寝台列車の夜
「飛行機が飛ばない!?」
大型休暇1日目。
今日から故郷へ戻って毎日毎日遊んで暮らす楽園のような毎日が待っている・・・かに思われた。
『まさか労働組合のボイコットが始まるなんてねえ』
わたしの故郷はまあまあの田舎で、あの空港もそろそろ経営が・・・なんて話を聞いていたけれど、所詮は関係ない事だとタカをくくっていたら、こんなことになるとは思いもしなかった。
「ママ、どうすれば良いの?」
『寝台車で大陸を横断するしか・・・』
ボイコットがいつ終わるか分からない以上、それしかないらしい。
両親は1日先に飛行機で帰ってしまったし、仕方ないか。
翌日。
たくさんの荷物をキャリーバックに詰め、わたしは駅のプラットホームに立っていた。
部屋は個室ではなく4人での共同。勿論女の人だけの部屋にしてもらったけれど、どんな人たちが相室になるのかまでは聞いていない。
(食堂車とか、自由席の普通車とか、いろいろあるみたいだけど・・・)
1週間、電車の中はさすがになあ。
ブルーな気分になりつつ、キャリーバックを一瞬持ち上げて、ホームから車両へ乗り込む。
狭い廊下を通り、切符に書いてある番号と同じ部屋に入った。
中には、誰も居ない。
2段ベッドが左側と右側にそれぞれ1つ、計4つあって、カーテンが閉められるようにはなってるみたいだけど・・・。
(あの小さな空間を個室にしろってコト・・・?)
嘘でしょ。こんな安っぽい部屋に泊まるなんて初めて。
そもそも寝台車なんて初めて乗った。いつもは飛行機でひとっ飛びなので大陸を横断するような長距離列車に乗る事自体が初体験だ。
「着替えよ・・・」
気分を変えるために、とりあえず服だけでも。
そう思って上着を脱ぎ、シャツも脱いでスカートを下した時。
「「あ」」
4人部屋の扉が開かれ、声が重なる。
そこに立っていたのは猫っ毛の黒ボブカットが特徴的な、かわいらしい女の子だった。
こんな出会い方をしてなかったら、撫でてあげたいくらいの。
でも。次の瞬間、わたしは恥ずかしさで頭が回らなくなり。
「へ、変態ーーーっ!!」
と言いながら、真っ赤な顔で手に持っていたポーチをぶん回し、それを思い切り彼女にぶつけていた。
◆
「ひどいよ・・・。4人共同の部屋で勝手に着替えてたのはそっちじゃん」
彼女はジトッとした目でこちらを睨みながら、頬を手で押さえる。
「ご、ごめんなさい。気が動転しちゃって」
「別にいいよ。あたし、そんなヤワじゃないし」
彼女はぶんぶんと顔を振ると、次の瞬間には明るい笑顔でにっこりとほほ笑み。
「あたしミキ。これから1週間、仲良くしようね」
と言って、手を差し伸べてくれた。
わたしは嬉しくて仕方が無かったけど、さっき殴った子に対して急にべたべたは出来ないと理性がブレーキをかけてしまい。
「ふ、ふん。別に、あんたなんかと仲良くしたくないけど。そこまで言うなら1週間、一緒に過ごしてやらないでもないわっ。・・・わたしの事は、シエルで」
こんな返事をしてしまう。
それでもミキはへらへら、にこにこと笑いながら。
「よーし、じゃあ頭から尻尾まで、この列車を探検しよう!」
わたしの手を引いて、元気いっぱいにそんな事を言い始める。
(なんか・・・、変な子)
こんなガツガツした人間に初めて会った。
でも、不思議と嫌じゃない。わたしはそんな事を思い始めていた。
◆
寝台列車1日目の夜。わたしは眠れないでいた。
慣れない環境、ゆっくりと揺れる部屋。どうしても目が冴えてしまっていたのだ。
「ミキ、起きてる?」
ふいに、上の個室ベッドで寝ているミキに話しかけた。
「なにー? 寂しくって眠れないのかにゃー?」
あまりに直球過ぎる言葉が胸に突き刺さる。
「ち、違いますっ! 子供じゃないんだから、もうっ」
わたしがそんな風にへそを曲げて、膨れていると。
「あたしはちょっと・・・寂しいけどね。えへへ」
彼女は甘えた声でそう言う。
今日出会ったばかりの人間にここまで心が開けるなんて。
不思議に思うやら感心するやらで、彼女といろいろ話をしているとまぶたが重くなり、気づくとわたしは寝てしまっていた。
「電車、まだ動かないのかなあ」
次の日。
列車はレールの切り替えや特急待ちと言う理由で、小一時間同じ駅で停まっていた。
ミキは暇で暇で仕方ないと言った様子で、自由席の窓を開け、日向ぼっこをしながら駅のホームで買ったお菓子を広げ、さながらお茶会のようなものを始めていた。
「あなた、こういう長距離列車って慣れてるの?」
「慣れてるのかなあ。慣れてるんだろうねえ」
ぼけーっとしているミキには何を言ってもこんな風にぼやっとした事しか返さない。
昨日はあれだけ騒がしかったのに、どういう気の持ちようをしているんだろう、と。わたしは少し気になって。
「ねえ」
つとめて自然に。
「わたしの事、好き?」
流すように、そう聞く。
「シエルはお嬢様って感じがして綺麗だなーって思うよお」
「・・・だから、好きかどうかって聞いてるのっ」
「じゃあ、好き」
