超能力VS異能力VS霊能力
『いや不覚を取ったよ』
電話口の相手はまるでアメリカンジョークを言うように饒舌だ。
『わたしを真正面からぶつかってきてノすなんて、正直想定してなかった。いくら搦め手を使われたとはいえ、言い訳にはならないよね』
「お前の様態なんぞ知ったことか。何でもいい、要件だけを言え」
こちらも本気だと思ったのか、彼女は声色を変える。
『さっき、気づいたら病院のベッドで寝てたんだ。何を言っているのかわからねーと・・・』
「そのくだりはいい!」
恐らくこれから30秒くらい続くであろう長台詞を遮って電話口に向かい叫ぶ。
『覚えてるのは謎の敵Xにボコボコにされたことと、そいつが妙な技を使ってたってことさ』
「妙な技?」
『目が合った瞬間に幻覚を見せられた。幻覚に酔ってる間にタコ殴りにされて病院送りってわけ』
・・・こいつは時に突拍子もない事を言う奴だが、恐らくこれは事実なのだろう。
嘘にしては悪質、かつ病院の電話番号がわたしの携帯の画面に表示されている以上、手が込み過ぎている。
「単刀直入に聞く。そいつの容姿は?特徴は?」
『覚えてない。多分、幻覚を見せていた時にXの視覚情報を麻痺させられたんだと思う』
「ちっ。なんだそりゃ。バケモンじゃねーか」
この自称探偵をボコって病院送りにした時点で少なくとも普通の人間ではない。
いけ好かない奴だけど、自衛能力だけは超一流の探偵だし。
『まあね。だからバケモノを倒すワンポイントアドバイス。変な奴とは目を合わせるな。恐らく本気を出したら視界に入っただけで脳を乗っ取られる可能性もある相手だよ』
「目ぇ瞑って勝てるくらい弱いのか?」
『いや。IQ150のヒグマと戦ってる気分だった』
・・・頭が痛くなる。思わず後頭部をかきむしった。
『だから君を頼ってるんだよ、用心棒。わたしが正面切って勝てないのはこの街じゃ君くらいだし』
「お前、この間マフィアのガキ探した時も負けてなかったか?」
『あれはずるい。あのスタンガンどれだけの強さだったと思う? 性能限界ギリギリの出力だって。笑っちゃうy』
これ以上会話をしても無駄のようだ。
わたしはスマホを切るとそれをソファに放り投げた。あれは仕事の受付用、これから行く戦場には持っていなくても良いものだから。
「敵も"同族"か・・・」
どこの施設出身かは知らないが、人工超能力者と見た。
(相手の脳に介入できるなんてトリッキーな能力だな)
かつ、高度な超能力者だ。単純な能力の比較をするのならわたしの超能力じゃ相手にならないレベル。
どうしてそんな国家権力レベルの相手がこの街に来ているかは分からないが、単身で動いている以上、目標は個人とみるべきか。
(もしかしたら探偵が逃したマフィアのガキとその同伴者を狙ってるのか・・・)
可能性はある。
しかしこの街も混沌としてきたものだ。
遂に悪の超能力者が来訪してくるようになったか。"いよいよ"だな。
◆
「どうなってんだ、こりゃ」
夜の街を歩いていたら歩行者9人が同時にわたしに襲い掛かってきた。
いくら物騒な街でもここは日本だぞ、スラム街じゃねーんだ。通常ならこんな事は起こりえない。
そして恐ろしいのは、襲ってきた9人がまったく整合性の無い姿をしていたことだった。
(リーマン、リーマン、JK、こいつは・・・怖いお兄さん、自転車に乗るジジイ、ビラ配りの姉ちゃんに私服姿の女が2人、最後の1人は塾帰りの小学生だぞ)
その場に居合わせた歩行者全員がまるで何かに命令されたかのようにわたしに殺意を向けてきた。
・・・間違いない。
(これがXの能力か)
当の本人は既に姿を消しただろうが、あの瞬間、この通りのどこかに奴は居たんだ。
そして視界に映る一般人の歩行者を9人同時に操ってわたしを殺そうとしてきた。
これはヤバい。
わたし1人でどうにかなる相手じゃなさそうだ。
「そこでどうしてあたしなんですか?」
セーラー服を着た少女はカーディガンを脱ぎながら言う。
「この街で殺しならアンタの上をいく奴は居ないだろ」
「その方には殺人の許可は出ているんですか?」
「許可は出てねーが、会ったら全力で殺しに行け、1ミリも情けをかけるなとは言われてる」
それを聞いて彼女はうねる。
「・・・ですが、あたしはアサシン。暗殺は十八番ですが、相手の顔が分からないというのは」
「そこなんだよなあ」
Xの顔を探ろうにも、またあんな風に関係のない通行人を操られたらたまったもんじゃない。
「こういう事が得意そうな、タラシの探偵さんはこんな肝心な時に入院してますし・・・」
「ここぞって時に役に立たねー奴だよな」
逆に考えれば、Xの第一目標は探偵だったのかもしれない。
「・・・ならば、超能力にはこちらも異界の能力で対抗しましょう」
柔和なアサシンはぴん、と人差し指を立てる。
「腕利きの霊能力者を知っています」
そう言って紹介されたのは、疲れた顔をしたOLだった。
冴えない上によく寝てないのか、非常に眠そうな表情をしている。
「アンタが霊能力者か・・・?」
「霊能力者って言うか、自称幽霊に憑りつかれてます」
言葉に覇気もないし、大丈夫かこいつ。
「今、わたしのこと頭のおかしいメンヘラだと思ったでしょ」
「まあな。正直、アンタを疑ってるのは確かだ」
「わたしに憑りついている幽霊は強力ですよ。幽霊学校を主席で卒業したらしいですから」
なんだよ幽霊学校って。
「分かります。幽霊学校なんて、笑っちゃいますよね。信じてくれとは言いませんよ・・・。ただ、仕事はします。いただいた多額の報酬分の仕事は・・・」
そう言ってメンヘラ女はインスタントカメラをあらぬ方向に向けてシャッターを切った。
パシャ、という音と共に。
「あなた達が探してるのはこの人でしょ」
出てきた写真を見て驚いた。
そこには明るい場所で真正面から、明らかに個人を特定できるほどはっきりした女の顔が映っていたのだ。
「アンタ、これどうやって・・・!?」
「念写って言うんですかね。それをやったんです」
念写・・・!?
