その139 春菜ちゃんの秘密情報
準備万端。
私と”賭博師”さんが意気揚々と”ボス部屋”の扉をくぐると、
「……あれ?」
そこには、誰の姿もなく。
「おーい、春菜さぁーん。鮎川春菜さぁーん」
声をかけても返事なし、です。
そのまま、待つこと十数分。
「……これ、留守かな」
「うーん。ボスキャラが留守とか、そーいうこと、あるんですかねぇ」
「そりゃあるだろ。向こうも生きてるんだから。寝たり飯くったりオナニーしたり。いろいろ忙しいんじゃねえか?」
「はあ」
じゃ、出直しますかと提案しかけた、その時。
「はいはいはーい☆ ちょいと待った!」
唐突に春菜さんの声がしたかと思うと、ぱっと彼女が姿を現しました。
「いやはやいやはや♪ 思ったより来るのが早かったモンだから、準備に手間取っちゃったよ☆」
例のごとく、作り笑いを顔面に貼り付けて。
「あれれれー?」
そこで春菜さんは、素っ頓狂な声を上げます。
どうやら、”賭博師”さんの指に光る金色の指輪に気づいたようでした。
「それひょっとして、”修羅の指輪”? けっこー高いのに、よく買えたもんだ♪ ……なんか裏ワザでも使った?」
「企業秘密だ。……それより、その格好はなんだ? オメー、戦う気、あるのか?」
“賭博師”さんは、春菜さんの服装(なんかやたらエロいデザインのネグリジェ)を指して、しかめっ面を作ります。
「いやー☆ じつは、さっきまでベッドにいたもんで……」
「なんだ? 彼氏とイイコトしてたのか?」
「アッハッハ。“従属”したら、二人もきっとわかるよ」
「――なんだと?」
私たちはその言葉に、不穏な何かを感じずにはいられません。
「オメー、まさか……」
春菜さんの方も、「口を滑らせた」とばかりにバツの悪い表情で、
「まあ、いいじゃない☆ そんなことは」
「いいや。よくないね」
”賭博師”さんは、先ほどとは別のものに敵意を向けていました。
「”ダンジョンマスター”は、……”従属”した人にそういうことを命ずるようなヤツなのか?」
「そういうこと、とは?」
「とぼけるなよ。シモの処理とか、そんなんだ」
「もし、そうだとして、お二人には関係のないことです☆」
「バカ言え」
その吐き捨てるような台詞に間髪入れず、私が続きます。
「そういう非人道的な真似をする”プレイヤー”がいるのなら、放っておくわけにはいきません」
そこで一瞬、春菜さんの表情に哀愁が混じりました。
「もしその、”ダンジョンマスター”とやらがクソ野郎だってんなら、オレサマがここを出た時、ぶっ飛ばしてやる」
そこで春菜さんは、ぶんぶんと大げさに首を横に振りました。
「いやいや。そういうんじゃない。”ダンジョンマスター”はいい奴よ。これほんと」
「そうなんですか?」
「うん。……だから、この話はおしまい☆」
どうやら春菜さんは、それ以上この話題を続けるつもりはないようです。
「それよりさー☆ さっさと本題に入らない?」
「……。まあ、いいけども」
「じゃ、《火系魔法Ⅱ》、よろしくー♪」
私と”賭博師”さんは、一瞬だけ目を合わせてから、
「――《ファイアーボール》」
「――《火球》」
と、それぞれ呪文を唱えました。
同時に、ゴウッ、と手のひらの上に火球が生まれます。
そのサイズは、……二人そろって、三十一センチ超。
それを見た春菜さんが、
「ん、おっけー、ごーかく☆ じゃ、とりあえず、このフロアはクリアってことにしとくね♪」
と、気楽に言いました。
同時に、フロア奥にあるドアが大きく開かれます。
「なんだって? ……いいのか?」
「うん」
「実際に試さなくても?」
「試すまでもないよー☆ 二人とも、わたしの《魔法バリア》じゃ防ぎきれない威力の”魔力”を手に入れたみたいだし♪ クリア条件は、あくまで『私に負けを認めさせること』だからね☆」
リベンジの機会を失った”賭博師”さんは腑に落ちない表情で、
「だが……正直、いまのオレサマでは、あんたの魔法に勝てると思えん」
まさしく、その通りでした。
実際、前に”賭博師”さんを瞬殺した《雷系魔法Ⅱ》の威力は、私たちのそれを遥かに凌駕するものだった訳ですし。
「モチロン、二人の修行はまだ始まったばかりってとこ☆ スポーツに例えるなら、“基礎トレーニングが済んだ”って感じかな♪」
「なら、なんで……」
「こっから先は、――直接経験したほうが早いから♪ ってわけで、今後、私と連絡を取る時は、これを使ってね☆」
そこで、ぽいっと手渡されたのは、一台の小型無線機。
「でも約束して。連絡を取るのは”宿屋”の中だけ。……それ以外の時は、ポケットの奥に突っ込んで、絶対に表に出しちゃダメ。……バレちゃうからね☆」
「バレる? 誰に?」
春菜さんは、ぺたぺたと裸足で私たちのそばに歩み寄り、
「……”王”」
と、妙に押し殺した声で言います。
「誰それ」
「そういうジョブのヤツがいるの☆ ――今は眠っていて、ここを見ていないはずだけど」
「……ん? ここを作ったのは、”ダンジョンマスター”では?」
「”ダンジョンマスター”と”王”は別人だよー☆」
なんだそれ。
ええと、つまり……この”ダンジョン”の管理人は、二人いるってこと?
