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金の王子と隠された事実

事故描写が書いてあります。不快になられる方がおりましたら、申し訳ありません。

 


 どうしようどうしようどうしようーー


 等々ここまで来てしまった。





 両脇には衛兵が立ち並ぶ、一際豪華な白い扉の前まで来たサラはあまりの緊張に冷や汗がたらりと頬を伝う。


 衛兵とのやり取りが終わったエドワードはその緊張を感じとったのかにこりと微笑むと、そっと手を両手で握ってくれた。


「そこまで緊張しなくて大丈夫ですよ。殿下は気さくな方なので、今回の謁見もプライベートなことなのです」


「わかりましたわ。エドワード様を信じます」


「ふふ、本当に可愛らしいお方だ。それでは行きますよ。

 ーー殿下、近衛騎士団、団長のエドワード・グレン・エルスバーグです。サラ・クロカワ様をお連れ致しました」


 コンコンとノックした後、扉越しに声をかける。


 すると中からーー


「エドワードかい?どうぞ入って~」



 と、気さくな声が聞こえた。


 衛兵が扉を開けると、エドワードにエスコートされながら、サラが入室する。軽く顔を俯け瞼を伏せているため、床しか見えないがとても高そうな絨毯が広がっているのが視界に入った。


「殿下、此方がサラ・クロカワ様です」


 エドワードの紹介と共に一歩前に出たサラは顔を伏せたまま、優雅にドレスの裾をつまんで淑女の礼をした。


「王都で宿屋を営んでおります、サラ・クロカワと申します。昨晩は気を失った私を助けて頂き、ありがとうございました」


「体調が戻って良かった。僕はこの国の王太子ルイス・サトゥー・グレノア・セントルノアールだ。そんな畏まらなくていいから面を上げて?それに、君を助けたのは僕ではないからね」


「??」


 最後の意味ありげな言葉にハテナを浮かべながらも、面を上げよと言われた為、素直に言葉に従う。


 すると、目の前には信じられない光景が広がっていた。


「ーーギ、ギル。何でここにいるの?てか、何その格好」


 殿下の御前だったが、思わず素の言葉が出た。

 視界を上げると、座り心地の良さそうなソファーには長い脚を組んで優雅に座りにこやかな笑みを浮かべる美形の王太子が映る。

 ーーが、しかしその後ろには仏頂面のギルバートがいたのだ。

 しかもエドワードの白い騎士服と色違いの黒い騎士服を着て、腕を組んで立っている。それがまた青みがかった黒髪とアメジスト色の瞳によく似合っていて、とても格好良い 。


「驚いた?まあ、ギルがここにいることは後々話すとして、とりあえずソファに座りなよ」


「待て、ルイス。俺は何故ここにエドワードがいるのかわからない。というより、何故サラのエスコートを奴がした」


 ルイスの言葉を遮り、絶対零度の瞳でギルバートがエドワードを睨みつける。


「それは、僕もわからないんだけどね。だって、エスコートするのはエドの部下の役目だったし。大方、サラ嬢見たさに途中で交代したんじゃない?」


 ルイスが苦笑しながら答えた。

 すると、それまで黙っていたエドワードがいかにも残念そうに両手を上げた。


「だって、噂の女性がいたら誰だって会いたくなるじゃないですか。しかも、元々ギルバートではなく私が王宮にご招待する役目だったんですよ?私だけ除け者にされるのは嫌です」


