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信じるなよ、こんな安い話......
「えっ? 違うんですか?」
「繰言抱えて造られたものなんて、彫像が可哀想だろうが。俺は、彫刻を楽しんでいる」
色々と不満はあるけど、それを忘れていられるのがこうやっている時間なんだから。
「はあ、......でも確かに、この像からは優しい印象、穏やかな雰囲気は受けますが、そんな風に恨めしい感情は感じられない」
はっきりと、彼はそう、嬉しい事を言い切る。
「――しかし、先程のお話が冗談だと言われるのなら、本当の貴方は何者なのですか?......このお嬢さんでないというのは確かに、判るような気がしますが......」
怪訝な表情で、兄ちゃんが俺の顔を正面から見詰めている。
しかし......どーう説明すればいいんだろ?
闇の精霊でー、呼び出されてー、召喚主の身体を乗っ取っちゃってー、そんでもって彫刻してました~――なんて、現実味がなさ過ぎるだろうからなあ。
「そうだねえ......彫刻刀には宿ってないけど、このお姉さんの身体をお借りしているのは事実だ。――けど、害意はないよ。そこは誓って言える」
言いながら、俺は立ち上がると、置きっぱなしにしていた彫刻道具の元へと歩み寄る。
本当はちゃんと磨いてやりたいところだけど、今日のところは精霊の力で汚れを落としておくか。
「――俺が何者かという問いに対する答えは......まあ、こうでもしないと趣味の彫刻も楽しめない様な存在ってとこさ。――それ以上の説明は、多分、無意味だ」
言いながら、大気の精霊の力で付いた汚れを剥がしてやると、俺は道具類を空間の歪にしまい込んだ。
精霊云々の話なんて、その筋の基礎知識のない相手に話したところで仕方ない。却って怖がらせるだけだろう。
「......お話なさりたくないと言われるならば追求は致しません。ただ、私はあの像を譲っていただきたいんです」
そう、兄ちゃんも立ち上がり、完成したばかりの彫像に歩み寄る。――言葉に、滲むのは困惑。まあ、あんな言い方されれば当然だろうけど。
「欲しいんなら構わないさ」
その点に関してはね、どうせこれ、置いて行くつもりだったし。
「ほ、本当ですか!」
信じられないといった、驚きに喜びが入り混じった反応に、瞬間的に「やっぱりウソ」と返したい衝動が込み上げては来たけれど......まあ、でもここは我慢しておいてあげよう。
「ああ、どうやって持って行くかは知らんけどな」
地面から顔を出した岩石の一部を彫ったんだ。土台なんて天然そのままだし、切り出すにしろ、ここの岩石は結構脆い質だったし、彫ってても気を使ったけど、切り出すのもかなり大変なんじゃないかなー。
「いやー、それは嬉しいです。では、幾ら位で――」
......は?
「......いくらって?」
「値段ですよ」
値段ですかい。
「......買ってくれんの?」
......俺なんかが造ったものを......?
「え?......あの、譲ってくださるんですよね?」
俺の態度にだろう、兄ちゃんが焦りを見せる。
......えーっと、向こうの言ってた「譲る」ってのはもしかして、始めっから買いたいっていう意味だったのか?
――で、俺はそんなつもりはさらさらなかったから、驚いて訊き返したんだけどー......今度は、それは向こうにとっては「やっぱり売らない」と、受け取れたって感じ......?
「――悪い。なんだか話が噛み合ってなかったみたいだ。俺、その......自分が造ったものが売れるなんて、考えた事なくってさ」
彫刻は趣味として、造り上げる工程を楽しんでいるわけで、それ以上の事は......いや、技術的な向上心はあるけど、そういう――生業的な意味合いなんて......
「彫刻は趣味なんだ。『創作の喜び』ってヤツが俺にとっては一番重要で、これで食ってくとか、そんな事は......」
あああ......しどろもどろだ。
......だってさ、そもそも俺は『食ってく』必要とかないし。彫刻作品を売って生きて行く――彫刻家、だなんて......考えた事なかったもんなー......