネルギーの波に囚われ、私は息を呑みます。
百花さんの真意がわからないまま、私の意識はいとも簡単に、肉体の制御を見失いました。