「まあ、確かにそうだね。それより、いい加減レディを立たせておくのは可哀想なんじゃない?何も知らない状態でこんな所に連れて来られて困惑していると思うしね」


 ギルバートとエドワードは揃ってサラを見た。

 彼の言う通りサラは、困惑した表情を浮かべながらこちらのやり取りを見ている。


「さあ、サラ嬢。こんな奴らは放って置いてソファにお掛けなさい。そうでないと話が進まないからね」


「それでは殿下のお言葉に甘えまして、失礼致します」


 サラは軽くドレスの裾を摘まんで礼をすると、ルイスの右斜め前の席に腰を下ろした。

 すると、その隣に当然のようにエドワードが座った。


「エドワード!何故貴様がサラの隣に座るんだ!」


「何故って、もちろん美しい女性の隣がいいからに決まってるじゃないか」


「なんだと!?この歩く色欲魔が」


「どうせなら、色男と言って欲しかったなギルバートくん」


 ギルバートの睨みを物ともせず飄々と話すエドワードにさらにギルバートが悪態をつく。まるで、子どものような口喧嘩が延々と繰り広げられた。


「ちょっと、いい加減にしてくんない?今はサラ嬢もいるから喧嘩されると迷惑なんだけど」


「……すまん、ルイス」


「……申し訳ありませんでした、殿下」


 呆れたようにルイスが牽制する。

 きっと、二人が喧嘩をするのは日常茶飯事なのだろう。この三人のなかでルイスが一番年下に見えるのに、何故か一番の苦労人のような気がするのは気のせいじゃなさそうだ。


 それより先ほどから気になっていたのだがギルバートは殿下にタメ語でいいのだろうか?

 エドワードも敬語ではあるが態度が先ほどと違って砕けているし、本人が気にしてないから良いのかもしれないが、三人とも主従の関係を越えて、とても仲が良さそうに見えた。


「とりあえずギルも座りなよ。僕の隣だったら空いてるけど」


「いい、俺は立っている」


 隣を指し示すルイスに、ギルバートは淡々と断り、サラの左隣りに来て壁に持たれかかる。


 すると、流れるような動作で側に控えていた侍女が4人分の紅茶を用意し、静かに退出した。


「さて、待たせてしまって申し訳なかったね。君が何故この王宮に呼ばれたか知ってるかな?」


 侍女が出ていくのを見届けるとルイスが話を切り出す。



「……いえ、さっぱりです。人買いに攫われて、ギルバートに助けられた後、気を失ったと思ったら何故か王宮にいたので」


「その様子だと、ギルから何も知らされてなかったみたいだね。本当に君はこの三ヶ月間何をしてたのさ」


 始めは同情したようにサラに話し、最後はギルバートに向け呆れたように話しかける。流石に気まずいのか、ギルバートはそっぽを向きながら黙りこんでいた。


「まあ、いいや。彼には彼なりの考え方があったのかもしれないしね。もう気がついてるかもしれないけど、彼は僕の直属の部下で今回僕の私用でもって君を招待したく彼を迎えに寄越したんだ。改めて、自己紹介をしたらどうだい、ギルバート?」


 ルイスに促されたギルバートはこちらを向くとすっと姿勢を正す。

 それが、とても様になっていて思わず見惚れたサラだったが、こちらを見つめるアメジストの瞳にサラの視線も吸い取られた。



「俺は王太子殿下直属の偵察部隊隊長ーーギルバート・ローウェンだ。殿下の命により、王都で最近噂になってる珍しい料理を調査するために三ヶ月前から宿屋に潜入していた。何も知らせず身分を偽っていて申し訳なかった」


「ーー冒険者じゃなかったのね。偵察部隊だなんて、そんな部隊があったなんて聞いたことがないわ。それじゃあ料理教室を見学してたのも、私の仕事を無理やり手伝っていたのも、全て調査をする為だったの?」



 ギルバートの格好から何となく予想できていた為、声は冷静を装うことが出来たが、何故か彼に裏切られた気がして怒りがふつふつと湧いてくる。ギルバートはそんなサラの怒りを感じとったのか、アメジスト色の瞳を哀しげに揺らしそっと睫毛を伏せた。



「偵察部隊は王宮でも限られた者しか知らない極秘の部隊だからね。主に他国の潜入調査等、危険かつ極秘の任務を取り扱っているから知らないのは当たり前だよ。


 ーーそれにしても、料理教室を見学したのは確かに調査のためかもしれないけど、宿屋の手伝いを率先してやってたっていうのは僕は初耳だね。何せ一ヶ月で連れて来いっていったのに、何かと理由を付けては三ヶ月も僕を待たせたんだから。後でじっくり聞かせてもらおうか、ギル」


「ええ、元はといえばこの私が彼女を迎えに行く予定でしたのに、調査から帰ってきたら『俺が連れてくる』と頑なに譲らなかったのです。それが、随分長引いてるかと思いきや、そういう理由だったのですか。いやはや貴方も初心ですねぇ、ギルバート」


 サラに続きルイス、エドワードにも何やら指摘されギルバートはうっとたじろぐ。しかし、それも一瞬で次にはニヤニヤとした表情で見ているエドワードを睨みつけていた。


「お前が迎えに行ったら、それこそサラは注目の的だろうが。今でさえ、強欲な他国の貴族共から付け狙われているのにこれ以上貴様のせいでサラが狙われることになったらどうする?」


