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重女 ~じゅおん~

「やっと帰ってこられた・・・」


 23歳。新卒1年目の夏。

 私は仕事の後、無理矢理飲み会に連れていかれ、ほとんど飲めないお酒をこれまた無理矢理流し込み、酔っぱらった風を装ってなるべく早めに帰る、そんな事を繰り返していた。それも毎日だ。


 確かに定時に仕事は終わる。我が社はいわゆるブラック企業ではない。

 だけど、その後が長すぎるのだ。何が楽しくて飲み会、なるものに付き合わなければならないのか。そして断れば「最近の若い者は」「これだからゆとり世代は」とテンプレのような台詞を吐かれ、嫌われる。


 それだけは避けたい。

 死ぬ思いをして入社した企業なのだ。あの就活地獄をこんな事で無駄にしたくはない。


 だから今日も、アパートの一室・・・それも安い六畳半しかない部屋へ帰ってきたのは夜の10時過ぎだった。

 社会人になったら実家に帰るつもりだったけど、地方の企業なんてそれこそブラックまがいのところばかりだったし、いつ傾くか分かったもんじゃない。


 私はこの東京で生きていくしかない。たとえ女1人きりだったとしても。


「生きてるだけで、儲けもんだし・・・」


 そう言って、ため息をついた。

 その時。


「へえ。生きてるってそんな良いもんなの?」


 携帯が鳴ったのかと思った。

 だけど、違う。スリープモードのまま起動していない。


 部屋の電化製品は電源が入ってないどころか、私はまだ蛍光灯すらつけていない真っ暗な部屋に居る。


 想像してみて欲しい。

 こんな真っ暗なボロアパートで、誰も居ないはずの部屋から女の子の声が聞こえてくると言うシチュエーションを。


「・・・いっ!!」


 私は声にならない声を出してすぐに蛍光灯をつけた。ぶら下がっている紐を引っ張って。

 そして部屋が明るくなると、それは「明らかな形」となって私の前に現れたのだ。


 そこに立っていたのは、白い着物の長髪黒髪女性・・・。


 ではなく。


「しっかし、ボロい部屋。なにここ? 何も置いてないし。つか、クーラー無いのクーラー? 暑いんだけどさあ」


 白と赤の巫女服を着た、見た目中学生か高校生くらいの女の子だった。

 髪も茶髪で、大きなリボンで結ったツインテールの髪形が特徴的。


「あ、あの・・・。どなたですか?」


 なんだか随分フランクな感じだけど、とりあえず敬語で話しかける。


「ああ。ごめんね。あたしこういう者です」


 彼女はそう言って巫女装束の胸元に手を突っ込み、そこから1枚の紙を取り出す。

 ・・・どういう仕組みになってるんだ、あれ。

 そんな事を思いながら私は紙に書いてある文字を読む。


「氏名 藤代(ふじしろ)奏美(かなみ)、平成8年12月12日生(満18歳)、住所先 東京都・・・、学歴 東京都立夢の島高校卒業・・・」


 そう、このペラい紙。


「履歴書・・・?」


 もう見たくもないと思っていたけれど、こんなところで目にするとは。


「そういうことだから」

「どういうこと!?」


 言って、気づく。

 この時間にこの声量はヤバイ、と。


「あなた、何なの? ご両親はこの事ご存じなの?」


 ぼそぼそと声を潜めて言うと。


「当たり前でしょ。そこに住所も連絡先も書いてあるじゃない」

「あ、そっか・・・」


 納得しまって、いやいや違う違うと首を振る。

 順番に整理しよう。

 きっと私は疲れてるんだ。だから状況が把握できていないだけで。


「まず最初にだけど、あたし幽霊だから」


 だがその言葉で、把握などと言う概念からほど遠いところに自分が居る事に気づいてしまった。


「ゆ、幽霊・・・!?」


 また大声を出してしまい、急いで口をふさぐ。


「そうそう。あんたに憑りついたの」

「ちょっと!ちょっと待って!」


 何か説明に入ろうとした彼女の肩を掴んだ。いや、掴もうとした。

 だけど。

 彼女の肩に、わたしの手がめり込む。そしてよく見ると、めり込んだはずの手がうっすらと透けて見える。まるで立体ホログラムに手を突っ込んでいるような要領で。


「ひぃっ!」


 腰が抜けるとはこういう事を言うんだろう。畳に尻もちをついてしまった。


「幽霊だって言わなかったっけ?」

「い、言ったけど!!」


 まさか本物の幽霊だとは、誰も思わないだろう。


 だってこの子は宙に浮いても居ない。しっかりと両足で、畳に立っている。

 遠目から見たら、ただの巫女服を着た、かわいい女の子だ。


「えっと、あたしが何者かは分かってくれたよね。じゃあ次、気をつけて欲しい事なんだけど。えー、まず金縛りは2日に1回の頻度で起こすから。結構しんどいと思うけどまあ我慢してね。一応説明するけど、金縛りっていうのは人間でいう睡眠の事ね。あたしは可視型幽霊だから大丈夫だと思うけど、なんか物音するなー、とか。誰かが後ろに立ってる気がするなー、とか、それ全部あたしだから。まあ気にしないで」


