ナンバー1アイドルになって女の子をはべらせてみた
最後のポーズを決め、曲が終わる。
数万人規模のライブ会場からカーテンコールが聞こえ、万来の拍手があらゆる方向から飛んできた。
「ありがとー! ありがとー! みんな最高だよ~」
大きく両手を振って、客席に向かって頭を下げるとすぐにステージからはける。
わたしの所属するアイドルグループは数十人というアイドルを抱えているため、本来ならソロの曲など歌えない。ほとんどが大人数か、グループの曲だ。
そう、普通のアイドルなら。
「お疲れさま、藍子。良いステージだったわ」
マネージャーさんから水を受け取って、一気に飲む。
「いやあ、押しも押されぬスーパーアイドル、エースでセンター張るのも楽じゃないよ」
「それを実行できているのがあなたのすごいところよ」
「えへへ、だってわたしかわいいし」
褒められたのが嬉しくて、思わず笑みが零れてしまう。
もっと褒めてと催促したけど、調子に乗るなと逆に怒られてしまった。
「よし、次の曲全体だよね」
「ええ。早く行ってあげて。あなたが居るとみんな安心するから」
その時。今し方ステージから降りてきた子が、浮かない顔をしていた。
あれは。
「三久?」
「あ、センパイ・・・。実は、今の曲で失敗しちゃって・・・」
最近、頭角を現してきた後輩だ。
強気な子で、物怖じしないタイプ。あんまり話した事なかったけど。
(落ち込んでる顔、やばいねこれ)
「めちゃくちゃかわいいじゃん」
「え・・・」
なに言ってんのこの人、みたいな顔をされる。
「Sキャラっぽいと思ってたけど、しおらしくなってる顔、超良いよ。食べちゃいたくなるくらい」
「あ、あの。失敗しちゃったって話をしてるんですけど」
この反応に怒ったのか、こちらを下から少し睨みつけながらそんな事を言う。
「ん・・・」
だから。
「そんなことを言うのはこの口か」
わたしはキスをして、物理的に言葉を遮った。
「い、い、い、いまき、キキキ・・・」
「えへへ。かわいいねえ。初心だねえ」
「初めてだったんですよ!? 何するんですかアイドルに向かって!」
「アイドル同士はノーカンじゃないの?」
「そんなルール初めて聞きましたよ!」
彼女がいきり立ったところで、ぽんと背中を押す。
「よし、その元気のまま行こう」
そして手を取り、一緒にステージへと駆けていく。
「・・・っ」
彼女は一瞬、真っ赤な顔で呆けていたけど、ステージに上がるとさすがはプロだ。
「ごめん、遅れちゃった」
「藍、なにやってたの! 三久も!」
「準備はできてます。絶対に完璧にやりますから。センパイを怒らないでください」
三久から先ほどまでのマイナスオーラは消えていた。
そして彼女は連続して続く全体曲を、全部完璧にやりきったのだ。
「センパイ」
「んん?」
「さっきは・・・ありがとうございました・・・」
彼女はもじもじとしながら、バツが悪そうに視線を逸らす。
「三久」
「はい・・・」
「後で、続き・・・しよっか」
三久はすぐに顔を赤くさせると。
「はい・・・」
また恥ずかしそうに顔を俯けた。
ちょっと・・・やりすぎたかな。この子、初心だと思ってたけどここまでとは思わなかった。あまりにチョロ過ぎる後輩に、少しだけ危機感がしたけど。
結局この後、めちゃくちゃやりました。
◆
「野瀬ちゃん、女優って楽しい?」
シャワーを浴びてきた彼女に対して、わたしも着衣を整えながら聞く。
「楽しいっていうか、やり甲斐は感じるわ。アイドルも一緒でしょう?」
「うーん、最近アイドルが楽しいのか、かわいい女の子に囲まれてるのが楽しいのか分かんなくなってきて・・・」
「アンタらしいなおい」
彼女が同年代の割に随分と大人びているのは何故だろう。
そういえばリードしてくれる方だし、やっぱ女優さんって気品があるよね。
(散々あんなことやっておいて気品って)
我ながら苦笑してしまう。
「あなたは女優業、興味ない?」
「あはは、わたしに演技なんて無理無理。嘘つけないもん」
「よく言うわ。"清純ですよ~"なんて嘘言ってカメラに笑ってるくせに」
「あ、じゃあ女優いけるかな」
今のは怒られました。
これで帰るのも何なので、最後にキスだけして、玄関でブーツを履く。
「次、いつ会えるの?」
「2週間後・・・くらい。わかったらラインするよ」
芸能界に入ろうと思った理由もかわいい女の子と知り合いたいっていう理由で、アイドルになったのはその機会が確実に1番多いと思ったから。
そんな理由で始めたアイドルだけど、楽しいし今はすごく幸せだ。結果を残せばいろんな現場に呼んでもらえて、他のグループの子や、女優さんやモデルさんとお知り合いになれるし。
ところ構わず、好き勝手に女の子を食いまくれるなんて、ここは桃源郷かな。
一緒に食事してるところや、部屋に連れ込んだり上がり込んだのがバレても「お友達です」の一言で完封ですし。
そんなある日。
「あ~い~こ~!」
「ま、マネージャーさんっ。マネージャーさんは笑顔が1番似合うよ?」
「確かに私はあなたのそう言うところも全部認めてうちの事務所にスカウトしたわ。そしてあなたがうちの事務所に欠かせないほどの存在になってるのは確か。でも・・・」
バン、と目の前のテーブルを叩きつける。
「ものには節度ってものがあるでしょう!」
「いっ」
びくん、と身体を萎める。
「いい加減あなたの嘘八百も通用しなくなってきてるの」
「お友達・友情作戦?」
「ええ、そうよそれ」
無敵の作戦だと思うけど。
「ちょっとやりすぎよ。しばらくは自粛してもらいます」
ええっ!?
