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わたくしのちっちゃな騎士

 あれは、まだわたくしが王立学園の中等部に通っていた時のこと。

 いつも通り授業を受けて、付きの者と共に寮へ帰ろうかと中庭を歩いていた時だ。


「ひめさま!」


 あの子は、いきなり現れた。


「私、ひめさまの騎士になります!」


 彼女は小さな身体から必死にこちらを見上げながら言うのだ。


「今は無理かもしれません。でも、いつかひめさまをお守りできる立派な騎士になって、あなたの下へ、お迎えに上がります!」


 それを見ていた周りの生徒たちはくすくすと笑みをこぼした。


「なにあれ、かわいいー」

「あの子新入生じゃない? ちっちゃくてかわいいね」


 その多くは、笑いというよりは微笑みという表現の方が近い。

 "微笑ましい""まだものをよくわからない幼子が"というような、暖かなものだ。


「子供の戯言に付き合っている時間はありません。行きますよ」


 言って、付きの者たちを先導する。

 わたくしはその子を、まるで無視するかのように通り過ぎたのだ。


 ・・・"呆れた"のが半分だったのは確か。でも。


「嘘じゃありません! ぜっっったい、ひめさまを振り向かせてみせますから!!」


 後ろで大声で宣言する、まだ年端もいかない女の子に。

 こんなにも真っ赤になった顔を、見られたくなかったから。





「でえええい!」


 一閃。振るった剣が、相手の槍を真っ二つに割る。


「ご覚悟ー!」

「ちょ、ちょ、待って! 負け、僕の負けだから!!」


 そう言って上級生の男子生徒は両手を挙げた。


「"戦意のない相手に追い打ちはしない"・・・!」


 私は授業で教わった言葉を口にすると。


「先輩、ありがとうございました!」


 試合を受けてくれた相手に敬意を表し、深くお辞儀をした。


「すげーな、あの子」

「小学部卒業前に、中等生のトップに完勝かよ」

「ちっちゃいのに」


 むむ。今、看過できない言葉をキャッチしましたよ!


「ちっちゃくないです! 私の心は5つの海よりも広いです!」


 すると先輩たちに、笑われながらぽんぽんと頭を撫でられた。


「そんな一斉に私を撫でないでください、背が縮むじゃないですか!」


 そう言って先輩たちを追い払う。

 皆、良い人たちだ。そしてその強さがこの国でトップレベルの腕利きであることも間違いないと思う。


 ・・・でも、私より弱い。


「リーシャちゃん、王立学園の十二騎士に選ばれたんだもんね」

「はい! ・・・最後の椅子って言われちゃいましたけど、気持ちは負けません!」

「マジかよ。あれってほとんどが高等部の上級生って聞いたけど」

「小学部生徒では史上初だそうです」


 でも、そんなのは全部、目的のための手段に過ぎない。

 そう!私が目指すのは!


「マリー王女の騎士になること、ですから!」


 ビシッと人差し指を天に向けながら言う。

 ・・・決まった。


「ははは。大きく出たなあ」

「確かに王女殿下はまだ専属騎士を持っておられませんけど・・・」

「それこそ十二騎士のトップ3が猛アタックしてるって噂、結構ホントらしいよ」


 先輩たちはまるで他人事のように私の話を流す。


「もう! わ・た・し・が、ひめさまの騎士になるんです!」


 そう、なぜならば。


「私はあの頃の私じゃない。もう、何もできずにひめさまの背中を見送るなんて事は絶対にしたくないんです。だから!」


 あの時。ひめさまがおっしゃられた言葉を、一時も忘れたことはない。

 それこそあの言葉を字にしたためて、寮の部屋の壁に貼って自分を奮い立たせてきた。


 "こどものざれ言に付き合ってる時間はない"―――


「今からひめさまの下へ、お迎えに上がります!」


 気づいたらその場を駆け出していた。

 今日の朝、十二騎士への任命式を終えた後からずっとずっと、逸る足を必死に抑えていたんだ。


(止まらない、止まるわけない)


 3年間、この日を待ちわびた。

 ひめさまが住まう特別寮へ立ち入る権利・・・十二騎士の位を手に入れる、この日を。





「うーん」


 おかしいな。もうすぐ日が暮れちゃう。

 オレンジ色の夕雲を見つめ、それが色を失っていく様子をぼんやりと眺める。


「この外門の前で待っていれば、すぐにひめさまがいらっしゃるって言ってたのに・・・」


 寮内でひめさまの行方を訊ねた人のことを思い出した。


「ううん、十二騎士が人を騙すわけがないっ」


 頭に浮かぶ、ネガティブな考えをかき消す。


 あの人は以前、何度か見たことがある。

 十二騎士の中でもナンバー3。つまり幹部中の幹部。偉い人オブ偉い人なんだ。

 その人が言うんだから間違いない。間違いない・・・はずなのに。


 ぽつ、ぽつぽつ。


(あ、雨・・・)


 気づくと雲は黒く濁り、大粒の雨が落ちてきていた。

 ・・・これはチャンスだ。

 これだけの雨なら、ひめさまもすぐに寮へ帰って来られるはず!


