あなたが幸せなら、わたしも幸せ・・・
人の一生には運命の出会いというものが存在する。
その一瞬だけで人生そのものが大きく変わるもの。その先数十年・・・下手したら死ぬまでずっと共に居る存在との邂逅。
―――それは入学式後の出来事だった。
「あ、ありがとう高村さん・・・」
「もう! 危ないよどこ見てたの!? もう少しで頭から階段転げ落ちるところだったんだよ!?」
「ごめんね、私ぼうっとしちゃうことあって」
「そそっかしいんだから・・・。それで君の身体に傷が付いちゃったら大変でしょ。ほら、手」
運命の出会いと言うのは傍目から見ていても、こうも分かりやすいものなのか。
同じクラスのお姫様みたいなかわいらしい女の子を、少し活発そうな、クラスの中心に居るような強気な女の子が助けていた。
二人とも、顔も初めて見たし、名前だって知らない。
でも、明確に感じた。
わたしは目の前で、運命の出会いを見たと。この2人はきっと・・・これから運命に導かれた素敵な道を歩んでいくことになるんだと。
だからわたしは入部した文芸部に、彼女―――少しぼうっとした、お姫様みたいなかわいい娘こと宮瀬都が1人で居たことに、多少驚いた。
「高村さんは一緒じゃないの?」
気づくと、わたしは部室で彼女にそんな無神経なことを聞いていた。
「涼子ちゃんはバスケ部だよ。ちっちゃい頃からずっとやってたんだって」
「さいですか・・・」
運動、得意そうだもんね、あの子。
典型的な王子様・・・、約束されたリア充への道を持つ限られた人間。
こうして小さな部室に籠って本を読んでる人間には縁のない世界だ。
「あの、同じクラスの空井さんだよね?」
「そうだけど」
「この間の入学後試験でクラス1位だったんだよね? いつも教室で眼鏡かけて教科書読んでるの、かっこいいなーと思いながら見てたんだー」
彼女は椅子をわたしのすぐ隣に持ってきて、こちらの表情を覗き込むように話しかけてくる。
本を読んでいるのを邪魔されて、わたしは多分、ムッとしていた。
宮瀬さんに文句の1つでも言ってやろうと、彼女の顔に目を合わせた瞬間。
(うわ)
見るんじゃなかった、と後悔した。
その吸い込まれそうな大きな瞳、整った顔、お姫様のように幼さやあどけなさの残る表情。
胸が高鳴ったのを感じた。
そして高鳴りの後、嫌な痛みを感じたことも。
「でも今はね、空井さん楽しそうだなあって」
「・・・楽しそう?」
「うん。好きな本を読んでるからかなあ? 教科書読んで勉強してるときとは、全然違う表情してる」
・・・なんでだよ。
なんで、そんな事が分かるんだ。わたしは何も言ってないのに。
どうしてわたしはこれを嬉しいと感じるんだ。
どうしてこの子は・・・あの高村が居るのに、他のクラスメイトとも、彼女と同じような態度で接するんだ。
(落ち着け。別にあの2人は恋人でもなんでもない)
勝手に運命の出会いなんて決めつけたのはわたしじゃないか。
あの2人に恋愛感情は無い可能性だって・・・。
―――クラス委員は宮瀬と高村が務めることになった。
―――宮瀬が他校の男子に絡まれそうになったところを、高村が助けたらしい。
―――部活が終わると、宮瀬は毎日体育館に寄って、高村と一緒に帰っている。
ある日の昼休み。2人が楽しそうにお弁当を食べている。高村は宮瀬の頭を撫でたりして、とても楽しそうに。
(・・・やっぱり、運命の2人なんだ)
諦めよう。
何よりこうして毎日毎日、あの2人を見て嫌な気分になるようなことはもう終わりにしたい。
わたしは翌日。
宮瀬の机にラブレターを忍ばせた。
もうこんな悶々とした毎日とはオサラバだ。真正面からフラれれば、諦めもつく。
少なくとも今の状況からは解放されるだろう。そう思った。
誓って言えるが、わたしは心の底からそれを望んでいた。
「わ、私で良ければ・・・よろしくお願いします」
なのに。どうして宮瀬はわたしの告白にOKなんてするんだ。
「え? 高村・・・の、こと。好きじゃないの?」
告白にOKしてくれた相手に向かって、何を言っているんだと思った。でも、聞かずにはいられなかったんだ。
「好き・・・と思ってたんだけど。なんか違ったみたい。だって、空井さんに好きって言われて、すごく嬉しかったし。今日からは空井さんが恋人だよ」
「あ、ありがとう・・・」
嬉しかった。ただ、嬉しかった。
絶対に無理だと思った。運命の2人を引き裂くことなんて、絶対に出来ないはずだと。
でも、そうじゃなかったんだ。わたしは自分の勘違いを呪うやら、逆に感謝するやらで、幸せな気持ちで頭がいっぱいになっていた。
「晴ちゃんはなんで最近の小説をバカにするの?」
「懐古厨だから」
「真面目に話してよ~」
ぽかぽかと肩を叩かれる。
付き合う・・・と言っても、何からしたらいいのか分からなかった。
ベタなところで、手を繋ぐ・・・とか。そんな事くらいしか。
(教室でいちゃつくのは嫌だし、それ以上のことは、まだ・・・)
覚悟が出来てない。
