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「眺めるのはこれからいくらでも出来るだろ?今は、今だけしか出来ない話をしておかないか?」

 前屈みになっている彼の肩に、手を置きながら呼び掛ける。

「えっ?」

 全く耳に届いていなかったようで、兄ちゃんはビクッとして慌てて俺を振り返った。

 ははっ、それだけ真面目に見てくもらえるのは嬉しいけどさ。

「何か要望はございませんか? 御主人」

 向こうはバイヤー。俺は、こういう事に関しては素人。視点の違いもあるだろう。

「え? あ、すみません。......ええと、要望ですね。......ああ、作者の銘を入れていただけませんか? これだけの数の作品があって作者不明とは何でしょうから」

「......名前かー」

「ええ、本名と言うわけにはいかなくとも、これらを同一人物が造ったという印に何か――」

 そんな表現からすると、この姉さんから聞いた精霊の知識には名前の話もあったのかな?

 精霊は、物質的な、明確な実態を持たない。なので、特に物質界に現れる場合にはその存在を特定する名前――真名(まな)ってものに、大きな意味がある。なので、精霊使いとしての能力を認めた相手以外に教えるものじゃないんだよね、これ。

 うーん......作者の銘。確かにそいつはあった方がいいよなあ。

「真名以外にも名乗ってる名前もあるにはあるけど......それも、こういう形で出しちゃうとこれから名乗りづらくなるし――要は、判断出来ればいいんだろ?」

 言いながら、俺が手の中に取り出したのは、一本の彫刻刀――先の細いニードルで。

 で、手前にあった鷹が羽ばたいてる姿の彫像を手に取って、

「作者は謎の人物って事で何か適当なエピソードでも創って、知りたいヤツには話してやんなよ。――本当のところは、お前さんが知ってりゃ十分だ」

 そう、像の底辺にニードルで文章を綴る。

「これを全部に入れとけば判るだろ?」

 兄ちゃんに、銘を入れたばかりの鷹の像を手渡す。そして、俺は別の像を手に取って。

「これは......文字、ですよね?」

 苦悩する声。

「うん。古い神聖文字。――神々の、言葉だよ」

「何て読む......いや、どんな意味の文章が書かれているんです?」

 ......ちっ、言い直したか。何て読む? って尋ねられたら、読みそのままで答えてやったのに。

「共通語に訳すと『透明な闇がここに在る』ってイミかな」

「――透明な闇」

 口の中で、ゆっくりと味わうように兄ちゃんが呟いて――

 んー......深い意味とか考えてくれてるのかな。俺、けっこう何気なーく刻んだんだけど......

「我ながら、大嘘つき」

 作業をしながら自嘲気味に笑うと、そんな言葉に兄ちゃんが顔を上げ、穏やかに微笑んだ。

「そんな事ないでしょう? 少なくとも、私は貴方に似合っていると思いますよ」

 うっ......嬉しいんだけど、どうも......こういう、正面から好意を向けられると......こういう場慣れしてないんで――困るな......

「社交辞令でも嬉しいよ」

 もちろん、そんなんじゃないのは解ってるけど。

「本心ですよ。でも、かっこいい銘ですね。神々の文字を六角形になるように入れるなんて」

 なるべくさらっと答えた俺に、彼は言葉を返しながら、手にした作品の、銘に指を伸ばし――触れようとした瞬間に、その文字からふわりと霧のように闇が浮かぶのに、手を止めた。

「......ちょっとしたイタズラ」

 なんとなーく、闇の精霊力も込めてみました。触れると光る、なら兎も角、触れると闇って意外性があって良い気がしない?そして――

「偽造防止策、かな。......でも、良く見ろよ。六角形じゃないぞ」

 兄ちゃんの言ったように、この銘、文章の最初と最後を繋げて一本の線が図形を作り出している。しかし、

「......正、七角形って言えばいいんですか? この形」

 七つの同じ長さの線がキッチリ繋がっているのに、どこか収まりの悪い印象の図形。三角、四角、五角、六角――飛んで八角形なんかだと、力ある形としてよく術に用いられるけど、この形を使う奴は少ない。

「中途半端な角度だから、真似しにくいだろ?」

 実は、七ってのは精霊の種類の数と一緒。

 それもあって、この形にも大きな力があるのに、存在を忘れられる事も多いこの図形には、ちょっと自分への皮肉も入っている。

 ――世界という枠からは逃れられないけど、大人しく収まってもいられない。

 そんな、表現しがたい感情。

 ――自分が『透明』なんて、綺麗な響きの言葉になり得ないのは知っているけど――あがく事を止めるのは、多分......もう出来ない。


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