純愛なんかじゃない、きっと不純な愛
「遂に東の国との決戦が間近・・・、この戦いこそが天王山となるだろう!」
長きにわたった1つの戦争が、最終局面を迎えようとしている。
東の国の国境を突破した我らが中央の国軍は、東の国の絶対防衛線まで進軍していた。
「これも"大英雄"エリン様のおかげである!」
将軍は壇上に"彼女"を招く。
―――"大英雄"。
―――北の大陸で起こった戦争を終わらせたという勇者。
彼女の加入により我が軍は一気に戦局を押し返し、戦線をここまで進めることができた。
戦場で彼女の戦う姿を見たことがあるが、あれはまさに一騎当千。たった1人で戦場を支配してしまう圧倒的な戦闘能力。
(でも、なんでだろう)
―――今の勇者さま、少し顔が俯いているように見える。
◆
「勇者さま」
出陣の数時間前。
指令所の前に立ち、どこか遠くを見ていた彼女に、話しかけていた。
「・・・ん? ああ、ごめん。少し、空の様子を見ていた」
「い、いえっ! こちらこそ申し訳ありません、お邪魔じゃなかったでしょうか!?」
出撃前の精神統一でもしていたのかもしれない、と思い慌てて頭を下げる。
「ふふっ。邪魔なんかじゃないさ。君は」
「前衛部隊副隊長、アイナと申します」
「前衛・・・、精鋭部隊じゃないか」
「い、いえ精鋭部隊なんてそんな」
突っ込むことしか出来ないから入れられただけで・・・、と誰にするでもない言い訳をしていると。
「アイナ」
「はい?」
急に、名前を呼ばれる。
「君はこの戦いについて、どう思う?」
「え、あの。どう・・・と、言いますと?」
「聞き方が悪かったかな。どうして戦争をしようと思った?」
勇者さまの言いたいことは分からないけれど、正直に返しておこう。
「勿論、祖国の為、敵を倒す為です! だ、ダメでしょうか・・・」
段々言っていて自信がなくなってきた。
「いや。立派な理由だ。そもそも戦う理由なんて言うものは千差万別、他人の私がどうこう言えるものじゃない」
「失礼なことを聞いてしまうかもしれませんが」
わたしは勇気をもって、一歩前へ進む。
「勇者さまは、何のために戦いを?」
そう言うと、勇者さまは少し驚いたような表情をしたが、すぐに顔を引き締めると。
「1人でも多くの命を見捨てないためだ」
彼女のこの時の様子は鬼気迫るものがあった。
それこそ戦場でこの雰囲気を纏った者と対峙したら、普通じゃいられなくなってしまうほどのものを。
◆
戦場は大きな草原。矢などの長距離攻撃による奇襲ができないほど大きく、平らな草原だ。ここは純粋に、兵と兵の数と力量勝負になる。
わたしは必死で応戦した。
剣で敵の兵士を斬り、相手の攻撃を自分の上半身が隠れるくらいの大きさの盾で防ぐ。死に物狂いというのは、こういうことを言うのだろう。一瞬でも手を抜いたら殺される。
戦場とはそういう場所だ。そこには矜持も倫理もない。
殺すか、殺されるか。それだけだ。
「くうっ・・・!」
戦線は一進一退。しかし、段々と押され始めている。このままではジリ貧だ。
その時。
「な、なんだあれは!?」
敵の兵の1人が、驚きの声を上げる。
次の瞬間、数十の兵が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
わたしは"それ"が何なのか、一瞬で理解した。
「勇者さまだ!」
戦場にあって、優雅な姿を崩さない孤高の存在。
彼女は大剣を構え、次の攻撃に備える。
「勇者さま、わたし達前衛部隊が道を拓きます。突撃を・・・」
「すまない! 私には他にやるべきことがある。この場は前衛部隊に任せる!」
「えっ・・・」
予想とは違った反応に、一瞬言葉が出てこない。
彼女はその場から駆けはじめると、最も戦線が不利な場所へ行き、襲い掛かる兵たちをなぎ倒す。
「負傷者を連れて下がれ、この場は私が引き受ける!」
「は、はいっ・・・」
負傷者を2,3人がかりで引っ張り、その場から離脱していく味方兵たち。
彼ら数十人分の空きを1人でキープする勇者さま。
(勇者さまは・・・何がしたいの?)