「まあ、私が美しいのは仕方がないからね。私のせいで、彼女が世の女性たちから嫉妬されるのはとても哀しいよ。ーーあぁ、なんて私は罪な男なんだ」


 エドワードはギルバートの返しを素直に認めるも、キザったらしく額に手を置き溜息をつく。

 彼のおかげか定かではないが室内に何ともいえない微妙な空気が漂った。何だか自分だけ怒っているのも馬鹿馬鹿しくなったサラは侍女の用意した紅茶を一口飲む。


 よくよく考えたらエドワードが堂々と迎えにきて世の女性の嫉妬を浴びるくらいなら、ギルバートが来てくれて正解だったかもしれない。彼の全ての行動が殿下の指図だったとはいえ助けてくれたことに対してはちゃんとお礼を言おう。

 そう心に決めると、少しだけ気持ちが落ちついてきた。



「すみません、質問しても宜しいでしょうか?」


「どうぞ?遠慮しないでなんなりと聞いてくれ」


「……あの、私は何故他の貴族に狙われているのでしょうか?もしかして攫われたことと関係があるのですか?」


 おずおずと聞いたサラにルイスは微笑みながらも、真剣な眼差しになる。


 攫われた際、醜い男に『おめぇさんを欲しいと思っている貴族や豪族はたくさんいる』と言われたことを思い出したのだ。

 もしかしたら、自分が知らないうちに何か大きいことをしてしまったのかもしれない。

 そこに思い至り、サラはルイスの澄んだ青空のような水色の瞳を見つめ返した。


「君が今ででに考案した料理は、ポタージュ、オムライス、サンドイッチ、ベーコンエッグ、デミグラスハンバーグ、シチュー、ビーフシチュー、トンカツ……その他諸々で良いだろうか?」


「ーー??はい、そうです。で、でも、サンドイッチは元々ある料理を改良したもので、私が考案したわけでは……」


「元々ある『サンド』をさらに改良し、『サンドイッチ』と名前を付けたのは君でしょ?」


「そう…です」


「サンドはね、元々別名があってそれは『サンドイッチ』と言うんだ。でも、これは王族でも限られた者しかしらない名前なんだよ」


 急に自身が恩恵の力を使って作った前世の料理の名前を、つらつらと言うルイスにサラはハテナを浮かべる。

 何故今その話なのだろう?

 と、思っていたが最後の言葉に思わず目を見開いた。

 ギルバートたちもその事実は知らされてなかったようで驚きを露わにした。


「ーーえ、そんな、私そんなこと知ら「知らないのは当たり前さ、君は王族ではないからね。でも、だからこそ『それ』を知っている君に興味が湧いたんだよ。さっき言ったサンドイッチは王族しか見ることが出来ない王家に代々伝わる先祖の書物に書いてあったんだ。しかも、それだけじゃなくてオムライスやハンバーグと言った名前もその書物に書いてあった。その意味、君ならもうわかるよね?」


 サラの言葉を遮り、まるで謎謎のヒントを言うかのようにルイスは楽しそうに話す。

 サラはショートしそうになる頭を抱えたくなった。



「単刀直入に言うねーー君は、《地球》という異世界から来たんじゃないのかい?」


「!!!」


 確信をつかれ、あまりの衝撃に息を飲む。

 ギルバートの「まさか…」と呟く声も聞こえた。


「ここで、問題。この国ーーセントルノアール王国を建国した英雄、初代国王の名前は知ってるかな?」


 ルイスの質問にさらに気まずくなったサラは押し黙った。ぶっちゃけ宿屋の経営が忙しくこの国の歴史を学ぶ暇がなかったのだ。

 なので、初代国王の名前どころかこの国の歴史さえ知らなかった。



「……その様子だと知らなそうだね。もう言っちゃうけど、この国の初代国王はケンイチ・サトゥー・グレノア・セントルノアールと言うんだ。ケンイチ・サトゥーが彼の本名で、セントルノアールは彼が名付けたこの国の名前。グレノアは《王》という地位を表している。


