その228 断首
「おい、嘘だろ!?」
誰もがその光景に目を剥きます。
その間も、両馬さんに噛みつかれた男の人は世界中に向かって気の毒な悲鳴を上げ続けました。
「チッ! 鳥羽ァ! 少し、……動くな!」
そして吉田さんは、懐からでっかいリボルバー式の拳銃を取り出します。
あ、この人きっと、”射手”だ。
「頭部を、――完全に破壊して下さい!」
「言われなくても……!」
そして、吉田さんが引き金を絞ります。
同時に、橙色のオーラに包まれた弾丸が発射されました。
弾丸は正確に両馬さんの額に命中し、――すでにほとんど炭化していた彼の頭蓋を粉々に粉砕します。
さすがに、死んだ。……今度こそ。
しかし、問題がそれで解決したわけではありませんでした。
鳥羽というらしい男性の傷口には、両馬さんの唾液と脳漿がたっぷりと付着しているはず。
私は数歩下がって、事態を見守ることに。
「お、おい……ッ! 大丈夫か、鳥羽?」
吉田さんも、心配そうな声をかけるものの、自分からは決して彼に近づこうとはしません。
「うう………うううう……ッ。よ、吉田さん……、どうなっちまうんだ、俺。……肌が、肌が焼けるようだ……」
クレーターの中心地で膝を折りながら、その男性は苦悶の表情を浮かべています。
人並みの想像力を持つものであれば皆、彼が危機的状況にあることがわかりました。
「だ、誰か! 《治癒魔法》を使えるやつはいねえのか!?」
吉田さんが仲間に声を掛けますが、皆、押し黙って応えません。
私たちはただ、それを見守っていることしかできませんでした。
彼が、両馬さんと同じものに、――《スキル鑑定》の結果から察するに”飢人”と呼ばれるモノに変貌していくのを。
一見、彼の見た目が大きく変わることはありませんでした。
ただ、大きく欠損した肩の部分から、浸食するように肌が血の気のない色に染まっていくのがわかります。
『ぐ、あ…………ア、ア……』
辛いところですが、私は吉田さんに、こう言わずにはいられません。
「殺しましょう。もう、助かりません」
両馬さんが言っていた「首をはねろ」という言葉はつまり、そういうこと。
彼が、怪物に変異してもなお私に伝えてくれた情報を無駄にするわけにはいきませんでした。
「ば、馬鹿言えよっ、鳥羽は、――俺の弟分なんだぞ……」
「あなたたちが消し炭にした男の人も、私の知り合いでした」
吉田さんは、びっくり人形のように目を見開いたまま、
「あれは、あの生き物はいったい、なんなんだ? ”ゾンビ”ではないようだが……」
「わかりません。恐らく新種の”敵性生命体”なのでしょう」
「新種って……」
鳥羽さんは土下座するような格好でうずくまったまま、微動だにしなくなっています。
私には、彼を一発で仕留める手段が思いつきません。
どうしても遠距離攻撃では、”飢人”となったものを殺すに物足りない。
「みなさんっ、ここは協力して、もう一度《火系魔法Ⅴ》を……」
「ば、馬鹿野郎。もうちょっと様子を見てからでもいいだろ」
「しかし、このまま彼を放っておく方が危険です」
「いいか! あいつを傷つけるやつは! 俺が許さねえッ!」
しまった。完璧に意見割れた。
周囲を取り囲む”プレイヤー”たちもみんな、動揺しています。
統率の取れない集団ほど脆いものはありません。
この状況で鳥羽さんとやらが暴れ出したら、とてもではないですが対処できないのでは。
その時、群衆の中から一人、小柄な娘の影が飛び出しました。
少女の手には、日本刀。
見覚えのあるそれは、――私が先ほど、路地裏で放り投げた祖父の形見です。
彼女は、地を嘗めるような低姿勢で駆けながら鞘を放り捨て、一切の躊躇なく、鳥羽さんの首をぶった切りました。
月夜の空に、弧を描くように鳥羽さんの頭部が跳びます。
「なッ……」
「ありゃりゃ」
生首となったそれは、ごろん、とクレーターの中を転がって、それでもしばらくは口をぱくぱく開け閉めしていましたが、――やがて、ぴくりとも動かなくなります。
「な、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
怒り、というよりは驚きが勝る悲鳴を上げる吉田さん。
少女の正体は、――路地裏に置いてけぼりにした、藍月美言ちゃんでした。
彼女、どうやら私を追いかけてきていたみたい。
「な、なッ! な……! こ、このガキ……!」
あ、いけない。
いま吉田さん、たぶんまともに議論できる精神状態じゃなくなってるかも。
「何しやがんだ、このガキぃいいいいいいいいいいいいいいいい!」
そして彼は、リボルバーの銃口を美言ちゃんに向けます。
まずい、と思った時にはもう遅く。
激高した吉田さんが、美言ちゃん目掛けて弾丸を三発ほど撃ち込みました。
さすがの私も、弾丸に追いついてまで美言ちゃんを庇うような真似はできず、――彼女の身体が貫かれるところを、黙って見ていることしかできません。
この世の中で、子供ほど死に値しない生き物はないように思われます。
大抵のものを直視していられる私でも、それだけは見ていられませんでした。
思わず、ぎゅっと目をつぶると、
「ちなみに《聖騎士の大盾》は、――俺が思った場所に出現させられる」
聞き覚えのあるバリトンボイスが。
恐る恐る目を開けて見ると、美言ちゃんのすぐ手前に、水銀の如く揺らめく、不定形の大盾が出現しています。
吉田さんの弾丸は、三発とも完璧に防がれていました。
「夜久さん……?」
「すまん、おくれた」
そして、つかつかとマスクの男が目の前を通り過ぎ、問答無用で吉田さんの顔面にパンチを叩き込みます。
「ウギャッ」
ずでーん、と、吉田さんが地面に転がるところが見えて。
「コイツ、よくわからんままぶん殴っちまったが。――まずかったか?」
彼の背後には、麻田梨花さん、沖田凛音さん、天宮綴里さん、そしてアキバの”王”、仲道縁さんの姿も。
私はというと、深く安堵の吐息を吐いて、こう応えました。
「いいえ、別に?」