わたしはそれを見て、一抹の疑問を抱いた。
彼女ほどの突破力があれば、独断先行してあらゆる兵をなぎ倒し、敵の本陣に入り込むことなど造作もないことのはず。
しかし、彼女がやっているのは。
戦局の悪くなったところへの補助と、負傷者の救援―――
「副隊長!!」
隊員にほだされ、意識が戦いに戻ってくる。
しかし、時すでに遅しとでも言うべきか。
「―――っ!?」
気づくとわたしは多数の敵に囲まれていた。
その中の隊長クラスの大男が、斧を振り下ろす。
わたしは不意に、目を俯けた。
これはもうダメだ。死―――
「ぐううっ!!」
その時。乾いた金属の音がした。
勇者さまがわたしの前に出て、その聖剣で大斧の一撃を完全に受け切っていたのだ。
「勇者さまっ。その、剣が・・・」
その瞬間、勇者さまの聖剣にひびが入る。
「剣の1本や2本、くれてやろう!!」
聖剣が折れた瞬間、彼女は腰に差していた鞘を、思い切り大男の腹にぶち当てる。
大男は倒れ、勇者さまはボロボロになった鞘を放り投げた。
そしてもう片方の鞘から2本目の剣を抜刀し、また戦い始めたその時。
「隊長! 敵の増援です! なんて数っ。60、70・・・それ以上です!」
索敵を行っていた兵からの一言に、場が凍り付く。
そんな数の兵力がどこに残っていたんだ。
「まさか首都防衛の兵を全て投入してきたというのか!?」
東の国はここで我々諸共滅びるつもりなのか。雑念が頭をよぎるが。
「撤退だ! ルートBを使って拠点まで戻れ!!」
隊長の言葉で再び頭がまわりはじめる。
あの数の増援・・・勝てるわけがない。退くのが被害を最小限に抑えられる唯一の手段だろう。
「撤退だと!? ひよったか、この臆病者め!」
後方からやってきた主力部隊の隊長が血気盛んに叫ぶ。
「ここを退いたら、泥沼の戦いになるぞ。大局を見たら退くなど有り得ん、戦うべきだ!」
「戦えば全滅もあり得るんだぞ!?」
「元から覚悟がなければ国の為に軍など入るか!」
驚いたのは、彼に賛同する兵が少なくないことだ。
最後の1人になるまで戦う、彼らは口々にそう言っていた。
主力部隊長が、兵を率いて特攻を仕掛けようとした瞬間。
鈍い音が、戦場に響いた。
「・・・やめろ」
勇者さまが、盾で部隊長を平手打ちのようにして・・・気絶させたのだ。
「最後の1人になるまで戦う・・・、立派な意思だが、そんな独りよがりの蛮勇のために人が死ぬことを、私は絶対に認めない・・・!」
彼女の鬼気迫る表情と言葉に、この場に居る全員が怖気づいたのだろう。
前衛部隊を中心にして、我が軍はこの戦線を放棄、離脱していった。
戦略的に見ればわたし達は大敗北をしたのかもしれない。
でも、戦術的に・・・いや、違う。戦場に居た1人の兵として言うのなら。
戦死者を1人が出ずに戦いが終わった戦場を、わたしは初めて見た。
それはまさに、"奇跡"以外の何物でもない、と。ハッキリそう感じたのだ。
◆
「ふざけるな、何が勇者だ!」
「戦場の最前線で人助けなんて聞いたことが無い!」
「俺はあいつに攻撃されたんだぞ」
拠点撤退後の会議は紛糾した。
紛糾なんてレベルじゃない。みんながみんな、完全に混乱していた。
「あの女が自分の力を最大限使って一点突破していれば、増援が来る前に勝てていたはずだ」
「聞けば聖剣を1つ失ったそうじゃないか」
「もうあの女にはついていけない!」
「偽善者を許すな!」
わたしは最後まで聞いていられず、その場から飛び出した。
(確かに・・・勇者さまは正しいことをしたのかもしれない)
でも。世の中、正しさが全てではない。
特に戦争なんてものは居場所によって正しさがコロコロ変わるもの。
わたし達に必要だったのは正しさじゃなく、圧倒的な結果だったんだ。敵を・・・相手の国の兵を1人でも多く殺して、敵将も殺して、降伏する者、逃げる者以外は全部殺して・・・。
「なにやってるんだろう、わたし・・・」
―――君はこの戦いについて、どう思う?
きっと、わたし達が本当にしなきゃいけないのは、あの問いの答えを考えることなんだ。
そんなの、一介の兵が考えるべきことじゃないのかもしれない。
―――でも。
「勇者さま」
「君は・・・、アイナ」
指令所の入り口付近で、恐らく全てを聞いていたであろう勇者さまは、わたしに向かって。
とても悲しい笑顔で、微笑んだ。
それを見たわたしは、思わず彼女を抱きしめてしまう。
触ってみれば、なんということはない。普通の女の子の細い腕と、小さな身体。
「わたしはもう、何も考えずに戦うことは出来ません!」
この人は、それらを全て知った上で・・・。
彼女は一体、どれくらいの悲しさをこの小さな入れ物に押し込んでいたのだろう。
「逃げましょう勇者さま! 軍はあなたを殺すつもりですっ」
わたしは彼女の瞳をまっすぐに見つめて言う。
「勇者さまが殺されるなんて・・・絶対に嫌です!」
勇者さまは同じようにこちらをまっすぐ見つめて言う。
「それだけの理由で、君は自分の国を棄てられるのか?」
―――この時わたしは初めて、彼女の心に触れられた気がした。
「君の気持ちは受け取ろう。私も死ぬは無い。逃げるなら、1人で逃げるさ」
きっとこの言葉は、本当に彼女が勇者だから、言えたことなのだろう。
彼女はわたしを突き放そうとした・・・でも。
「わたしも、連れて行ってください」
「ダメだと言っているだろ」
わたしを振り解こうとする勇者さまの腰を、放さない。
「絶対に嫌です! わたしを連れて行ってくれないのなら、わたしと一緒に死んでください! わたしはもう、絶対に勇者さまから離れません!」
愛。
この感情をそう言うのだろう。
「わたしの命を助けたのは勇者さまです。その責任は、取ってもらいますから!」
でも、この感情は決して純愛じゃない。
歪んだ感情、依存や執着という言葉が混じってくるのも間違いはないのだ。
それでもわたしはこれは愛であると、胸を張って言える。
たとえ歪んでいても、屈折していても。
今、この人と一緒に居たいと言うこの気持ちだけは、確かなものだから。




