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幸せについてゆるりと考えてみた

「ほしのーん」


 ぶんぶんと手を振りながら屋上へと続く階段を昇る女の子を呼び止めた。


「月子」


 ほしのんが振り向いたと同時に、ぼふっと勢い良くもふもふのブレザー制服に飛び込む。


「昨日なんでLINEやめちゃったのー? 寂しかったよー」

「ああ。そうだっけ。めんどかったし」

「わたしはめんどくさい女かいっ!」


 抱き着いたお腹から上を見上げる。

 大きな丘があってほしんの顔を見ることができないけど、多分めんどくさそうな顔をしてると思う。


「ほら、いくよ。ここさみーし」


 確かに晩秋の朝の廊下は寒い。でも。


「ほしのんにくっついてるからあったかいよー」


 そう言ってぎゅーっと抱きしめた。

 柔らかい。ほしのんはいつ抱きしめても柔らかいんだ。


「あー、はいはい」


 ほしのんはけだるそうに息を吐くと、わたしを引きずりながら階段を上り始めた。


「あんたのクラスは何やってるの?」

「お化け屋敷づくり!」


 わたしは鞄から水筒を取り出しながら答える。


「あー・・・、くだんないね」

「そのくだらなさがいいんじゃん! おかげでわたし、何の役も与えられずに何もしなくていいんだよ? ほしのんとくっついてられてうれしーよ!」


 水筒に暖かな紅茶を注いで、一口、口をつけてみる。


「あっち!」


 これは熱過ぎる。わたしがふーふーとコップに息を吹きかけると。


「一口ちょうだい」

「ほしのんコーヒー派じゃなかったっけ?」

「別に紅茶も飲めるし」


 ほしのんが言うなら仕方ない。わたしはコップを手渡す。


(あ、ほしのん、手、冷たい・・・)


