表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/50

世界の中心で愛を叫びたかったもの

「鬱だ死のう・・・」


 そう思い立ったのはつい先ほどの事だった。


 夏休み明け、学校へ行くと、そこにはもうわたしの居場所が無かった。

 みんながみんな、仲の良いグループを形成して、それぞれ内内で盛り上がっているのを、わたしは呆然と見渡すことしかできなかったのだ。


 きっと、夏休みの間に何か繋がりが出来たのだろう。

 これが俗にいう「2学期デビュー」と言うヤツなんだ。1か月強、毎日毎日クーラーのガンガン効いた部屋に閉じこもり、昼くらいに起床すると何をするでもなく1日を過ごし、深夜3時くらいに寝ていたツケがやってきた。そうとしか言いようがない。


 1学期にはそれなりに話していた子たちにも話しかけられず、かと言って男の中に飛び込むなんてもっと無理。


 気づくとわたしは、教室の中で誰とも目を合わせられず孤立していた。


 宿題はちゃんとやった。提出もした。だけど、なんだろう。


 全く満たされないこの感じは。

 まるで心に穴が空いてしまったかのような、そこから大切な何かが、どばどばと零れ落ちていくようなこの感覚は。


 そんな事を考えて1日を過ごし、わたしは寝る前、「太陽が爆発しますように」という事を延々と考えながら眠りについた。

 でも、わたしの事情で太陽が爆発してくれるわけもなく。翌日・・・、9月2日の朝はやってきた。


 いつも通り朝食を摂って、重い足取りで家を出る。

 嫌だ、行きたくない。学校なんてなくなればいいのに。そんな事を考えながら、駅のプラットホームに立つ。


 この時だ。死のうと思ったのは。


 今、ここで飛び込んで、あっちから来てるあの光の中に行けば・・・。

 文字通り全て終わって楽になれるんじゃないだろうか。

 そんな事が頭を掠めた程度だったのに。


 気づくとわたしは、白線を飛び越え―――


「ちょっと待ったあぁぁ!!」


 ようとしたところを、後ろから思い切り抱きしめられていた。


「えっ―――!?」


 声色と感触から、相手が女性だという事は分かった。

 彼女ははあはあと息を荒くして、思い切りわたしを抱きしめている。


(なに?なに? ドラマとかで見る「早まるな!」的なものなの?)


 頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。そんなわたしに、彼女は。


「今、飛び込まれるのは困る!!」


 わたしを抱きしめたまま、そう言った。


「ちょ、何、そんな大声で・・・」


 見てないけど分かる。わたし達、まわりから結構見られているって事は。


「今あなたが飛び込んだら電車止まっちゃうでしょ!」

「は、はあ?」

「あたし今遅刻ギリギリなの! 死にたいなら次の電車まで待って!」

「と、止めないの・・・?」


 わたしのその声が聞こえたのか聞こえなかったのかは分からないが、彼女はわたしを抱きしめていた腕を放す。電車がホームに付いたからだ。


「それじゃあまたね! あ、忠告しておくけど電車に飛び込むのは良くないよ。ご両親に賠償金請求いくから! 死にたいならそこの階段に頭から落ちてみるとかどうかな!」

「ふ、ふざけ・・・!!」


 何か言い返してやろうかと思ったけれど、彼女はぎゅうぎゅうの満員電車に入って行ってしまって、すぐに姿が見えなくなった。いや、目線を上げた時にはもう電車に乗っていたから、顔も見ていない。


 そして満員電車は発進していった。わたしを乗せることなく。


 プラットホームの電光掲示板に目をやる。次の電車は・・・15分後か。

 あの人、賠償金がどうのこうのとか言ってたなあ。

 確かに、わたしの勝手な行動で親に多額の賠償金が請求されるのは憚れる。


(じゃあ、階段に頭から・・・)


 ホームから地下に伸びる階段、その下を見てみる。

 ・・・無理だ。

 ちょっと、怖い。


 わたしは文字通り、死に損なってしまった。





 結局、学校のある駅まで電車に乗ったものの、学校に行く気にはなれず駅前のコンビニに直行・・・。その後古本屋と喫茶店で適当に時間を潰して、下校時間を少し過ぎた午後5時前。


 わたしは再び、電車のホーム、その白線前に立っていた。


(今度こそ・・・)


