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JK無双 終わる世界の救い方   作者: 蒼蟲夕也
フェイズ3「つよくてニューゲーム」
202/433

その196 ニチアサおじさん

 その後は、ほとんど一瞬で決着がつきました。


 夜久さんは金属バットマンの顎に正確な右フックを繰り出し、それだけで大の男がスイッチを切られたように崩れ落ちます。

 たった今まで私たちの前に立ち塞がっていた危険な男は、「きゅう……」とかなんとか、子猫が鳴くみたいな音を発してぴくりとも動かなくなりました。


「一丁上がり、と」

「殺……!?」

「殺しちゃいないよ。それがヒーローのルールだ。そうだろ?」

「ルール、ですか」

「こいつはここに寝かせとくか。どうせ夏場だ。このまま放っておいても、死にゃあしないだろ」

「はあ」


 対する私は、この闇夜においてもゴーグルを装着したままでいる彼に、妙なうさんくささを感じています。


「ご老人、お怪我は?」

「問題ない。叩かれたのは椅子だけじゃった」

「っつっても、車輪がフレームから歪んじまってるじゃねぇか。モノが不足してる昨今だ。足を折られたようなモンだぜ」

「いや、それはいい。生きてさえいれば」

「そうかい?」

「ああ。いずれ昔の知り合いが来て、手足を治してくれるって約束しとる」

「その、――根本から無くなっちまった手足を、かい?」

「うむ。なんでも、そういう魔法の力がある、とかで……」

「なるほどね」


 夜久さんはそれで話を打ち切って、於保多さんを車椅子ごと、ひょいと持ち上げます。


「送るよ。家はどこだい?」

「……すまんな。すぐそこだ」

「おし」


 そして三人は、かつて金物屋だった建物の裏口から室内へ。

 於保多さん本人にはあんまり清潔なイメージがなかったのですが、彼の生活スペースはかなりすっきりした空間の印象。なんなら私の部屋の方が汚いくらい。

 なんでもこの人、暇な時間は片足で動く訓練も兼ねて、掃除ばかりしているそうな。

 うーん、見習わなきゃな。


 正直私、もうちょっとここでまったりしていても良かったのですが、


「そんじゃ、俺たちはここで」


 という夜久さんの言葉で退室することが決まってしまいます。


「なんだ。もう帰るのか? 茶と茶菓子くらいだすが」

「ありがてえ。だが、見返りを求めないのがヒーローなのさ」


 そしてサムズアップ。

 あー……。

 凛音さんが言ってた「ヒーロー気取りが鼻につく」って、コレか。

 わかる気がします。なんというかこの……茶番劇に付き合わされている感じ。


「行こうぜ、嬢ちゃん」

「ぐぬぬ」


 ちょっとだけ嫌な予感をさせながら、彼の意に従うことに。

 とはいえ一つだけ言えることがあります。

 少なくともこの人、――悪者ではなさそうだ、と。



 マッチョなおっさんの背中に続きながら、私はぼんやり考えています。

 この世に存在する善人と悪人のバランスって、どれくらいなんでしょう、って。

 人間をゼロかイチかで割り切ることはできないので、永遠に答えの出ない疑問なのでしょうが……。

 ただ一点、他者を傷つけられる才能を持つ者と持たない者のの割合は、圧倒的に後者が多い気がしました。


「あの……」

「ん?」

「それであなたは、私を殺すために現れたのですか?」

「いんや。通りがかったのはたまたまさ。……生まれつきハナがきいてね。悪党の仕事場に、ついつい足が向いちまう。ガキの頃も似たようなことがあった。たまたま気が急いて学校から早く帰ったら、ちょうど泥棒が入ってるところでね。俺、警察から勲章をもらったこともあるんだぜ」

「へ、へえ……」


 隙あらば自分語りおじさんかな?

 私はすこし彼から距離を置いて、


「では、今夜はもう、解散?」

「そんなツレないこと言うなよ。もうちょっとデートしようぜ」

「あっ、ごめんなさい。私、そういうの苦手なんで。さよなら」


 にべもない私の言葉に、夜久さんは渋い声でクックククと笑います。


「そっちの事情はよくわかってる。なんでも、記憶を失ってビビってるんだとか」

「余計なお世話ですよ」

「まあ、気の毒には思うぜ。さっき嬢ちゃんのレベルを観たんだ。まともにやりあったら、とてもじゃないが勝てない相手だ」

「……はあ」


 レベル?

 え、私らってレベル制採用してんの? RPGみたいに?


「だがまぁそのへん、あるいはカミサマもバランス観てくれてるのかもな。強すぎるヤツには難しいクエストを出す、みたいにさ。ゲームバランスが崩れて、クソゲーになりすぎないように」

「クソゲー、ですか」


 だとしても記憶喪失って、さすがにアンフェアすぎる気がするんですが……。


「俺は思うんだよ。……やっぱりこの世は、どっかの誰かに弄ばれてるんだってさ」

「はあ」


 私の連れない返事が続いたせいでしょうか。

 夜久さんはやれやれと肩をすくめて、


「ま、いいや。とにかく言えるのは、俺もこのチャンスを逃すわけにはいかない。明日は正々堂々、嬢ちゃんに勝つ。そしてこの”終末”を生き抜く」

「はあ」

「もし明日、俺が勝てば、――必然的に嬢ちゃんの縄張りは全取りになる。わかってるな? 力が弱い者は外敵を防げないからな」

「どうぞお好きに」


 縄張り、と言われても。

 私、そもそもここを仕切ってるつもりがないのですけど。


「……本当に、……怖いな」

「何がです?」

「嬢ちゃんが置かれている状況。記憶喪失がさ。詳しく知らなくてもわかるぜ。嬢ちゃんはきっと、そこまで強くなるのにとんでもない修羅場をくぐり抜けてきたはずなんだ。……そして、多くの代償を支払ってきたはず」

「はあ」

「でも嬢ちゃんは、それを大した未練もなく手放そうとしてる。――それが俺には、とんでもない悲劇のように思えるのさ」


 私は押し黙りました。

 この人が遠回しに言おうとしていることがわかるためです。


 夜久さんはきっと、――敵である私に、やる気を出させようとしてる。

 私を鼓舞してる。

 あとあと苦しまないように。


 すごいな、と、単純に思いました。

 少女たちが大喜びで生首を狩ってくるような世の中で、――こんなお人好しが存在していることに対して。

 だから別れ際、こう告げておきます。


「あなたって、毎週日曜朝にやってる子供向け番組の登場人物みたいな人ですね」

「よせやい」


 そうして夜久さんは、溶けるように闇夜に消えて行きました。


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