 ーーつまり、ケンイチ・サトゥー、君の住んでた世界の言葉で言い換えるとサトウケンイチは地球という世界の日本という国からやってきた異世界人なんだ」


「え!?初代国王って日本人だったんですか!?」


 ちなみにこの事は子どもでも知ってるけどねーとルイスは笑顔で付け足す。

 サラは自分がもっとしっかりこの国のことについて勉強しとけば、こんなに驚くこともなかったんじゃないかと、ガクッと肩を落とした。


「まあまあ、そんな気を落とすことないよ。サトウケンイチが魔物被害や干ばつ、疫病、貴族の謀反などで崩壊した小国に召喚され、国を建て直し、彼を召喚した亡国の姫君と結婚して新たにセントルノアール王国を建国した昔話は2年前にこの国に来たサラ嬢にはわからないことだからね。君も彼と同じ日本という国から来たのかい?肖像画を見る限り彼と顔立ちは似てないような気がするんだけど」


 どうやらルイスは私をサトウケンイチのようにトリップしたと考えているようだ。ただ、彼のような召喚トリップと比べると私は少し違った。


「私は、サトウケンイチさんと同じ地球という世界の日本からやって来ましたが、彼とは若干立場が違いますね。二年前まで日本で普通に暮らしていましたが車に跳ねられ、いつの間にかこちらの世界に来たんです。

 ーーつまり私は、黒川沙羅という人間は一度死んでるんですよ」


「えっ?」


 サラの告白が意外だったのか、ルイスの驚く声が響く。残り二人も息を飲んだように固まっており、張り詰めた空気が辺りに広がった。


「つまり、君は転生したってこと?」


 ルイスの質問にこくりと頷く。


 サラは自分が転生してから今までのこと詳しく話し始めた。

 みんな真剣な表情で聞いている。

「車とは何ですか?」とエドワードが聞いてきたため馬車を鉄で覆って馬なしで数倍スピードを早くしたような乗り物だと答えると、


「……それは、痛そうですね」


 と、車に跳ねられる瞬間を想像したのかエドワードが引き攣った顔でこちらを見た。


「実際、即死でしたから苦しむこともなくいつの間にかこちらに来てましたよ。跳ねられたっていうより壁と車の間にグシャッて挟まれた感じでしたからね」


「……そっちの方がより痛そうだよ。それで、さっき恩恵を二つ貰ったっていってたけど、それはもしかして料理に関係することかな?例えば、前世の料理の知識とかお料理上手とかーーそんな感じかい?」


 若干蒼ざめながらもルイスはピタリと恩恵を言い当てる。


「すごいですね。まさにその通りです。私が貰った恩恵は前世の全てにおける料理の知識と一流シェフの料理の腕前です」


「なるほど、だからこちらでは想像もつかないような様々な美味しい料理が出来上がったんだね。ーーさて、ここから本題に入るんだけど、君が貴族等に狙われる理由は君の恩恵がこの世界において、あまりにも素晴らしいものだったからなんだ」


「私の……恩恵ですか?」


「うん。もちろん、一流シェフの腕前に似たような恩恵を持った料理人はこの世界にも沢山いるよーーでも、前世の全てにおける料理の知識を持ってる人はさすがにいないからね」


「私が前世の知識を持ってることを知っている人間が他にいるんですか?」


「いや、それはないかな。君も知ってると思うけどこの世界の料理の水準は君の住んでいた世界に比べると圧倒的に低い。だから珍しい料理を編み出すサラ嬢は貪欲な者たちにとって喉から手を出すくらい欲しい人材なんだ」


 確かにこの世界の料理は元の世界に比べるととてもシンプルだった。

 スープは野菜を切って煮込むものの、味付けは塩やコロンソース(ケチャップのような物)のみ。肉もそう。調味料が圧倒的に少ない。

 《サンド》はまだ工夫された料理だったが種類が一つだけしかなく、具材を挟んだパンの上にコロンソースがかかってて、確かに食べれないことはないが残念な味付けだったのを思い出した。


「だから、あんなに貴族からの勧誘や脅しがあったのね」


 サラはうんざりしたように、宿屋で働いていた頃のことを思い出す。

 サラが看板メニューを作り、王都で流行り始めると、何処からともなく噂を聞きつけた貴族の使者が「うちの専属の料理人にならないか」「あのメニューのレシピを教えろ」と、勧誘や脅しに来たのだ。

 しかも中々しつこく、なかには嫌がらせもあり、宿屋の老夫婦に迷惑をかけたことも何度かあった。人の良い老夫婦は「サラちゃんのせいではないよ」とこちらを気遣ってくれたが、本当にあの頃は二人に迷惑をかけっぱなしだった気がする。



