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私と貴女の生徒会

「これでよし、部費前年比プラスマイナスゼロ・・・。ふ、わたしにとっては容易な作業だったな」


 生徒会室から手芸部部長もとい、手芸愛好会の会長に出て行ってもらったところで呟く。


「何がよし、よ。私がフォローしてなかったらあの子、泣いてたわよ」

「泣けばすべて解決すると思っているのなら大間違いだ! 泣いてもわめいても帰って来ないものはある!」

「貴女、他人の気持ちを汲まないと高校卒業してから大変よ」


 いちいち茶々を入れてくる生徒会"副"会長に対して。


「問題ない。あと1年あればそれくらい容易にマスターできる」

「なら良いですけどね」


 彼女はこちらを見て、息を吐きながら肩をすくめる。


「ん、もう6時か。外が明るいから気づかなかった」

「昼の長さだけでいうならもう完全に夏ね」

「昼が長いとテンション下がるよな」

「そうかしら。私は夜が長いと気が滅入ってくるわ」


 何ともうるさい副会長だ。

 副会長こと(あかつき)はわたしの意見を絶対に100%肯定しない。今のように、なんらかの文句を差し込んでくる。そして大体の場合、最終的に真正面からぶつかるのだ。


 しかし、わたしは生徒会長である。

 ナンバー2の意見はただの意見だが、わたしの言葉は絶対だ。

 ぶつかった場合はわたしの見解を押し通す事になっている。別に示し合わせて決めたわけではなく、なんとなくそういうような流れが出来てしまっていたのだ。


「ほら、寮に帰りましょう」

「鞄持ってきてくれ」

「私はあなたの秘書でもメイドでもないのだけれど?」

「じゃあ何なんだ」

「自分の胸に聞いてみたら」


 それで答えが出たら誰も苦労しない。すべての人間が自分の胸部に話しかけてる社会が出来上がる。

 暁はわたしの鞄を持ち、こちらに歩いてきて両手で。


「はい、会長様」


 すっと差し出し、満面の笑みを送ってくる。


「暁」


 わたしはその姿を見て。


「お前、わたしのパシリか?」


 真顔でそう言ったら。

 さすがに鞄でぶん殴られた。





 わたしは1年生の時、生徒会長に対して圧倒的な憧れを感じていた。


 彼女は完璧すぎるほど完璧な人だった。

 完璧とはいえ、人間のやることだ。そこまで完璧な人物がいるわけがないと、彼女に会うまではそう思っていた。

 でも。

 居るところには居るものだ。


 容姿完璧、勉強完璧、運動神経完璧、性格完璧、人望完璧、完璧度完璧。パーフェクト完璧人間とはああいう人を言うのだと思った。

 あっという間に憧れてしまって、わたしは彼女について回った。あらゆることにおいて彼女の真似をした。彼女のようになれば間違いないと思った。


 その完璧会長が卒業した後。

 生徒会長になったのはわたしとは全然違う意見を持つ人だった。


 彼女のやり方を一言でいうのなら・・・、そう、暁だ。暁がさらに悪化したような人だった。

 それはそのはず。暁は元々"先代会長派"の筆頭だった。いつも彼女の後ろをついてまわっているサマはわたしの後ろをついてくる今の姿と何も変わらない。


 わたしにはどうしてあの完璧会長が、あの人を次期生徒会長に選んだのか分からなかった。今でも分からないでいる。

 そしてもっと分からないのは。

 先代生徒会長が"現生徒会長"職に、わたしを指名したことだ。





「この1年生、なかなか見込みがあるな」


 わたしは1年生の書いた"始まった高校生活"という小論文に目を通していた。


「考え方が実に良い。現実主義でしっかり自己主張が出来ている。確かテストの点も良くて体力テストでも抜けた成績を残していたはず・・・」

「貴女、また夜中までピコピコ?」


 真っ暗な部屋で、普段はかけていない眼鏡に光るパソコンの青白い画面。

 そんな理想的な情景で、"ピコピコ"などと言う雑音を入れる無粋さ。


「今時ピコピコなんて言葉、ご老人でも使わんぞ」

「ご老人とロクに話したことも無いくせに」

「うちは実家が遠いんだ」

「あら、うちは父方の両親と一緒に暮らしていたわ。2人とも今も元気よ」


 すっかり起こしてしまったらしい。

 暁は隣のベッドからパソコンのディスプレイを覗き込んできた。


「この子、確か学級委員じゃなかったかしら。生徒会にまでスカウトしたら負担じゃない?」

「それくらい両立しなければ生徒会幹部にはなれん」

「全員が全員、貴女みたいな生徒会マニアじゃないことに気づいてね」


 そういうと暁はベッドから起き上がって、電気を点けた。

 同時にわたしは眼鏡を外す。


「ココアでも淹れるわ。ホットで良いかしら?」

「いや、アイスで頼む」

「二度手間なんだけど?」

「わざわざ確認したのはそっちだろ」


 返事が来ない。暁が折れた証拠だ。


「このココア美味っ!」


 急にアイスを注文したのに、この完璧な仕上がりのココア。

 生徒会室で淹れるコーヒーもそうだけれど、このわたしの口に合うレシピはどこで仕入れたのだろう。





「生徒会長、学校の備品が」

「備品担当、行って来い」

「保健室が満室で」

「保険担当、行って来い」

「部活の助っ人を」

「運動部担当、」


 ばたん、と生徒会のドアが閉まるのを見届ける。


「完璧な人事だ。我ながら惚れ惚れする」


 うちの役員は凄腕ぞろいだ。わたしが采配を誤らなければ大事に発展することはない。