詳しい人間関係の相関図ぷりーず。
「とにかく、無線機を使う時は”宿”の中ってことは厳守してね☆ いちおーあの中だけは、”王”も覗けない設定になってるから♪ そうしないと、わたしの立場も危うくなっちゃうの☆」
その言葉で”賭博師”さんは何かに得心がいったのか、
「自分の立場を危うくするようなリスクを負うってことは……つまりオメー、オレたちを使って、何か計画を企てている訳か?」
「ま、そんなとこかなー☆」
「ってことは、オレたちにアドバイスするのも、何かそっちにメリットがあるってことだろ。違うか?」
それはまるで、この宇宙には無償で得られるものなど何一つとして存在しない、とでも言わんばかりの口ぶりでした。
「うん♪」
「それは……なんだ?」
「教えなーい♪」
そこで一瞬、”賭博師”さんが挑むような目つきになります。
が、私が肩に軽く手を当て、彼女を抑えました。
「まあまあ」
「だが……」
「誰だって秘密を抱えているものです」
そもそも、この取引はフェアではありません。
春菜さんの気が変われば、それきり糸が切れてしまうような、そういうぎりぎりの関係なのです。一時の不信のためにそれを反故にしてしまうのは、あまりにももったいない気がしました。
私の意図は、“賭博師”さんにも十分に伝わったのでしょう。
「……ちっ。わかった。そんじゃー、さっさと聞かせてくれ。オメーのいう、”アドバイス”ってやつを」
「おっけー☆」
そして春菜さんは、話し始めます。
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【春菜ちゃんの秘密情報】その1
二人も薄々気づいているとおり、”プレイヤー”には通常の方法では参照することができない、隠されたステータスが存在している。
なお、ステータスは基本的に“プレイヤー”のレベルとは無関係に、それぞれ実戦を経験すればするほどに強化されていく。
【春菜ちゃんの秘密情報】その2
“マスターダンジョン”の階層はそれぞれ、
地下四階:”魔力”
地下三階:”防御力”
地下二階:”攻撃力”
地下一階:”素早さ”
地上階:”運”+その他、総合力
を、強化するために存在する。
【春菜ちゃんの秘密情報】その3
それぞれの階層には、強化するパラメータに対応した“魔物”が出現し、例えば地下二階の”魔物”は、鋼鉄のように堅い身体を持つ”鉄スライム”、地下一階には、ものすごいスピードで跳ね回る”羽スライム”など、その階層で強化するステータスに沿った敵が配置されている。
【春菜ちゃんの秘密情報】その4
全てのステータスのうち、もっとも重要なものは”魔力”である。
”魔力”は、その”プレイヤー”がもつ不可思議な力の根源。全てのスキルは、この”魔力”をエネルギー源にして発動する。故に、”魔力”が失われると、全てのスキルが使用不可能になってしまう。
【春菜ちゃんの秘密情報】その5
次の階あたりから、あなたたちとは別の”プレイヤー”と合流する。
喧嘩しちゃダメだぞ☆