「信じられないでしょう? でも、これ間違いなく本人ですよ。わたしに憑りついてる幽霊も絶対だって言ってます。あれだけのお金をいただいたんですからそれは保証します」
とんでもなく胡散臭い話だが、これを信じるしかない。
たくさんの人が住んでいるこの街で、脳を乗っ取ることが出来る危険人物を闊歩させるわけにはいかない。1分1秒でも早く、この女を殺さなければ。
「顔が分かればあとはお任せをば。必ず殺す技と書いて必殺技を使います」
美少女JKはそう言うと、スカートの下に忍ばせていたナイフを取り出す。
「超能力者の暗殺は初めてですが・・・。最悪、相手の目を潰すくらいの事はしてご覧に入れましょう」
わたしはそう言う彼女の背中を見送った。
もしもの時、シメは頼むと言われ、探偵がボコられた人気のない高架下で息を潜ませる。
数十分とその場で潜伏していると、持ち歩いている小型携帯が震えはじめた。
「上手くいったか!?」
『すみません、善戦しましたが目を潰そうとした瞬間に・・・幻覚を・・・』
「なんで即死させなかった!? 必殺技とやらはどうしたんだ!」
『それは・・・貴女自身が・・・確かめて・・・』
ダメだ。幻覚が残っているのか、会話にならない。
どういうことだ。どうして取り逃した。まずい、このままじゃXはこの街を囮にしてくる可能性すら出てきたぞ。
しかし。
暗殺者の言う、善戦したというのは嘘ではないようだった。
血だらけのXが、こちらに向かって走ってきている。
ここで逃したらもうチャンスは無い。わたしの武人としての本能がそう告げていた。
暗闇で息を潜める。
チャンスは一度。そして一瞬。それで勝負は決まる。
わたしの前をXが通り過ぎようとした瞬間。
「捕まえたあっ!!」
間違いなく、Xの腕を掴んだ。その刹那に。
「アンタには悪いが、死んでもらうぜぇ!!」
わたしの能力をフルパワーで発動させた。
―――超人育成機関で植え付けられたわたしの能力。それは。
暗がりの高架下から、紅蓮の炎が燃え上がる。一瞬その色は真っ暗闇の高架下を昼間の様に照らし上げると。
次の瞬間には、またただの暗闇に逆戻り。
―――人体発火の能力。
―――自分の全身から炎を出せるだけの力。
周囲数十メートルを焼野原に出来る代わりに。
「あーあ。あの下着気に入ってたのに」
身に着けているもの、所持しているものを全て灰にしてしまうというリスクを伴う。
だからわたしはスマホを所持しない。小型のやっすい携帯電話を持ち歩くのはそのためだ。
文字通り一糸まとわぬ姿になって、周りを見渡す。
どうやらXは灰になってしまったらしい。
あいつは関係のない他人を利用してわたしを殺そうとした。探偵を病院送りにした事実もある。
・・・だけど、少しだけ考えてしまう。
実験動物のマウスのように能力だけを与えられて、ただ命令をこなしていた彼女の人生を。
「わたしだって一歩間違えてたらアンタみたいになってたかもしれなかった。この瞬間だけは神に祈るぜ。・・・安らかにな」
一瞬、目を瞑った。
「用心棒さん」
「おう、暗殺者。Xは殺したよ。・・・見ての通り、消し炭だ」
そう言って振り向いた瞬間。
ムチャクチャに押し倒された。
こちらは何も着ていないのに、馬乗りになって。
「っ! アンタ、まさかまだ幻覚を・・・!」
ヤバイ。相手はモノホンの暗殺者だ。
こんな状態にされたら、次の瞬間には首を切られて殺される。
わたしは本気で死を覚悟した。
・・・が。
むにゅ。
やさしく、胸を揉まれた。
「ひゃっ」
思わず変な声が出てしまい、口を抑える。
「今回の成功報酬、確か身体で支払っていただけるんですよね?」
「ちょ、だ、誰がんな事言っ・・・んっ」
暗殺者の女子高生はわたしの太ももを持ち上げる。
やばい、マジでやばい。
わたしの貞操が。
「抵抗したら、ここを掻っ捌いて殺しちゃいますよ・・・?」
彼女がナイフを突き立てた先は―――