「貴女、自分では何もしないの?」

「人を動かしているだろう」

「自分は動かないのかって聞いてるの」


 また暁が茶々を入れてきた。


「王がブレれば国が揺れる。上の立場の人間こそ、どっしりと構えていなければ」

「ものぐさなだけじゃない?」

「わたし以外に誰がこの位置に居られる?」


 またいつも通り押し問答を始めようとしたのだが。


「・・・そうね、生徒会長は貴女しかできないものね」


 わたしは目を見開いて驚いた。

 暁が全面的にわたしの意見を肯定した・・・だと・・・


 それが100%正解だったとしても、イチャモンをつけて99.9点にするのが暁の役目だとばかり思っていた。


「・・・それは」


 だが。

 優秀過ぎるわたしは分かってしまった。


「それは、わたしを生徒会長に任命したのが先代会長だから、か?」


 暁はあの人を慕っていた。だからわたしを認めざるを得な


「いえまったく関係ないわ」

「ふぇっ」


 しまった変な声が出た。


「・・・こほん」


 とりあえず咳払いをして誤魔化そう。


「なに、今の声。随分とおかしな声だったけれど」

「い、いや」

「貴女あんな間抜けな声が出るのね。パーフェクト完璧人間目指してるならあんな声出しちゃダメよ」

「あれは」

「今もそう。私にちょっと責められたくらいで慌てちゃダメ。二人っきりだから良いけれど、他の人がこんなところ見たらどう思うと思う? 貴女の意見を聞かせて頂戴」


 まずい。どうしよう。

 ・・・切り返せない。


「わ、わたしは」


 ここで"生徒会長に対してその態度は何だ"、は禁句。絶対に言ってはならない。

 それは権力を振りかざして黙らせる最悪の手段。完璧な人間はそんな方法はとらない。

 完璧な人間なら、この場面でも暁を論破できる。論破できるはず・・・、なのに。


「わたしは、わたしの考えは、えっと・・・」


 考えろ。考えろ考えろ考えろ。何かを言うんだ。


「生徒会長として、だな。今までの経験を踏まえて・・・」


 何か言わなきゃ。何か。言え。言おう。言うんだ。

 言うのが、"完璧な人間"・・・。


「ねえ、会長」

「な、なんだ。まだわたしは答えを言ってない・・・」


 隣に立っている暁を見上げる。

 "下を向くな。こういう時こそ上を向け"

 自分に言い聞かせる。


「貴女、完璧な生徒会長になりたいんでしょう?」

「そ、それは勿論!」

「でも無理よ、貴女1人じゃ」

「いやそんなことはっ」


 切り返すチャンス、そう思ったけれど。


「無理。だって現状、この生徒会は貴女を中心にまわっていても、貴女1人ではまわっていない。2年生の子達が頑張ってくれて動いてくれるから生徒会がまわってる」

「それは」

「彼女たちが居なかったら、貴女は"裸の王様"」


 その言葉が、ぐさりと突き刺さった。


「・・・」


 何も言葉が出てこない。頭が真っ白になった。

 その瞬間。


 わたしは暁の腕の中に、胸の中に居た。

 ぎゅっと頭から抱きしめられて。


「安心して。貴女は裸の王様なんかじゃない」

「でも、みんなから見放されたら」

「見放されないわよ。貴女を見放す子なんて、生徒会の中に居るわけがない」

「そんなの分からないじゃないかっ」


 信じられなかった。この期に及んで自分の口から泣き言が出てくるのが。

 それを、暁に言っているのが。


「じゃあ分かるように言ってあげる」

「・・・うん」


 わたしは、こくりと頷く。


「貴女は独りにはならないわ」

「・・・どうして」


 まるで幼子のように問を口にして。


「私が居るじゃん」


 そして。

 まるで幼子のようにその答えを、100%真に受けてしまうのだ。


「簡単なことでしょう?」

「暁・・・」


 わたしはぱっと、暁の胸にうずめていた顔を上げ、彼女の顔を見る。


「完璧な人間がそんな顔をするものじゃないわ」


 わたしの目元を、柔らかくて少しざらついた感覚がなぞった。


「少ししょっぱいわね」


 暁はぺろっと舌を出して言う。


「・・・わたし、泣いてたのか」

「大丈夫でちゅよ~。涙はなくなっちゃいました~」


 幼稚園児に話しかけるような、赤子をあやすような声で言う暁。


 なんか、ムカつく。


「な、泣いてねーし!」


 気づくとわたしの目から涙は消え、活力が戻ってきていたのだ。


「あら、じゃあこれは何かしら?」


 左目の目元をぴっ、と。細い指がなぞる。

 そこにあったのは雫だった。


「これはぁ何かしらねえ?」


 厭味ったらしく言ってくる暁。

 わたしは一拍を置いてそれに切り返す。


「それは君が持っていてくれ」

「えぇ?」

「時折、君の顔を見ては自分の泣き顔を思い出して戒める」


 それしかない。

 もう暁をわたしから切り離すことなんて不可能だと知ってしまった。


 なら。


「一生付き合ってもらうぞ、副会長」


 わたし達は2人でパーフェクト完璧人間になる。

 手段を少し、変更するだけのこと。


 それを聞いた暁は。


「はい、貴女」


 いつものように呟いて。

 今までとは少し違う優しい笑顔に、わたしは安堵した。

僕にない強さとキミが持ってないチカラを重ねて

(BACK-ON/『ニブンノイチ』の一節より引用)

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