 今日1日、散々悩んだ。考えた。インターネットでいろいろ検索して調べもした。

 だけど、もうそんな事はどうでもいい。考える事がめんどくさいんだ。

 わたし以外の人間の意見なんてそんなもの知ったことじゃない。どうせもうすぐ死ぬんだから。


 大音量の発着メロディと共に、わたしは左を向く。夕暮れの少し暗い景色の向こうから、まばゆい光がやってくる。

 今度こそ、あの光の中に入るんだ。そうすれば、そうすれば楽になれる。


 さあ、一歩を踏み出せ―――


「ちょおっと待ったあぁぁ!!」


 なかった。


 本当にデジャブかと思った。わたしはまたしても、後ろから抱き付かれていたのだ。

 そしてこれは多分・・・。


「今、飛び込まれるのは困る!!」


 朝、わたしを止めた人と同じ人だ。


「な、なんで止めるの!?」

「あたし、もうすぐ塾があんの塾が! 遅刻したらホント、マジで怖い先生の授業だからヤバイんだって!」

「アンタの事情なんて知らないわよ!」

「そりゃこっちの台詞だバカ! 死にたいならそこの階段に頭から突っ込めっつてんでしょうが!」


 そこで、わたしの中の何かがキレたのが分かった。


「はあ!? ふざけんな放せ!」

「嫌!絶対離さない!」

「わたしが死のうがわたしの勝手でしょ!?」

「だからそれは止めてないんだよ! あたしが遅刻するのが困るの! 分かる!?」

「わかんないよそんなの!!」


 そこそこ混んでいる駅のホームでこんなやりとりをしたのがまずかったのだろう。

 駅員に、バレたっぽい。それに真っ先に気づいたのは彼女の方だった。


(ヤバい、このままだと駅員室連れていかれて親呼ばれるよ!?)


 彼女は、わたしに囁く。


(そ、それは困る・・・)


 これはわたしの本音だった。親にバレるのはまずい。

 自殺しようなんて事がバレたら多分、もう家から出してもらえない。病院に入れられるかもしれない。


 だからわたしは大人しく彼女の指示に従って、抵抗するのをやめると。

 さも友達かのように、手を繋いで到着した電車の中へと入っていった。


「ふう、危なかった危なかった。これで授業に間に合う」


 彼女はそんな事を言いながら、鞄からペットボトル飲料を取り出してくいっと飲んだ。


 わたしはそんな彼女の横で頭を抱えていた。


 どうしよう。これから、どうしよう。

 家にはたぶん、学校から連絡がいってる。わたしが登校していないと。

 どういう説明を、釈明をすればいい? まさか自殺し損ねたなんて言えるわけがない。

 もう、どうしようもない。ああ、なんでこんな事になっちゃったんだろう。


「・・・をただせば」

「うん?」

「元をただせばアンタのせいでしょ!? 遅刻遅刻って、そんなのどうでもいいじゃん!!」


 わたしは彼女の胸倉を掴んで、ぐいっとこちら側に手繰り寄せた。


 そして、この時初めて彼女の顔を見る。

 わたしが掴んでいたのはTシャツであることを知る。

 彼女は髪を茶髪に染めていて、赤フレームのオシャレ眼鏡をかけていた事を知る。

 案外美人だという事を知る。


 そして。

 明らかに自分より年上だという事を知る。


「どうでもいい~・・・!?」


 そして彼女はわたしの腕を掴んだ。


「アンタにとってはどうでもいい事かもしんないけど、あたしにとっては重要なの! 朝からバイトバイト、夜になれば予備校! 浪人生ナメんなよこんガキャア!」

「ガ、ガキぃ!?」


 そんな事、初めて言われた。


「遅刻したら給料から天引きされんの、予備校の授業に遅れたら教室から締め出されんの、分かる!?」

「わかんないよそんな事! アンタだってわたしの事分かんないでしょ!?」

「分かるわけないだろ! 高校生なんて遊び放題じゃん! その制服、西高だろ!? あんなバカ高校、適当にやりゃ誰でも卒業できるんだからあと2年半我慢しろ!」

「2年半もあんなところに通えないよ!」


 どうしてだろう。泣くつもりなんて無かったのに。

 涙があふれ出して零れてくる。


「こんなはずじゃなかった、わたしだって友達と遊んだり、青春したり・・・そういう事がしたかった! でも、もう、無理・・・」


 掴んでいた胸倉を、離す。


「・・・大体想像はつく。サザエさん症候群のマックスバージョンだろ、夏休み明け特有の」


 わたしは黙って頷いた。


「夏休みを適当に過ごしてるとそうなるんだよ。・・・あたしの場合、高1ん時は塾の合宿に行かされたからそれどころじゃなかったけど」

「・・・アンタ、どこ高卒なの?」

「山野川」

「はあ!?」


 そこって、この地方でもかなり有名な。


 ・・・バカ高校じゃん。


「ちなみに第一志望は東大、第二志望は早慶のどちらかで今悩んでる」

「・・・い、一応聞くけど、何浪中なの?」

「三浪だよ。一浪した時は『あたしイチロー』ってネタが通用したけど、二浪目はそんな冗談を言う気力も無かった。そんで今、三浪して分かったんだけどさ」


 彼女はわたしの方を見つめ、にっこりと笑いながら。


「この世の中、意外と楽しいよ」


 そう、呟いた。


 ・・・不思議なものだ。

 頬を伝う涙が、止まらない。


「あたしの頭で東大とか、無理、現実見ろって散々言われたけどさ。でも行きたいんだよ、東大に。そんでエリートになって将来はでけーマンションのてっぺんに住むんだ」


 泣き続けるわたしに彼女は手をまわし抱き寄せて、よしよし、と頭を撫でる。


「だから、遅刻は嫌なんだよ。『死ぬほど』ね」


 これからどうすればいいか分からない。もしかしたらもっと辛い思いをするかもしれない。

 だけど。


「わたしは、生きてて良いのかな・・・」


 そう思えただけで、わたしは救われたのかもしれない。


「当たり前だ。たかだか15年過ごしたくらいで、生きた気になるなよガキィ」


 わたしが高校を中退し、この人のアパートに転がり込むのは・・・もう少し、先の話になる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