彼女は無邪気にそう言って窓際にもたれかかりながら、ふわあ、とあくびを1つする。
(・・・何よ)
そんな風になんでもないように言って。
あなたがそんな感じじゃ、本気でドキドキしてるわたしがバカみたいじゃない。
◆
その日の夜。また眠れなくなったわたしはと言うと。
「・・・狭い、暑い」
「うー。じゃあ、帰る!」
「嘘だって。ごめんね」
二段ベッドの上・・・ミキの個室に上がり込んで、2人背中合わせになって一緒に寝ていた。
「シエルは寂しがりやだなあ。そんなんでよく寝台車に乗ろうと思ったよね」
「本当は飛行機に乗るつもりだったの。それが、飛べなくなっちゃって・・・仕方なく」
「へえ、そうなんだ」
ミキは軽くその話を流すと。
「じゃあ。あたし達がこうやって出会えたのって、奇跡みたいなものだよねっ」
なんて事をくすくすと笑いながら、何ともないような風に言うのだ。
わたしはたまらなく照れくさくなって、狭い空間ということもありその感情をどこにも持って行けず。
「・・・っ」
ミキに背中からぎゅっと、抱き着いていた。
「シエルって、意外とふかふかだね。着やせするって言われない?」
その後、ミキがギブアップするまで力の限りぎゅーーーっと彼女に抱き着いてやりました。
◆
それから数日が経った。
4人部屋には他の乗客・・・同世代くらいの女の子が2人、乗車してきて。
列車の旅はそろそろ終盤を迎えようとしていた。
「ミキ? どうしたの?」
食堂車での夕食の後、珍しく暗い表情をしている彼女の顔を覗き込む。
「もうすぐ、終点に着くなあって、思って」
「その為に列車に乗ったんでしょ」
「ねえ、シエル・・・」
4人部屋に入ると、ミキは切り出す。
「あたし、思い出が欲しいな」
「思い出?」
思い出が欲しいって、思い出はこうして今も積み重なっているものじゃない、なんてことをわたしはぺらぺらと喋る。
その間もミキは浮かない顔をしていた。
「そういうんじゃない。特別な、思い出が欲しい・・・」
「ミキ。あなた具合でも悪いの? あなたらしくないじゃない。いつも言いたいこと、ストレートに言ってたくせに」
わたしがそう言ったか言わなかったかのうち。
ミキはわたしの肩を掴んで、そのままわたしの個室である二段ベッドの下へと自分ごと押し込んだ。
「な―――」
あまりの事に、言葉が出てこない。
「シエル、あたしね・・・。シエルのこと、好き・・・なんだよ」
「わ、わたしだって、好き・・・だよ」
「じゃあ、問題ないよね」
ミキはわたしの顎をくいっと人差し指で上へ押し上げると。
そのままキスをする。
どうしてだろう、わたしは・・・キスなんて初めてなのに。舌まで入れられてるのに。全然抵抗しようと思わなかった。
そう、この時は。
「いやあ。疲れたあ」
「ご飯美味しかったねー」
!?
頭が真っ白になる。
・・・他の2人が部屋に帰ってきたんだ。
当然と言えば当然。ここは4人部屋で、今は夜。普通に考えれば帰ってくるに決まっているのだ。
(ちょ、ミキ・・・、やめっ)
(やだよ・・・んちゅ)
行為を止めようとするわたしを全く意に介さず、彼女はキスしたまま、わたしをベッドに押し倒す。
わたしは逃れようと身体をくねらせるが、彼女の指がわたしのブラに手をかけるのを止めようがなかった。
何せ、騒げばバレてしまう。カーテンを1枚隔てて、こんなことをしているのが。
(なに考えてるのっ。見つかっちゃうっ・・・)
(しっ。声を出さなきゃ大丈夫だよ)
(ばかあ、無理言うなあっ・・・)
ミキの手が下着を押しのけて、直接肌に触れてくる。
(ひゃっ)
思わず声が出てしまいそうになった瞬間、ミキが強引にキスをしてきて、無理矢理声を殺してきた。
(ん、んんん・・・っ)
やだ、こんなの。激しすぎる。
初めてなのにプレイが高度すぎる・・・っ。
(それなのに)
どうして、こんなに興奮するの。こんなに気持ちが良いの。
それはきっと相手がミキだから。ミキの事を愛しているからだろう。
本当に嫌だったら、気持ちよくなんてなるわけがない。でも、だからって、声を出しちゃいけないのは辛い。
(ふぇっ!?)
一瞬の隙を見つけて、今度はわたしがミキの下着に手を入れる。
(だ、だめ。そこはっ!)
必死に声を押さえているミキがかわいくて、そしてえろくて。
わたし達はお互いに我慢なんてできずに、結局疲れて寝るまで、ずっとそんな事をしていた。
◆
「大人の階段、のぼっちゃったなあ」
終点駅に着き、すっかり疲れた様子のミキがため息をついた。
「わ、わたしだって! もうちょっとロマンチックな初めてが良かったんだから!」
彼女から、ぷいっと顔を背ける。
奇跡の出会いをしたわたし達の旅も、終わりの時間―――
(ああ、結局)
とてもとても、素敵な旅だったな。
駅を去る時、溢れ出す涙を抑えることは、わたしには出来なかった。
「「あ」」
翌日。
近所のコンビニで再びミキと顔を合わせることになることになるのだけれど。
それはまた、別の話。