「サラ、君は知らないかもしれないけど君の宿屋に勧誘や嫌がらせをしてたのはほとんどうちの国の貴族なんだ。そういった貴族たちはシェリー夫人が圧力をかけて君を守っていたんだよ」


「え?シェリー夫人を、ご存知なのですか?」


 思いがけない名前がルイスの口から零れた。

 シェリー夫人が料理教室を提案してくれたことにより嫌がらせや強引な勧誘は一切無くなったのは確かだか、商人に貴族たちを黙らせる力はあるのだろうか。

 サラが考え込んでいると、今まで黙っていたギルバートが口を開いた。


「シェリー夫人は商家の夫人とサラに言っていたようだが、あれは嘘だ。彼女の本当の名前はシェリライゼ・グレン・エルスバーグ、エルスバーグ公爵家現公爵夫人であり、現国王妃の姉君にあらせられるお方だ」


「ーーえ?な、何ですってぇ!?」


 サラの絶叫が響き渡る。

 正直、一番の驚きだ。ギルバートが身分を隠していたことより驚いたかもしれない。


 何でこんなに自分の周りに身分を隠した人たちがいるんだ!!


 ーーと心のなかで叫びながらサラが固まっていると、ルイスが苦笑しながら理由を話した。


「公爵夫人はお料理好きなお方でね、王宮で出される料理の質を上げようと料理人や侍女を集めて王宮料理研究会を立ち上げた方なんだ。そこで君の噂を聞きつけてね、商家の夫人を装おって君の作る料理を食べに行って君の料理の虜になったんだよ。ちなみに君に軽食を運んだエミリーは彼女の研究会の一員なんだ」


「……そう、だったんですね。とてもお上品で素敵なお方だと思ってましたが、まさか公爵夫人だったとは……。あれ家名がエルスバーグってもしかしてーー」


「私の母上ですよ。料理教室ではいつも母上がお世話になっております。挨拶の作法はとても完璧でしたよ」


 背後に薔薇が咲いているかのような素敵な笑みでエドワードが答える。


 ーーて、やっぱりそうか!

 どこかで、聞いたことある家名だと思ったらまさかエドワード様のお母様だったなんて……。瞳の色は違うけど、華やかな顔立ちとプラチナブロンドの髪がシェリー夫人とそっくりである。


 あまりの衝撃にエドワードを穴の空くほど見つめていると、急に目の前が暗くなった。


「サラ、それ以上奴を見ると目が腐るぞ」


「ほんと失礼だね、君は。それなら今頃世の全ての女性の目が腐っているよ」


「自己陶酔もほどほどにしろ、自意識過剰男が」


「君みたいな嫉妬深い男よりマシだと思うよ、ギルバートくん」


 どうやら、ギルバートが背後から視界を塞いだようだ。

 エドワードと言い合う声が聞こえてきた。


「やれやれ、サラ嬢の話の途中なんだから二人とも喧嘩は他所でやってくれないかな。ギルもそんなことでいちいち妬かないでくれ」


 ルイスの呆れた声が聞こえ、ギルバートが渋々手を退かす。

 すると視界が戻り、ルイスが苦笑しながらこちらの様子を見ているのがわかった。


「……さて、話を戻そうか。先程の話でシェリー夫人が公爵家の権力を使って貴族共を黙らせていたのはもうわかったよね?効果はだいぶあったでしょ?」


「え、は、はい。シェリー夫人の提案で料理教室を開いてからぴたりと騒動は収まりました」


「実はね、シェリー夫人の御友人達も協力して庶民に変装し君の料理教室に通っていたんだよ。貴族の中には侍女を使って料理教室で君を勧誘しようと企む者がいたからね。彼女たちが身体を張って牽制していたんだ」