けど、次第に仲を深めていって・・・1学期中には、キスくらい、出来ると良いな、なんて。
都の方からも何も求めてこない。
でも毎日好きだよって言ってくれるし、相変わらずわたしにべたべたしてくるのは変わらなかった。
変わった事と言えば。
(高村と、一緒に居るところ見なくなったな)
わたしはそこから何か、底知らない怖さを感じていた。
何だろう、この感覚。どうしてこんなことを思うのだろう。
「晴、考え事?」
「・・・ううん。ちょっと目が疲れただけ」
こんな事を考えていると知られたくなくて、わたしは眼鏡を取って目を指で押さえた。
「じーっ」
都のまっすぐな視線がぼやけた視界に突き刺さる。
「な、なに?」
「晴は眼鏡かけてない方がかわいいね」
その時の都は筆舌に尽くしがたいかわいさで。
気分の高揚もあって、わたしは都をぎゅっと抱きしめていた。
「・・・都」
「なに?」
「キス、しても良い?」
抱き着いているので顔は見られない。
今の彼女はどういう顔をしているだろう。きっと、喜んでくれてるよね―――
「そういうのは、まだ早くない?」
わたしはそれで、一気に現実に引き戻された。
「あ、ご、ごめん」
「あ、違くてっ。晴が嫌いとか、そういう意味じゃないのっ。今はちょっと気分じゃないっていうか・・・」
必死に取り繕う都。
だけど、わたしは気づいてしまった。
―――彼女の心の真ん中には、高村が居るんだ。
(・・・なんで)
こんな台詞、絶対に言わないでおこうと思っていた。でも、わたしはもう我慢できなかったのだ。
(なんで、わたしじゃないんだ)
高村は何をやっても華がある。彼女の一挙手一投足には人が着いてくるのだ。
でも、わたしが同じことをやっても・・・ああはならない。
平凡、凡庸、普通。特別でも天才でもないわたしは、スターにはなれない。
高村に魅了されている都を振り向かせようなんて、無理な話だったんだ。
でも。都はわたしの彼女だ。その分の有利さはある。
それに、全てを賭けることにした。
わたしだって黙って負けてやるつもりはない。最後の最後まで、みっともなくあがいてやる。
「都、誕生日だけど、一緒に駅の展望台へ行かない?」
「え。う、うん。良いよ」
7月18日は都の誕生日だ。
恋人なら一緒に居て当たり前の日。
そして、わたしは知っていた。その日がバスケ部の、県予選決勝戦だって。
当日。今日は丸一日、都と過ごす。
出来る限りのおしゃれもしてきた。これを勝負服と言うんだろう。恥ずかしいくらい、かわいらしい服。
これで外に出るのは照れがあるけれど・・・わたしは勇気を出して家を出た。
その瞬間、携帯が鳴る。着信・・・都からだ。
「もしもし」
携帯に耳を当てると。
「大変だよ空井! 宮瀬が・・・交通事故に」
聞こえてきたのは・・・高村の声だった。
◆
明かりの点灯した手術室の前で、ぐったりとうなだれる、わたしと高村。
「・・・宮瀬は、君のところに向かう途中だったの」
「わたしの誘いを断って、あなたのところへ行くって、それを言いに行く途中だったんでしょ」
「・・・すごいね、空井。さすが宮瀬の彼女だ」
痛い沈黙が流れる。場の雰囲気に殺されてしまうと錯覚するほど、重い。
「高村、バスケの試合、行かなくて良いの?」
「・・・宮瀬がこんな状態なのに、無理だよ。何より、こんな精神状態の奴が居たら、チームに迷惑がかかる」
素人のわたしに、バスケのことは分からない。
でも。
分かることが、1つだけあった。
「・・・甘ったれるな」
わたしは思いっきり、高村の顔を叩く。
そして面を食らった彼女の服の襟元を掴んで。
「都に責任を押し付けないで。都は、わたしじゃなくてアンタを選んだの・・・! アンタがバスケやってるところを、都は何より見たかったんだよ!」
「でも・・・、宮瀬はっ!」
「都が自動車に跳ねとばされたくらいで死ぬもんか。そんなことも分かんないの、高村涼子!!」
勢いのまま、高村を突き飛ばす。
「そんなんで都とキス出来るの!? 都を抱けるの!? わたしは都がアンタみたいなヘタレと一生過ごすと思うと不安で仕方ないよ!」
「空井・・・」
自分の目から大粒の涙が溢れてくるのを、止められなかった。
「都の彼女として、最後に言わせて! 都を任せても大丈夫だって、わたしに見せつけてよ。あの子の一生を背負っていけるって、証明してよ!」
「・・・ごめん」
「謝るな、バカ!」
高村涼子が試合会場へ向かったのを確認すると、わたしはその場に座り込んだ。
これでよかったんだ、これで。わたしは立派なピエロを演じきったさ。
道化には道化のプライドがある。これで高村涼子が都を幸せにできないようなら・・・わたしは一生あの女を許さない。
でも、きっとそんな事は無いだろう。
都と彼女は、お似合いの恋人になって、一生添い遂げる。そういう確信が、わたしにはあるんだ。
(だって、あの2人は・・・運命に導かれた関係だから)
心残りがあるとすれば、高村の前で泣いてしまったこと。それだけだ。
「あーあ、ほんと」
損な人生だなあ。




