ドット白アンド・オンライン
「今日はわたし、マコト・ユーキと嫁のシロ・ユーキが迎える初めての結婚記念日に来てくれてありがとう」
きちんとテーブルの前の椅子に座っている嫁の顔を見る。
かわいい。相変わらず完璧。
彼女と知り合って3日で告白したというのは、今でもわたしとシロ以外誰も知らない話。
誰かに話すとしたら、このVRMMORPGに同性で子どもを作れるシステムが導入された後の話になるんだろうな。
「この2年間で真白騎士団は世界最大のギルドになった。団員1万人以上をまとめてくれてる君達には日ごろから・・・」
わたしがそこまで言ったところで。
「前置きは良いから早くー」「隊長、話ながーい」
という声が聞こえてきたものだから。
わたしはシロに目配せする。
「それじゃあみなさん、乾杯~」
気の抜けたシロの音頭で、わたし達の結婚記念日の宴は始まった。
ここはわたし達ギルドが買い付けた、避暑地の森にある別荘。
特別な日でもなければ、あまり使わない建物だ。
「これだけの面子が一緒に食事をしてるなんて、信じられないね」
隣で炭酸ジュースをグラスに注ぐシロを見ながら、言う。
「みんな、貴女の腕を聞きつけてやってきた人達です」
シロは嬉しそうにそのグラスをわたしに手渡してくれた。
「違うよ。ここに居るのはみんな、シロが集めた娘らだもん。わたしも含めて」
「ワタシにそんな魅力、無いですよ。ワタシはただ、貴女の隣に居ただけで」
「シロが隣に居てくれたから、わたしはここまでやってこられたんだ。シロにしかできなかったことだよ」
そう、この真白騎士団の団長、"最高責任者"はシロだ。
わたしはそれを補佐している。それだけに過ぎない。
「もう、貴女ったら。おだてても何も出ませんですよ?」
シロは照れ笑いをして、その白い肌を赤く蒸気させる。
互いが持っていたグラスをかちん、と合わせて、炭酸ジュースをぐいっと煽った。
「こほん。団長、隊長、お2人のラブラブ空間に割って入るのは申し訳ないんですが」
気づくとわたし達の後ろに、小さな女の子が立っていた。
「むぅ、カレンっ。ここからが良いとこだったんですよ!」
珍しくシロが頬を膨らませる。
しかし、こう言っては何だが怒っても全然怖くない。
「いや本当に申し訳ない。しかし、どうしてもお伝えしなければならない事がありまして」
彼女はそこで声のトーンを目盛り3つくらい落とす。
「二番隊に属する団員が、例のプレイヤーキラーに遭遇し・・・ゲームオーバーになりました」
そこで、今までのお祝いムードは吹き飛んでしまった。
このゲームにおけるゲームオーバーは、ユーザー情報の消去という、かなり厳しいものだ。
そのシビアさが、このゲームをここまで大きくしたとも言えるのだけれど。
「私も知ったのはつい先ほどです。全団員に注意喚起の知らせを一斉送信しましたが、とうとう奴が私達まで標的にしてくるとは・・・」
わたしは目を瞑った。
その団員への黙とう、そして。
「真白騎士団の団員、それはわたしとシロの家族だ」
意思を、固めるために。
「全員、HPとMPを全回復、回復アイテムを装備。わたし達夫婦の家族を殺した輩を許すわけにはいかない。全団員に通知・・・真白騎士団12236人で、家族の仇を討つ」
◆
『漆黒』。正式なユーザー名は「BLACK BLACK」。
当初、こいつの存在は都市伝説めいたものだった。
それは、異常な戦闘力の高さ、そしてチートを使ってでもしなければ不可能な事を次々と起こしてきたという、その規格外さに理由がある。
噂に尾ひれがついて、100人以上のギルドを一晩で全滅させただとか、その存在は最早このゲームのバランスを崩すほどのものになっていた。
もちろん、プレイヤー側から運営に向けて再三再四、この漆黒は運営が用意したNPCなのではないかと問い合わせているのだが、運営はそれを完全否定している。
事実、漆黒が現れてからこのゲームのプレイヤーは減り続けているため、運営に何のメリットも無いというのも頷けるし、全力をもって調査をしているという言葉も事実なのだろう。
だからこそ、漆黒の恐怖は日に日に大きくなっていったのだ。
「四番隊、五番隊、六番隊は漆黒を捜索。見つけ次第、二番隊と三番隊に報告、計5つの隊で漆黒を討伐する。七番隊以下の団員は直接動くなと伝えて。最後に零番隊、一番隊を全員ここに召集。もしも何かあったら、わたしが直接動いて漆黒を殺る」
「隊長からの指示は以上です。以下の指揮は全てワタシが担当します。前線指揮官の隊長、副隊長各位はワタシの指示通り動いてくださいです。なお、情報は全てこちらにまわしてくだい。多少の不確定事項は・・・」
これがシロ、わたしの嫁、そしてこのゲーム最大のギルドの団長だ。
彼女が得意とするのは電脳戦。
ありとあらゆる方法でゲーム情報を収集し、解析して各隊の隊長に情報を流し続け、戦闘になればその無限大の情報量から最適な戦術を指示。それと同時に戦略的な人の動きすらも計算して行ってしまう。
真白騎士団がここまで大きく、強くなったのは謙遜でもなんでもなく、本当にシロの功績なのだ。
このゲームはシロの盤上。わたし達はそれに命じられて動く駒。
今までそうやって、どんな敵だって倒してきた。漆黒も例外ではないはずだ。
そして、それはすぐに証明されることになる。
二番隊の陽動に、漆黒が引っかかった。
奴はこのプライベートエリアの入り口まで追い詰められたらしい。
「一番隊、出撃。二番隊と漆黒を挟撃です」
総勢300人以上、それもプレイヤーランク三桁の連中がうじゃうじゃ居る一番隊と二番隊が相手。
そうなってはもう、結果は明白だ。
(さすがの手並みだね、シロ。これで・・・)
そんなことが頭を掠めた、その時。
「マコト、標的がここに入ってきたですよ」
「っ!?」
どうやって侵入した?