 そうだったのか。

 まさか、自分がそんなにたくさんの貴族のご婦人方に護られていたとは思わなかった。

 シェリー夫人を含め、御友人方達には感謝してもしきれない思いでいっぱいである。


 思わず目頭が熱くなり涙が零れそうになると、すっとルイスがハンカチを差し出してくれ、お礼を言い有難く受け取った。

 隣ではエドワードが自身のハンカチを使って涙を拭ってくれようとしていたのだが、ギルバートにすかさず叩き落とされていた為この際無視をする。


「殿下、ありがとうございます。お見苦しいところをお見せし申し訳ございませんでした」


「いいんだよ、後でシェリー夫人たちにもお礼を言ってね」


「はい、もちろんでございます」


 サラが赤い目でにこりと微笑むとルイスも爽やかな微笑みを返してくれた。なんだかここだけ穏やかな空気が流れている気がする。


「それでね、彼女たちの活躍によって自国の貴族たちの牽制は出来たから良かったんだけど、問題は他国の貴族たちだったんだ。それはギルバートの調査で気がついたんだけどね、君の料理の噂は自国にとどまらず他国にまで流れていてね。自分のものにしようとする輩や、飼い殺して君の能力を己の手柄にしようとする輩なんかが現れたんだ」


「……マ、ほ、本当ですか?」


 まずいまずい、思わず殿下相手に「マジですか?」と言うとこだった。落ち着け、わたし。


「うん、本当だよ。元々この国はある事情で他国の者たちによる誘拐が後をたたなくてね。ギルには最近王都で起きていた誘拐事件の調査も一緒にして貰ってたんだ。それで君が狙われていることがわかったんだよ」


「何でこの国は他国による誘拐が後をたたないんですか?」


「それはねぇ……。うーん、何て言えばいいのかなぁ……」


 初めてルイスが言い淀む。

 困ったように苦笑する彼に、察したのかギルバートが後を引き継いだ。


「サラの元の世界がどうだったかわからないが、この国には美形が多いと思わなかったか?」


 真顔で言うギルバート。


 え?それをあんたが言っちゃう?


 と思ったサラだったが、ここは上手く誤魔化す。


「……ええ、思ったわよ?何でこんなに美男美女ばかりなんだろうって。でも、他の国でもそうなんでしょ?」


「いいや、俺は任務で他国に行くことはたくさんあるが、他国はこの国ほど美形が揃っていない。庶民に至っては平凡かそれ以下だ。この国は代々王になる者が持つとされる初代国王から受け継いだ恩恵があってな、その恩恵によってこの国だけ美形で溢れかえるようになったんだ」


「ーーつまり、この国の身寄りのない女性や子どもたちは他国の人買いにとってお宝の山のように見えるわけね」


「そういうことだ。この国や近隣諸国では人身売買や奴隷は禁止されてるが、闇に隠れて密かに行われているのが現状だ。片っ端から潰してもハエのように湧き出てくる」


 やはり、前世とは違ってこの世界はそこまで平和ではないようだ。人身売買がこんなにみじかな存在になるとは思わなかった。

 サラは、攫われた時のことを思い出し思わず身体を両手で抱き締めた。

 これからこの恐怖と一人で戦わなければいけないのだろうか。


「それでね、僕からの提案なんだけどここで働いてみないかい?」


「ーーえ!?それはどういう……」


「実はね、君が他国に狙われる前から君とお話ししたくて迎えを寄越したんだけど、サラ嬢にはシェリー夫人の元でーーつまり王宮料理研究会に入って、この国、ひいては世界の料理改善の手助けをして貰いたいんだ」


「ーーえ?……ぇぇえええ!?」


 何だか、もの凄い話になっている気がする。

 思わず素で驚くサラに、ルイスたちはくすくすと笑った。


「ごめん、ごめん。そんなに驚くとは思わなくって。ーーというより、さっきのは建前でね、本音は別にあるんだ」


 ルイスはにこりと微笑むとすっと立ち上がる。そして、白い棚まで歩いていくと、棚の上に置いてあった綺麗な装飾のされた宝石箱を持ってきた。

 様々な色の宝石で装飾された箱は、それだけでものすごい価値がありそうである。


 ルイスが懐から取り出した鍵でカチャリと宝石箱の鍵を開けると、中から一冊の古びた冊子を取り出した。


「これはね、僕が地球の料理を知るきっかけとなった《初代国王の日誌》だよ。僕が王家図書室で政治に関する本を探してたらたまたま見つけたんだ」


「……殿下。王家図書室の中の書物は持ち出し禁止となっているはずですが」


 若干引き攣るエドワードの声を「ばれなければいいんだよ」と爽やかな笑顔で無視し、サラに手渡す。


 もしや、これは国宝級の物では!?


 と、受け取った方も手をブルブル震わせながら恐れ慄いていると……



 そこに書いてある文字に、サラは目を奪われたのだった。

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