 ・・・この子は、一体何を言っているんだろう。


 全然、全く情報が入ってこない。


「あと夜中に変な電話かかってくるかもだけど、それ、あたし宛ての電話だからこれも無視してオッケーね。こっちで勝手に出るから。まあその分の電話代くらいは払うわ」

「ちょっとタイムタイム!ストーップ!!」


 私はこれで最後だと思って、大声で彼女の説明を遮った。


「あ、あの。あなたが幽霊なのはわかった!それは認める!」


 だって、さっき私の腕がすり抜けたもの。信じざるを得ない。


「でも、なんで私に憑りついたの!?私、心霊スポットとか行ってないし!もしかして、誰かに呪われてるとか!?」


 私はなるべく声を押し殺して、彼女に語り掛けた。

 きょとんとした目で私を見上げた彼女は、はあ・・・とため息をつくと。


「人間って本当にこうなんだ。学校で習ったこと、間違いじゃなかったのね」


 彼女はこほん、と咳払いをする。


「あんた達人間がどういう風にあたし達幽霊を見てるか知らないけど、あんた達が考えてる"幽霊像"って大体間違ってるからね?」

「"幽霊像"が間違ってる・・・?」

「人間ってそういうとこあるわよね。死んだ人間が幽霊になる、浮遊している、足が無い、白い着物を着ている、黒髪長髪、廃墟や病院とかに居る、トンネルに居る、何かと人間を呪おうとしてくる、妖怪の親戚、恨みみたいな強いマイナスの感情。そんななんとなくのイメージ。違う?」


 彼女は指を折りながら、数えるようにそう言う。


「だって、実際そうじゃない。えっと、なんていうか・・・。私が幽霊を見たのはあなたが初めてだけど、色んな人達が、大昔からそういうものが幽霊なんだって、言い続けてきたもの」

「だからさあ。なんでそういう自分たちの価値観でしか物が見えないの?」


 この時、彼女は初めて明確に苛立ちを声に出した。


「それはあんた達が勝手に決めた幽霊観でしょ?人間は自分たちに持っていないもの、五感ではないものを第六感って言うらしいわね」

「言うけど・・・」

「持ってないものを持ってるって言い張るなんて、それがおかしいって思わないの?」

「わ、私は哲学者じゃないからそんな事言われても・・・」


 なんかもう、分かんない。

 この子が本当に私達人間の言う「幽霊」なのかどうかすらも。


「自分たちの価値観で幽霊を決めつけないでよ。一部のバカな幽霊たちのせいで、割食ってるのはあたし達なんだからね?」


 だけど、私には必殺の術がある。これを使えば・・・!


「悪霊退散!!」


 私はそう言って、小学校の頃から大事にしているお守りを握り、彼女に突き出す。

 有名なところでもらったお守りだ。これなら幽霊なんてあっと言う間に・・・


「何この紙っぺら?」


 そのありがたいお守り。

 それを彼女は、あろうことか中身を取り出し、更に中に入っていた紙をびりっと言う音を立てて放り投げた。


「・・・」


 あまりの衝撃に、私は声も出なくなった。


「なに? あんなもんが本気で効くと思ってたの? 中に入ってたの、ただのコピー用紙・・・」

「あー!! もう言わないで!! それ以上聞きたくない!!」


 私は頭を押さえて滝のように涙を流した。

 怖すぎる。

 いや、なんかもうわかんないけど、わかんないけど怖すぎる。


「だからさ」

(くわばらくわばら・・・)


 耳を塞ぎ、うずくまって目を閉じ、頭の中で何か効きそうな事を唱え続けていると。


「話を聞けえ!」

「ぎゃあああああああ!!」


 急に、とんでもない頭痛がして床を転がり回る。

 彼女を見上げると、究極のドヤ顔をしていた。


「さ、さっき、呪いとか関係ないって・・・」

「関係ないとは言ったけど、出来ないとは言ってない」

「はあ・・・?」


 なにそれ。もう、反則じゃんそんなの。


「もういい。憑りつかれちゃったもんはしょうがないし・・・」

「やっと認める気になったか」

「でも、聞かせて。どうして私に憑りついたの?」


 たぶん、心霊スポット云々は一切関係ないのだろう。

 どんな荒唐無稽な答えが返ってくるのか、そんな事私に分かるワケがない。

 だから。


「・・・一目惚れ」


 その言葉は、あまりにも意外で。


「あんたに一生憑りついて、絶対に離れないんだから」


 あまりにも、簡単で。


「あんたが浮気しようとしても無駄だからねっ。全員呪い殺してやるんだからっ。全部あんたが悪いの、あんたがかわいいから・・・。人間に憑りつくなんて、親にも超反対されたんだけど、それでも・・・」


 あまりにも、分かりやすすぎた。

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