「普段の私なら、そう思えたのかな・・・」


 雨が冷たい。小学部の制服はびしょ濡れ。

 明日も学校なのに、どうしよう。そんな事を考えていると自然に目から大粒の涙が溢れてきた。


 帰ろうか。頭にそれがよぎったものの、私の足は動かなかった。

 帰っちゃダメだ。ひめさまに会うまでは・・・絶対に。その気持ちこそが私の全て。だからそれを諦めるなんて選択肢は、最初から無かった。


(絶対の絶対の、絶対に・・・)


 でも、気持ちと相対するように体力はどんどん削られていく。

 視界がおぼつかない中、私は膝を地に付け―――


「何をやっているのです」


 その声を聞いた瞬間、脚が力を取り戻した。

 強く踏ん張り、その場に立ち残る。


「―――っ!? あなた!?」


 振り返ると、そこに居たのは。


「ひめさま」


 誰よりも愛しい人だった。

 マリー王女殿下・・・私のひめさま。美しくて、おっきくて、とても気高く。そして何より優しい心を持っておられる方。


 そのひめさまが、私に傘を差しだしてくださっている。

 自分が雨に濡れるだなんて、まるで気にしていないように。


「お迎えに上がりました」


 私はその場で腕を前に差し出し、ひざまずいて頭を下げた。


「私を、姫様の騎士にしてください!」


 そうして、目いっぱいの笑顔で顔を上げ、ひめさまに笑いかける。


 ―――ようやくここまでたどり着くことが出来た。

 あなたとお話が出来る、この場所まで。





 でも、まさか。


(ひめさまと一緒にお風呂なんて、進展し過ぎだよぉ!!)


 私、大人の階段を一つ飛ばしで駆け上がっているかもしれません!

 だって、すぐ後ろにはひめさまが居て、私の頭を洗ってくださっているなんて!


「あ、あの! 私、自分で洗えますっ・・・」

「え? そう?」

「そうです! 私はもう子供では無いんですから!」


 えっへん!といつものように胸を張っていると。


 ぺたん、と。

 その何もない胸を揉まれた。嘘です。揉むところなんて無いので触られただけです。


「・・・子供のように感じるけれど」

「ひ、ひめさまぁ!」


 当然、後ろから私の胸を触るにはひめさまの身体は密着した状態になる。

 つまり、この背中に感じる大きくて柔らかい2つの感触は、ひめさまの―――


(し、しかもこのふくらみの真ん中に感じるの・・・!)


 刺激が強すぎる。

 私は目を瞑って歯を食いしばり、全ての刺激に耐えるように背筋を伸ばした。


「これ以上はダメですっ! 理性が、抑えきれないです!」


 無我夢中でそう叫ぶと、大浴場にそれが木霊す。


「・・・もう、我慢しなくて良いのですよ」


 姫様はそう呟くと、私をもっと強く抱きしめた。


「あの時、突き放すようなことを言った事・・・すごく後悔していました。あの言葉が、あなたを苦しめてはいませんでしたか?」

「そんな・・・逆です。私はあの言葉があったからここまで来られたんです」

「強く、なったのですね」

「・・・はい」


 たまらなく嬉しかった。

 ずっと、ずっと。この時の為にやって来た。どんなにつらい練習も、雨の日も雪の日も、どんなことだって辛くなかった。

 ひめさまが、私を認めてくださった。何よりもの喜びだ。


 そこで一瞬、記憶が飛んだ。

 気が付くと私はひめさまの上に居て、その大きな胸に思いっきり顔を埋め・・・ひめさまは火照ったように顔を赤らめ、こちらをとろんとした目で見つめていた。


「リーシャ、あなたの事、ずっと待っていました」

「・・・」

「あなたが成果を上げればそれだけで嬉しくなった。剣技の大会で入賞するたび、校内で有名になっていくたびに、もうすぐわたくしを迎えに来てくれるんだって」


 そして、ひめさまは私をぎゅっと抱き寄せる。


「こんなに小さな女の子を好きになってしまうわたくしは・・・変、でしょうか」

「変じゃありません!」


 私は最後の理性の糸を何とか切らさずに、言う。


「たとえ変でも、私はそれ含めて全部ひめさまが好きです。他の人がどうかとか、そんなのは関係なく!」


 言い切るんだ、自分の気持ちを。


「初めてお会いしたあの日から、ずっとお慕いしていました! 好きです、愛してます、ラブです!」

「リーシャ・・・」


 言った。言いたかったことを、今まで思ってきた事を、全部。

 だから。


「ひめさま!」

「はい?」

「ムチャクチャにしても、良いでしょうか!?」


 とうとう、私を縛っていた最後の糸が切れた。

 だって愛している人がこんな無防備な格好で誘っているのだもの。何もするなっていう方が無理な話だよね。


 ・・・この日だけで、私は今まで知らなかったたくさんの事をひめさまに教えていただきました。





「我が国へようこそ、マリー・テルタニア殿下」


 しばらく経った後、ひめさまと一緒にとある国の王宮に招かれた日の事だった。


「お初にお目にかかります、陛下。このたびはお招きいただき、ありがとうございます」

「ふむ。そなたの国とは善い関係をこれからも続けたいと思うておる。・・・ん」


 その時、来訪した国の"ちっちゃな"陛下と目があった。


「随分と小さいのう。侍女・・・にしては大層な剣を持っておる。お前はなんじゃ?」


 ほとんど見た目年齢が変わらないくらい小さな女の子とはいえ、歴訪中の国の陛下のお言葉。

 ・・・しっかり答えねば!


「はい! 私はマリー殿下の騎士にして王国十二騎士第一序列、リーシャ・F・ミリスと申します!」

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