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えーと、そういう事はいいとして、だ。折角物質界での、かりそめではあるが自由を手にした訳だし、鬱陶しい洞窟の中になんて長々と居たくない。足取りも軽やかに太陽の下に出て来たら、木漏れ日の溢れる森の中、洞窟の入り口の傍には人の背丈より二回り程大きな岩があって......
この誘惑に俺は勝てない。
早速、魔法で空間の歪にしまってある道具一式を取り出して作業に入り――目の前には、まだ作りかけの彫像があったりする。
そう。これが俺の趣味。
精霊は『力』、エネルギーの塊の為、見た目の外見なんてのは本質とさして関係ないものだ......と、一般的な精霊の皆さんは認識しているはず。
俺だって、いっくら物質界が視覚の世界だからと言っても、見た目の美しさで物事の価値が決まるもんじゃないのくらい解っている。――まあ、その価値だけで人生乗り切るヒトもたまにいるけど......って、そういう事じゃないか、今言ってんのは。
――えっとだね、ここまでの文脈で何となくは解ってくれてると思うけど、俺の存在は俗に言う精霊ってヤツで、なんでそのくせにシュミが彫刻なんだって訊かれると非常に困るんだけど......とりあえずは「楽しいから」とでも答えるしかないかなぁ。
直接の要因は、以前、俺の尊敬するある御方にアイデンティティが確立出来ないと相談したところ、とりあえず何か趣味でも持ってみればいいんじゃないかと提案されて。
趣味ねえ......とか考えながら歩き回っていた時に、ふと目に入ったのが一体の彫像で、
――ああ、こういうの、やってみようか。
軽い気持ちで始めたのに、すっかりハマってしまった。なんでこんなに楽しいんだろ、彫刻するのって。
と、いう事で、軽く休んだし作業再開!
立ち上がり、のみと金槌を握り締めたまま背伸びをする。
俺が物質界に居られる時間には限りがあるからね。地表に一角を表した、そのままを使った天然の岩を使った彫像。......これ、持っていくなんて出来ないし、完成しなかったら間抜けすぎる。
ちなみに、今、造ってるのは等身大の人物像。モチーフは豊穣の女神に祈りを捧げる巫女の姿だ。――いつだったか、祭りで見かけた光景をイメージしてみました。
巫女の衣装がさー、ゆったりした軽い布で、動く度に弧を描くのが闇に浮かぶ炎によく映えて、あんまりかっこいいんで思わず見とれてたら、よっぽどぼーっと見てたのか、小さな子供に笑われてしまったんだよな。
まあ、美しいものに心を奪われる事を恥ずかしいとは思わないけど。
――などと、過去に思いを馳せている間も手の方は滞る事なく動き続けていて、作品は八分方出来上がっている。ここらで細い彫刻刀に持ち替えて、ヤスリと布とで仕上げにかかりましょうか。
と、そんなふうに。考えていたところで、背後から気配が伝わって来た。
音――ではない。音はまだ届いていない。
......馬、と、人間だな。この感じは。
ここは森。近くにはそれなりの規模の街があり、そこに行く為の街道も割と近くを通っているのは先に意識を飛ばして確認済み。
そんなに危険な動物もいなさそうな森だけど、と言ってわざわざ街道を外れて入ってくるヤツもいないだろう、と人払いの術なんかは掛けていなかったんだが......
この洞窟が、意外とダンジョンの入り口?
......いやー、そんな気配もないなぁ。
ま、いいか。何者が出て来たって戦って負ける気はしないし。さーあ、何でも出てきなさい。
手を止めて、気配の主を待つ。
近付いて来る馬の足音と、少し軋んだ車輪の音。
「ほう、石を削る音が聞こえて来たと思ったら......これはまた、見事な......」
独り言のように呟きながら現れたのは、細っこい、若い人間の男だった。
眼鏡にひっつめ髪の、いかにもインテリって感じが漂った奴で。
背後には一頭立ての小型の荷馬車。荷台には幌も付き、御者台も付いているなかなか立派な代物だけど、今は彼は馬の前に立ち、引いて歩いて来たらしい。――まあ、うっそうとは茂ってまではいないけど、街道を外れた森の中だからね、その方が賢明でしょう。
......うん。害はなさそうな奴だな。続きしよう。