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聞き覚えのある呼び声を頼りにして、物質世界へと意識を動かす。
召喚者は拍子抜けするほどあっさりと、俺を精神中へと受け入れて――
座り心地の良い、一人掛けのソファー。そこに、身体を深く沈めた状態で、俺はゆっくり眼を開ける。
「......お久しぶりです」
視界の正面、テーブルを挟んで向かいのソファーに腰を下ろしたままで、にこやかに微笑む青年がいて、
「......久しぶり、ねえ。あれからどのくらいになるんだ?」
人間の感覚で言えば久しぶりなのかも知れないが、とりあえず目の前の兄ちゃんが以前出会った時から年を取ったとか、そういう感じはない。なので、俺の時間軸でいけば、こんなにすぐにまた、物質界に来れるってのはかなり珍しい事なんだけどさ。
そんな、自分に課せられた時間のもどかしさも、ちょっとした言葉の裏に感じたりするけれど......それは別に口に出す必要もない話。
「森でお会いした日から、二ヶ月ほど」
「......二ヶ月、ね」
なので、質問の答えを得ると、俺はぐるりと部屋を眺める。
趣味の良い調度類の中に、この間作った彫像も。その、土台部分は天然の岩のまま大きめに切り取られ、その自然の味わいが作品の世界を広げてくれているように見える。
へえー、これはいいねえ。その事で少し無骨な味も出てるのに、室内で部屋の調和を乱す事なく納まっているし。
「......で、それだけあれば俺が何者か――どんな存在であるかを理解するのに十分だろう?」
世界の一端を担っているのだ、俺は......これでも。
そして、その力の大きさを、このお姉さんは身をもって知ったし、そんな状態の人の主観入った説明を受けたりしたらかなり俺を恐れるんじゃ? って、実のとこ、あんまり期待してなかったんだけど――
「......それでも、俺を呼び出した」
それが、現在の状況。
「――闇の精霊王、確かに、貴方は私にとって物語に伝え聴くだけの――それこそ、神話の存在です。しかし」
ゆっくりと......しっかりと俺を見て、彼はそう語り、言葉を区切る。
――しかし?
「しかし、貴方は彫刻を愛しているでしょう?」
繰り返されたのは、きっと、強い意味を込めた逆接。
「うん」
即答。
「私も彫刻を愛しています。――そこに、貴方と私の接点がある。精霊王と一介の人間では立場が違うかも知れませんが、彫刻家と美術商として――作品を通じてなら同じ舞台で話をしても構わないと思ったんです」
俺の答えに、兄ちゃんが笑顔でそう続けた。
――ん。良い考え方だね。感性の話をするのに地位や身分なんて関係ない。とは言うものの、相手が俺くらい色々とかけ離れた存在になっちゃうと......と萎縮しそうなもんなのに。
よっぽど、筋金入りに彫像とかが好きなんだろうなー。
「俺もそう思うよ。俺とお前さんの間にあるのは芸術の問題であって、世界の理について話そうってんじゃないんだから」
――まあしかし、世界の理の話だって俺は別に地位なんて関係なく語るけど。
「ええ。こんなに晴れやかな気持ちの伝わって来る作品を創り出す方なら、何者であろうと問題ないと思ったんです。......と言っても、彼女はもう貴方と関わりたくないくらい怖かったみたいですが」
微笑を返した俺に、兄ちゃんがテーブルに置かれていた妖精像を示した。
......本当に、嬉しい事を言ってくれるなあ。
「説得に二ヶ月、か? なかなかの根性だな。ま、そういうのは嫌いじゃない。――にしても、この姉さんが嫌がってるって事なら、さっさと話を進めないとな」
一瞬、彼は残念そうな顔を覗かせたものの、そうですね、と頷いて。
「他にもあるとおっしゃっていましたよね?」