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わたしのなつやすみ

 わたしは驚愕した。


「ここ、チャンネル4つしか無いの!?」


 ふとテレビリモコンのボタンを押したものの、画面が真っ暗になって何も表示されなかったからだ。

 そして新聞のテレビ欄を見て。


「しかも4つのうち2つがNHKなー」

「嘘でしょ!?」


 大声を上げることになる。


 この木造平屋にBSやCSなんてハイカラなものがあるはずもなく、ケーブルテレビも無い。勿論インターネット環境もなければWi-fiなどが飛んでいるわけがなかった。


「ここが陸の孤島かあ」


 辛うじて、スマホだけは使える事を確認して一安心する。

 充電に気をつけなければならないけれど、とにかくこれが使えるのならあとはどうとでもなる。たかが3泊4日、今から丸3日間。

 そのくらいの苦行、まあすぐに終わるだろう。


 建設的な考えの持ち主なら、この期間のうちに夏休みの宿題を済ませようという発想になるんだろうけど、そもそも宿題を家に置いてきたわたしに隙は無かった。


「あー、どうすっかなあ・・・」


 畳二十畳くらいの大きな部屋に、わたしと、NHKで高校野球が流れているテレビと、扇風機。

 開始1分で暇になった。


 ここはお母さんの実家。

 東京から新幹線と電車を乗り継いでようやくやってきた、まさに僻地だ。


 外を見渡せば目に入ってくるものの6割以上が緑色。ギリギリコンクリートで舗装されている狭い道路に、活気のない商店街らしきもの。セミの鳴く声だけが大きく聞こえて、テレビの音が小さく聞こえてくるほどだった。


「なんだよこの田舎ぁ!」


 ぐでーっ、と畳に「大」の字になって寝ころぶ。

 エアコンが無いのはさすがにしんどかった。山の中だろうとなんだろうと、暑いものは暑いのだ。残念ながらここは避暑地じゃない。


「楓ー。おじいちゃんとおばあちゃん呼んできてくれる? 向こうの田んぼに居るから」

「ええ?」


 お母さんの声が聞こえてくるのは台所から。まだ外が明るいとは言え、午後4時。

 今日は親戚一同が集まって宴会のようなものが行われるらしいから、その準備に追われているのだろう。


「どうせ暇なんでしょ? 早く呼んできて」

「もう、何でわたしが・・・」


 ぶつぶつと文句を言いながら、わたしは身体を起こした。

 暇なのは事実だし。暑いのも事実なんだけど、ここで押し問答をしていても仕方ないと思ったから。


「うー、暑い・・・」


 直射日光を浴びると、暑さが倍増する。こりゃ早いとこ、おじいちゃん達を呼んでこないと。


「おじいちゃーん、おばあちゃーん、お母さんが呼んでるってー」


 田んぼで何かしらの作業をしているおじいちゃん達にそう伝え、しっかりと返事を確認する。

 暑い。予想以上に暑い。さっさと扇風機のあるところに戻って麦茶でも飲みたい。

 そんな事を考えながら、踵を返したその時。


「・・・!」


 わたしは、多分、見てはいけないものを見た。

 見たら絶対に後悔する。そんなものを。


「あちらの方々は、あなたのおじいさんとおばあさんですか?」


 "その人"は、そう言ってわたしの横を並ぶようにして歩いていた。

 ほんの僅かな違和感もなく、それが必然であるかのようにわたしに声をかけて。


「あ、いや・・・。ま、まあ、そうかな」


 わたしはまたも驚愕した。

 "その人"は黒髪が長い綺麗な女の子だった。年頃も同じくらい。白いワンピースを着て、大きな麦わら帽子をかぶっている。


(実際、こんな事ってあるんだ)