「そんなっ。それじゃあわたしは何を楽しみにして生きていけばいいんですか! 事務所のために働くだけの歯車になれって言うんですか! わたしに人権は無いのか!?」
「他所の事務所さんに迷惑をかけるわけにはいかないの!」
マネージャーさんのゲンコツが一発、脳天に突き刺さる。
「・・・じゃあ、この事務所の娘ならいいんですね?」
「え、ええ。ただし、1人よ。最低1ヵ月はその1人とだけ遊びなさい。あなたと同じマンションに引越しさせるから」
「1人を選べ・・・!? 修羅場ってコトですか!?」
「全然違うから」
その後も散々こっぴどく怒られて、マネージャーさんの運転でマンションまで送られると、玄関の扉を閉めるまでピタリと監視され、ようやく帰宅する。
さながら看守に連行される囚人の気分。
「うちの事務所だと・・・さすがに先輩には頼みづらいなあ」
そうなると、同じグループの直の後輩が無難なところか。
携帯にアドレスが入っている子の中で、同じ事務所の後輩を物色する作業に入る。
慎重に選ばないと・・・。
(長い期間一緒に居ても楽しくお話出来る子が良い・・・それと料理は得意な方が。あと優しい子が良いなあ。顔はもちろん超がつくほどかわいい子で)
この時、ぴたりと携帯の画面に触れる人差し指が止まる。
「これって・・・」
気づいてしまった。
「結婚する相手を決めてるみたいッ・・・!!」
同じ事務所という縛りがなければ、今の判断基準はまさに結婚相手に求めるもの、そのまんまじゃないか。
「よ、よし。じゃあ、1番付き合いが長い小夜に頼もう・・・」
今のグループの立ち上げメンバーで、後輩じゃなくて同期だけど、1番変な気を遣わずに一緒に居られる相手でもある。
わたしは震える手で携帯を操作し、小夜に電話をかけた。
「もしもし、アイ?」
小夜の声が聞こえて、なんか余計に緊張。
「小夜・・・話があるの。あなたにしか頼めない・・・ううん、あなたに言いたいことがあるんだ」
「なぁに? 今日はもうやだよ? お風呂入っちゃったし」
「そ、そういうんじゃなくて」
すうっと、一つ、息を吸い込む。
「これから毎日わたしの朝食を作って欲しいのっ」
「え、ええええ!?」
小夜は随分と驚いた。
「お願い、小夜! 愛してる! 大好き! だから!」
「ちょ、ちょっと待って!」
まくしたてるわたしを、彼女が止める。
「あ、あんたが誰か1人に身を固めるなんて・・・。良いの、他の子は?」
「他の子じゃダメなの。小夜しか居ないのっ!」
「そ、そんなの急に言われても」
煮え切らない態度の小夜を、ひたすら押し続ける。
「明日から一緒に住んで欲しいんだ」
「あ、明日から!? どうして、そんな急に」
「1秒でも早く、小夜に会いたいから」
「う、ううう・・・」
小夜はしばらくそんな風に唸っていると。
「アイは、ずるいよ。いっつもそうやって」
「ダメ・・・かな」
彼女がダメなら、もう本当に後輩の子に頼むことになる。
でも、冷静に考えたら色々な面から考えて小夜が1番良いんだ。この事情を変な気持ちじゃなくて受け入れてくれそうだし、理解してくれそうだから。
「わかった。今から準備するね。あたしもあんたに会いたくなってきた。2人きりで会うの、久々じゃない?」
「これからはずっと2人だよ」
「うん・・・」
事実を言っただけなのに、照れてしまう小夜。そういうところもかわいいんだけどね。
「アイなら、あたしを選んでくれるって、信じてたよ」
「え・・・?」
ん? どういうコト? 事務所が話を通してくれてたってコト?
「初めて会った時から、あんたは1番かわいくて、歌も踊りも全部1番だった。あたしは2番目。でも、アイはすごすぎたから・・・。あたし、全然嫉妬みたいな気持ちはなかった。逆にこんなすごい子と一緒にやれて嬉しいなって」
あれ、小夜さん。何か盛り上がってらっしゃいますが・・・。
「これからは一生、アイの隣に居られるんだね。結婚しよう」
「えっ・・・」
結婚・・・?
(完全に勘違いされた!?)
でも今から違うって言ったら絶対怒られるし、断られちゃう。
わたしは悩んだけど、こうなったら既成事実を作って(引越しさせて)から説明するしかないと判断し。
「うんっ。小夜、一緒になろう」
力強くそう答えていた。
あーあ。これダメだ。下手したら刺されちゃうかもしんない。
嘘がつけないなんてとんでもない。
野瀬ちゃんの言う通り、わたしは嘘をつくプロフェッショナルだと、この時完全に自覚した。