 そんな事を考えているうちにほしのんはコップ一杯の紅茶をひと飲み。

 したかと思っていると。


 ほしのんの冷たく細い指がわたしの両頬に触れ。

 そのまま唇を合わせられ、舌を入れられてその隙間から紅茶が流れ込んできた。


「・・・っんく」


 零さないようにわたしからも舌を絡めながら、何とか紅茶を飲み干す。

 紅茶か唾液か分からないものが口内に残る中、ゆっくりとほしのんはわたしの口から舌を抜いた。


「熱くなかったでしょ?」

「う、うん」

「月子が困ってるの見てるとなんでもしてあげたくなっちゃうんだ」


 ぽーっとした熱っぽい目でほしのんを見つめる。

 ほしのんも同じようにとろんとした目でわたしを見つめていた。


「手、繋いで」

「うん・・・」


 どちらかともなくわたしの右手とほしのんの左手の指が絡み合う。

 あ、やっぱり冷たい。ほしのん、冷え性だからなあ。


「うちのクラスは出店だって。興味ないから逃げてきたけど」

「えー? なんで? 食べ物いーじゃん!」


 試食か何かで食べられそうだし、良いにおいするし、最高だと思うんだけど。


「あたしは月子と一緒に居たいから」

「わ、わたしもほしのんと一緒に居たいよ」

「じゃあこれで良いんじゃん」

「そうだね!」


 ここで一つ、会話が終わる。

 わたし達の会話なんてこんなものだ。お互いの事は知り尽くしちゃったから、あんまり話すことが無い。


 知り合ったのは1年生の時だった。同じクラスで席が近くて話が合って。

 最初のうちはそんなありふれたものだったけれど。


「月子、チョコ食べる?」

「食べる!」

「チョコ好きだよね」

「甘いから」

「月子」


 じーっと、ほしのんがわたしの方をジト目で見る。


「ほしのんの方が好きだけど!」

「よろしい」

「わたしは犬か!」


 チョコを手渡してくるほしのんに対して突っ込むが。


「どっちかって言うとネコだけどね」


 そんな簡単な言葉で顔が真っ赤になってしまい。


「え、えっち! ダメだよお昼からそんなこと!」


 ぽかぽかとほしのんの肩を叩く。


「クラスが違うと圧倒的な月子欠乏症になる時があってさ」

「ほしのんもなの?」

「あたしの方が深刻だと思うよ、死ぬ時あるし」

「わたしのほしのん欠乏症でもさすがに死なない・・・」


 しまった。口が滑った。


「つ・き・こ~?」


 ほしのんは覆いかぶさるようにわたしに抱き着くと、そのままこちらをうつ伏せにするように押し倒す。

 そしてそのまま、胸辺りに手をまわしてきた。


「あ、あはは、やめてやめて、くすぐったい!」

「あたしが居なくても死なないなんて言う月子はー・・・」

「ほ、ほんとにくすぐったいんだって!」


 くすぐったい笑いで呼吸が苦しくなってくる。

 このまま続けられたら、ほんとに過呼吸になって。

 死んじゃうんじゃないかってくらい。


 そこで、ぴたりとほしのんの手が止まる。


「・・・月子」

「ほしのん?」


 声に元気がない。ほしのんのふわふわ金髪がわたしのうなじ辺りをくすぐるだけ。


「あたし、月子とずっと一緒に居たい。1秒だって離れたくないよ」

「わ、わたしもだよ?」

「本当に月子と離れてる時間は苦しいの。月子は、月子はそうじゃないの?」

「苦しいに決まってるじゃん・・・」


 ほしのんの体重と、身体のやわらかい感触。そして温かさ。

 それが全身を包んでいた。


 学校の屋上、コンクリートの上で。ふざけあってくすぐりあって。

 それでも感じる。

 ほしのんの体温。彼女がわたしと繋がってるって事を。すぐそこに居ると言うことを。


「ほしのん、もう少しこのままで居て」

「・・・重くない?」

「重くないよ。ほしのん、おっぱい大きいのに全然軽いもん」

「・・・いや。月子が潰れたらいやだから退く」


 ほしのんが腕に力を入れて身体を浮かそうとした瞬間。


「ほしのん」


 小さな声で呼びかける。


「もうちょっと、ほしのんのおっぱい、背中に感じてたいから・・・お願い」


 うつ伏せになってるからほしのんの顔は見えない。

 でも、背中からほしのんの感触が離れなかったって事は。

 ほしのんもわたしと同じ気持ちになってくれたってことだよね。


 しばらくすると、ほしのんはわたしの後頭部に顎を乗せてきた。


「ねえ月子。学園祭の間もずっと2人で居ようね。学園祭なんて関係ない、みんなが出店とか、ブラバンとかやってても、ずっと二人で居よう」

「あー、先に言うなんてずるい。わたしがお願いしようと思ってたのに」

「あたしが上に居るからね」

「物理的にね・・・」


 わたしはほしのんがすぐ近くに居てくれる、それだけでよかった。

 今だって二人くっついて、他愛もない話をだべって。

 1年生の時はそれがずっと出来ていた。でも、2年生になって半年。違うクラスになったら、一緒に居られる時間は半分くらいになった。死ぬかと思ったんだ。


 でも。それじゃあ。

 もし、これ以上離れちゃったら、わたし達はどうなるんだろう。


「月子ぉ、お腹空いたあ」

「鞄にパンあるけど・・・」

「お惣菜パン食べたい~」

「じゃあ買いに行かなきゃ」

「月子も一緒に来てくれるなら行くけどお」

「わたしもほしのんが一緒じゃないと絶対行かないよ」


 ようやくほしのんはわたしの上から降りる。

 わたしもうつ伏せ状態から解放されて、ぱんぱんと制服を叩いて小さなゴミを落とす。


「ほしのん、あのね」

「ん?」

「わたし、学校に住むのアリだと思うよ」


 至極真面目な表情でほしのんを見つめる。


「宿直室か保健室に泊めてもらうの。そしたらほしのんとずっと一緒に居られるよね」

「ずっと一緒・・・?」

「そうだよ。教室から帰ってから次の日学校行くまで、ずっと」

「うそっ。それ天国じゃん」

「何でもやり放題なんだから」

「なんでも・・・!?」

「何でも」


 わたしはほしのんを真正面から抱きしめる。


「だからね、そんなに心配しなくても大丈夫なんだよ。わたし達が離れ離れにならない方法なんていくらでもある」

「う、うん・・・」

「ほしのんが望むなら、わたしは何だってするから。だから、ほしのん。ほしのんは辛いことなんて考えなくていいんだよ。そんな表情してちゃダメだよ。ほしのんは笑ってなきゃ。ほしのんはわたしなんだよ」

「う、うん・・・」


 ほしのんの目を見ると。

 すっかり火照った瞳がこちらを見つめていた。


「月子、まじで惚れ直した」

「うん」

「大好き。愛してる。食べちゃいたい。むしろ結婚したい」

「わたしもだよ」

「月子になら何されても許せる・・・」

「じゃあ」


 ほしのんの唇に、しゃぶりつくように唇を重ね、何度も何度もほしのんの唇を食べた。

 ふにゃふにゃになっちゃうんじゃないかってくらいに。


「も、もっとして」


 唇を放した時、ほしのんの第一声がそれだった。


「また後でね」


 今は・・・そうだね。パンを買いに行かなきゃ。

 わたしはほしのんにぎゅーっと抱き着くと。


「大好きだから・・・いつでも、いいからね」


 そう言って、自然と笑みが溢れてきた。


 なんてことはない。

 わたし達2人の、とある1日の。午前中の出来事だった。

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