 まるで昔見たアニメや漫画からそのまま取り出したようなテンプレ通りの「帰省した田舎で出会う女の子」。

 フィクションの中だけに存在すると思っていた美少女が、目の前に居る。


「おじいちゃん達の事、知ってるの? ご近所さん、とか?」


 だから、わたしは知っていた。


「いえ、近所では無いんですけど・・・。気の良い方々なので、私もお世話になった事があって」

「へぇ。君・・・、えっと」

「高宮涼です。あなたは?」

「武田楓。よろしく、高宮さん」

「ふふっ、涼で良いですよ」


 この子と関わるべき・・・仲良くなるべきではない事を。

 わたしがこの陸の孤島に居られる時間は残り3日弱。いくら仲良くなっても、そこで全てが終わる。

 ひと夏の思い出として、ただ頭の片隅に残るだけ。


 メールする、とか。会いに行く、とか。そんな口約束が無意味な事も分かっているんだ。


「東京から来たんですか。良いところですか、東京?」

「わたしにとっては良いところなんだけど・・・。こことは環境が違い過ぎるかな。みんながみんな良いところだとは思ってないだろうし」


 翌日、わたしは涼の家に上がり込んでいた。

 なんてことはない、二階建ての家だった。他の家に比べればその外観が明らかに現代的である事に違和感はあるが、まあそれはそれとして。


「綺麗な部屋だねえ。わたしの部屋、漫画とかでぐちゃぐちゃだけど」

「漫画はあまり持ってないですね・・・。この村には本屋が無くて」

「ええっ。じゃあコンビニとかも無いの?」

「コンビニはありますよ」


 わたしの不意な一言から、コンビニへ行く流れとなった。

 涼の家から歩くこと20分くらい。そこに「コンビニ」はあった。


「なにここ・・・?」


 わたしが知っているコンビニとは違う。


「この村唯一のコンビニ、西尾商店です」

「"商店"って言っちゃってんじゃん!」


 まわりを見渡すと、普通のコンビニの1/3くらいの品ぞろえレベルの商品が鎮座する、文字通り"商店"。勿論ATMやタッチパネルの機械なんて置いてないし、フードコートも無い。冷房すら効いてなければ自動ドアではなく引き戸だ。


「ちなみにここの営業時間って」

「朝10時から夜の7時までです」

「・・・ですよねー」


 なんとなく想像はついていたけど、やっぱり24時間営業じゃないんだ。


 翌々日。色々なところを案内してもらった。街の石碑のような場所、神社、綺麗な川、木陰になっていて心地いい場所では一緒にお弁当を食べたりもした。

 涼は終始、楽しそうだった。かくいうわたしも十分楽しい。田舎を満喫している。


 だから。

 だから、考えたくなかった。明日には、東京へ帰らなければならないことを。


「・・・明日の朝、わたし、東京へ帰るんだ」


 言葉に出した時、わたしは涼の顔を見られなかった。


「そう・・・ですか」


 しばらくの間、沈黙が長れる。

 分かってた。こうなるって、分かってたのに。

 今まで見てきたありとあらゆる情報が、こういう状況に追い込まれるんだって、警告してくれていたのに。


「わたし、この3日間の事、絶対に忘れない。涼のこと、絶対に」


 なんかテンプレ台詞を言ってしまった気がする。

 忘れないって、そんな根拠、どこにも無いのに。どうせ、1か月もすれば忘れちゃうのに。

 涼もそれが分かっているのだろう。


「私は、忘れてしまうかもしれません」


 顔を伏せて、言う。


「だから、忘れない為に、その証が欲しい・・・です」

「証・・・?」


 なんだろう。思い出の品でも交換するとか?


(すぐ押入れの奥へ行っちゃいそう)


 もちろん、口には出さない。

 たとえそれが99%確定している事実だとしても。


(こんなこと考えてるなんてバレたら、さすがに幻滅されちゃうかな)


 苦笑いをして、涼の方を振り向くと。


 ―――不意に、唇を奪われた。


「―――っ!」


 顔を真っ赤にして絶句しているわたしに対して、涼は楽しそうに笑みを浮かべながら。


「これで、忘れられなくなった」


 と、そう言った彼女と、その後ろにある夕陽のコントラストがあまりに綺麗すぎて。


 ―――わたしは本当に、この時の事を永遠に忘れられなくなってしまった。





「あああ、あと10分で夏休みが終わるうぅ・・・!!」


 バカだった。最後に頑張ればなんとかなると思ったけど、結局なんともならなかった。

 ああ、こんな事ならコツコツと夏休み初日から計画的にやるべきだったのに。

 なんで一行日記とか、やっておかなかったんだよ。


(今更7月27日のことなんて思い出せるかっ!!)


 膨大な量の宿題を残し、時計の針は0時へと着々と進んでいる。

 こりゃ徹夜したって終わりそうにない。

 もう、逆に考えるしかないか。踏み倒しちゃってもいいさ、と・・・!


 わたしが今、どうしてこんな事になっているかと言うと、結局のところあの日に帰結する。


 まさか、あんなクソ田舎に1人で残ることになるとは思わなかった。

 相当驚かれたし、両親からは反対されたけど、あの時のわたしにはもう、あの村に残るしか選択肢はなくなっていたのだ。

 バカだと思われるかもしれない。

 他人から見たら到底理解してもらえないかもしれない。


 だけど、自分の意思でわたしはあの村に居残った。

 涼と、ただ一緒に居たくて。


 この大都会に帰ってきたのは、つい先日の事だ。


「ああ、もう知らん!!」


 0時になると同時に、わたしはノートとシャーペンをぶん投げた。

 もういい。どうでもいい。

 超弩級の説教を食らう事になるだろうけど、それで済むならそれでいいや。


 だって。


「楓? どうですか? この制服、似合いますか?」


 わたしの隣には、東京にある我が高校の姿を着た、


「うーん。やっぱ、涼は白ワンピが1番かな。・・・脱がせやすいし」

「もう! 楓のえっち!」


 高宮涼が、居てくれたから。

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