その14 執行人
基本的に、人は人を殺せない生き物だと聞いたことがあります。
第二次世界大戦中の発砲率は15%以下。その中でも、敵を狙って射撃することができた兵士の数は、さらに低かったんだとか。
多くの人々が暴力に耐性がないという事実は、この学校に避難してくるまでで“ゾンビ”を始末した人が一人もいないということからもわかります。
“ゾンビ”は人ではありません。
“ゾンビ”は死者であり、彼らが生きていた頃の人格は、もう既にどこか遠くへいってしまっているのです。
彼らは“人類の敵”であり、いわば害虫のような存在で。
始末することだけが唯一の解決法なのです。
……と。
そんな風に割り切れる私は、かなり珍しいタイプの人間なのでしょう。
「センパイ……あたし、聞きました」
リカちゃんが、心配そうな表情を向けてきます。
その隣には、康介くんの姿も。
「なんつーか俺、こーいうのちょっとおかしい気がするんスけど。……センパイにばっか殺しやらせるって、どうなんスかね」
首を傾げて応えます。
「まあ、私がもう少し早く気づいてたら、こうはならなかったのかもしれませんし。元々、責任はとるつもりでした」
「そんな……! センパイはなんにも悪くないじゃないっすか! それ言ったら、俺たちだって気づかなかったわけだし」
康介くんが憤ります。彼の言ってることはもっともですが、私のポケットには例の“どくけし”が入っていました。
私が気をつけていれば、誰一人死なずに済んでいたのです。
どういう偶然かは知りませんが、私には不思議な力が宿っていました。
その力は、自分だけではなく、自分の身の回りの人も救えるものだと自覚しています。
私は、その力の行使の仕方を誤った。
それだけでも、十分に責任をとるべきです。
まあ、それを二人に言うと話がややこしくなるので、あえて口にはしませんでしたが。
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“ゾンビ”二匹分の、戸を叩く音。
例の老人と、彼に噛まれた男性が“ゾンビ”となったのでしょう。
扉の前には、麻田剛三さんと佐々木先生が陣取って、タイミングを見計らっていました。
私たちを見守っているのは、残りの生存者のみなさん、ほぼ全員。
正直、人から注目されるのは慣れていないので、こういうことされると手先が狂うんですけども。
ただ、みなさん、これから起こることは見ておかなければならないと強く希望されていました。わざわざその気持ちを否定する気にはなれません。
「ナンマンダブナンマンダブ……ナンマンダブナンマンダブ……」
と唱える老婆の声をBGMに、抜身の刀を構えます。
「大丈夫か? なんなら、やっぱ、アタシが代わるか?」
と、朝香先生が口を挟みます。
「グロテスクなの、駄目なんでしょう?」
それに、ここまできてバトンタッチするのも、段取り的にどうかと。
「鍵を……開けるぞ」
まず、佐々木先生が錠を外しました。
「準備はいいかね……?」
麻田剛三さんが、私に訊ねます。
「いつでもどうぞ」
同時に、ガラッと引き戸が開かれました。
そして、倒れこむように“ゾンビ”が一匹、扉の外へまろびでます。
「ひえっ……!」
わかっていたことでしょうに、佐々木先生が悲鳴を上げました。
最初に飛び出したのは、例の老人“ゾンビ”。
名は、水谷一郎さんとおっしゃるそうで。
うつ伏せに倒れた一郎さんの後頭部に、さっと刀を突き刺します。
バタバタと両手両足を蠢かせていた一郎さんは、それきり動かなくなりました。
まず、一つ。
間髪容れずこちらに飛びかかってきたのは、腹部からだらんと赤いものを飛び出させた中年男性の“ゾンビ”。
ご紹介しましょう。こちらの方は、水谷幸之助さん。
今、すぐそこで捌かれる直前のマグロみたいな眼をした女性、水谷忠子さんの夫にして、遠くの教室で膝を抱えている少女、水谷瑠依ちゃんのお父さんです。
一瞬だけ呼吸を整えた後、私は手早く一郎さんの後頭部から刀を抜き、満身の力を込めて、幸之助さんの首を刎ね飛ばしました。
衆人環視の下、幸之助さんの首が宙を舞います。
ごろんと生首が廊下に転がり。
沈黙。
「ナンマンダブナンマンダブ……! ナンマンダブナンマンダブ……!」
老婆の唱える声が大きくなります。
数人のご婦人方が気を失いました。
「うあ……うあああ…………っ!」
佐々木先生が、悲鳴を上げます。
みなさんの視線は、私が斬り落とした生首に集中していました。
釣られて私もその生首を見ると。
ぱく、ぱく、と。
餌を求める鯉のように、幸之助さんの首から上が、口を開けたり閉めたりしているではありませんか。
どうやら、脳を完全に破壊しないことには、永遠に動き続けるみたいですね。
「失礼しました」
なんとなく謝ってから、気の毒な姿になった幸之助さんの頭に、私はそっと刀を突き立てました。
おやすみなさい、幸之助さん。
あなたの魂に平穏があらんことを。