3
姿を確認して、そう判断。
俺は突然の侵入者に声を掛けてやる事もなく、像の方へと向き直る。
邪魔されたくないんだよね。かと言って、追っ払うのも面倒だし。用があればある側から話し掛けてくるのが筋ってもんだ。
「失礼。お嬢さん、これは、貴女が御一人で?」
お嬢......って、そうだったっけ。
「......まあ、そうなるかな」
愛想も何にもなく答える。当然、手は動かしたまんま。振り向いてもおりません。
「しばらく製作を見学させていただいてもお邪魔じゃありませんか?」
へっ?
「まあ......そのくらい気にしないけど」
そうくるか。ヒマな奴だな。
カッ......カツ、シュッ、シュッ......
――......沈黙が気になる。
いや、正確には気になるのは無言でこちらを見詰める後ろの兄ちゃんの好意的視線ってヤツなんだけどね。しかし、見てていいと言った訳だし、闇の精霊王たる俺がこの程度の精神的圧力で手元狂わせてたまるか。
――そして、間。
手を止めて、ほうっと大きく息をつく。――よし!無事に完成した!
......って、ははは、粉だらけ。
製作に集中していたから彼女の感覚にはあまり意識を傾けていなかったけど、生身の肉体的にはこれはちょっと気持ち悪いかも。
まーた、この姉さん。セクシーにショートパンツで足を晒したりしてるから。
とりあえず、他の道具類を置いていた、作品とはやや離れた岩の一角に仕上げ用の道具を戻す。そして――
「あ! あのっ! どちらへっ?」
無言で歩き出した俺に、兄ちゃんが慌てて声を掛けて来る。
「......」
振り返り、沈黙を守ったまま彼を見詰めてみる。
......
右手はね、前に差し出され、確実にものを言ってるんだけど、口の方はパクパクするだけで。
......ほらほら、何か言えよ。
「......どこかに行かれると困るわけ?」
「す、すみません、少し、お話を......」
うん、だろうとは思ったけど。
「......火を、焚いておいてくれる?」
「え?」
「近くに泉が沸いている。とりあえず、これを落としたいんだ。話はそれからでもいいだろう?」
これ、と服に付いた石灰岩の粉を叩く。兄ちゃんは、あ、はい、って感じで立ち止まった。
うーん......言葉遣いが俺のままなのは単に面倒だったからなんだけど......このお姉さんの声質がね、なんだか......高圧的な態度ハマりすぎ。
......もっとかわいくしてあげれば良かったかなー。
「それで、話っていうのは?」
水浴びと洗濯とで濡れた服や髪は精霊魔法で――大気の精霊と炎の精霊の力で塩梅良く乾かしたけど、身体はまだ少し冷えている感じ。
で、焚き火の前に椅子代わりに置いた石の上に腰掛けて、足を組んだりして。
なんだか......どんな女だよって感じだなー。
「ええと、素晴らしい彫像だと思って、色々聞かせていただきたいと......そうですね、まずはお名前を伺っても宜しいですか?」
炎を挟んで向かいに座る兄ちゃんが、膝の上に手なんか組みつつ、にこやかーに話し出す。......でも、名前って言われてもなあ......
「......名乗る程の者じゃない」
月並み、月並み。はははっ。
「ぜひ教えていただけませんか? 私は美術商をしておりまして、特に彫刻作品を多く扱っているんですが、貴女の作品を見るのは初めてでして。――しかしながら、これほどの腕前ならば名の通った彫刻家なのでしょう? 私の方も、失礼ながらお名前だけで実物を観る機会に恵まれていない作家の作品もありますから、名前を伺えば、きっと心当たりが......」
......おいおいおいっ。話が見えんぞ、話が。
「いや、別に俺――このお姉さんは彫刻家じゃないぞ」
いいや! とにかく本当の事を話ちまえ! 誤解されても話が面倒だ!
「えっ? い、いやしかし、この像は?」
うーん......困ってるみたいだなー。けど、俺だって困ってるし......さて、何と続けよう。
「――昔、若くして無名のうちに亡くなった才気に溢れる彫刻家がいた。その男は自分がまだ何も成していない事を悔やみ、病魔に蝕まれながらも最後の時まで彫刻を続けた。そして、その男の無念は死の時に握っていた彫刻刀へと乗り移り、その彫刻刀を握った者は......」
「本当ですかっ?」
......目をキラキラさせ両手に力を込めた、そんな反応。
「......嘘に決まってるだろ」