これで、何らかのチートを使ってるとしか考えられなくなった。
正規プレイヤーが、ここにシロとわたしの同意なしで入れるわけがないのだから。
「状況は?」
「芳しくない、二番隊の残存戦力が80%を切ろうとしてますです」
「・・・わたしが行く」
手元のカーソルで、大剣を顕現させた。
「待って。ここで貴女が動くのは得策じゃない」
「キングが動かなければ誰も付いてこない。シロが言ってくれたことじゃない」
わたし達が初めて出逢った時の事を思い出した、その時。
全く考えられない事が起きた。
この別荘の光が届かない影から、プレイヤーキャラクターが出現したのだ。
ここから見た限りそれは。まるで影から、ぼんやりと何かが浮き出てきたように見えた。
漆黒は、こちらへ一直線に駆けてくる。
黒いフードをかぶり、右腕に銃と剣が一体化したランクBの武器を身に着けている。報告にあった通りだ。
だが、何に驚いたかと言えば。
漆黒の、まるでゲームバランスを無視した、でたらめなスピードだった。
「えぇぇい!!」
わたしは持っていた剣を振るう。
これは相手にダメージを与えるためではなく、相手を止めるための攻撃。
そう、なぜなら。
「総員射撃!!」
ここに居るのは全員プレイヤーランク二桁以上の女の子。
零番隊の一斉射撃で、漆黒のHPはそれこそ一瞬で無くなり、電子的なエフェクトと共にこの世界から姿を消した。
「・・・あっけなかったね」
聞きしに勝る怪物も、わたし達夫婦の前ではこれが精いっぱいか。
「今の戦闘記録を全部運営につきつけるです。これで言い逃れもできなくなるですね」
確かにあれはチートだ。
通常プレイではありえない事を、奴はこの数十秒間に数えきれないほどやっていたのだから。
「そうだね、これはもうわたし達だけの問題じゃなくなった。零番隊はこの別荘の警備を続けて。チートを使うような奴だ、生き返っても不思議じゃない。臨戦態勢でね」
彼女たちの返事を待って、わたしはシロと別荘の中へ入っていく。
だけど、そこで異変を感じた。
シロが、別荘の2階、わたし達の私室の前で固まってしまっていたのだ。
「シロ? どうしたの?」
まさか何かされたんじゃ、と思いすぐに彼女のマイページを見た。
結婚した夫婦は、マイページの共有が出来る。シロに何かあったら、すぐ。
そう、思ったが。
「な、なんで・・・」
"それ"を見て愕然とした。
「なんでわたし達のマイページに『子作り』のコマンドがっ!?」
おかしい。
だって、こんなのさっきの戦闘の時には無かったのに。
「わからない。あの漆黒と遭遇したことで、システムがおかしくなったのかも・・・」
いつもほわほわしているか、戦闘時のように冷徹なシロが、明らかに動揺している。
―――かわいい。
「あ、あの。マコト・・・」
わたしをちらちらと見ながら。
「これ、どうする・・・?」
恥ずかしそうに言う嫁。そして。
「や、あの・・・っ。そ、その。別に、わたしは、そういうことっ、したいわけじゃ」
真っ赤になって、何も言えなくなってしまう嫁の嫁。
「もうっ。マコトのヘタレ!甲斐性なし!ワタシはマコトとそういうことしたいのです!」
そう言ってシロはそのコマンドを押し、わたしもそのまま押し倒された。
ああ、誘い受けって言葉聞いたことあるけど。
わたしの事だったのか。