双リノコイ
わたし達は双子の姉妹。
双子というと、どんなイメージを持つだろうか。
見た目ソックリ、性格も似てる、お互いの考えていることが分かる、などなど。世間のイメージはこんなところだろう。
実際にそういうタイプの双子が多いのは自分でも理解しているつもりだ。それが一卵性ともなれば、尚更。
しかし。
「先輩、昨日駅前の塾入っていきませんでした?」
「いくわけねーだろ、金の無駄」
「え? じゃああれ何だったんですかね・・・ドッペルナントカ?」
「それ、ウチの妹」
わたし達姉妹は多分、世間の双子像からズレていた。
「えぇー。先輩、双子だったんですかぁ? 守山ビックリですー」
放課後、購買で買ったジュースを飲みながら、この学校で作ったグループで体育館裏をたむろする。
「髪型とか服装とか全然違うのに、顔はそっくりだったんですよ妹さん!」
「そりゃ学校違うんだから、服装は違うだろ」
「どこ高なんですかぁ?」
「西」
「うわ、姉妹間格差パネェ・・・」
半ば舎弟状態の後輩の頭をぶん殴る。
「いいか、これからわたしの前で妹の話すんじゃねぇぞ! したらボコる」
「きゃー。暴力はんたーい」
そんな茶化す声と同時に笑い声が起きた。バカの扱いは簡単で助かる。
・・・なにせ、妹にはこんな力技が通用した試しが無い。
「これ! わたしリンゴジュース!」
「いや、わたしがリンゴジュース飲むのー!」
物心付く前からずーっと、わたしと妹は磁石の同じ極だった。
「わたしワンちゃん飼いたい」
「わたし猫ちゃん飼いたいっ!」
常に反発し合い、決してくっつくことは無い。
「今度の運動会のリレー、わたしアンカーだよ!」
「お母さん、わたしテストで100点取ったの!」
そして思春期に入るとその感情はねじれにねじれ、相手と自分が同じ容姿だという事を許容できなくなっていた。
「髪染めたから。中防じゃあるまいし、山野川じゃ髪型は自由だもんね」
「髪、切った。長いと鬱陶しいし、あと視力が落ちてきたから眼鏡も」
いちいち相手のやることが癪で仕方がなかった。
わたしは妹・・・"ゆたか"の事をガリ勉のクソ真面目なつまらない女だと思っているけれど。
「先輩、少し手加減してくださいよぉ」
「先輩が本気出すと誰もボール奪えないんだって!」
「これで3得点目かな」
「開始10分でハットトリックっすか!」
ゆたかはゆたかで、わたしのこと脳筋でバカ、しかも名前書けば入れる底辺の高校入った負け組とか思ってそうだし、そこはお互い様だ。
「ただいま」
そんなゆたかが帰ってきたのはいつも通り、10時過ぎのことだった。
部屋のドアが開かれ、"わたし達2人の部屋"にもう1人の主が戻ってくる。
「・・・かえり」
わたしはこれもいつものように、壁にもたれかかってスマホを操作していた。
適当な返事と、目を合わせないのもいつものこと。
ゆたかは眼鏡を外し、制服から部屋着へ着替えはじめていた。
その瞬間。ゆたかの視界から完全にわたしが消えたその一瞬だけ、わたしはゆたかの方を見る。
(なんか、変だな)
違和感とも呼べないほど小さな、何かがわたしの中で引っかかった。
何かがおかしい。そんな事を考えながら、瞬時にゆたかから視線を外す。
「・・・みのり」
その時。部屋着になったゆたかが、わたしを見おろしていた。
いつぶりだろう、妹から声をかけられたのは。
「んだよ」
その驚きもあって、わたしはゆたかに返事をしていた。
「わたし、お付き合いする事になったの」
「・・・!」
「同じ塾の子でね、頭良くて優しいし、みのりみたいにガサツじゃないし、すっごくかわいいの」
妹からのあまりに衝撃的な宣言に、わたしは何も考えられなくなる。
「へ、へえ。だから?」
咄嗟に言葉を絞り出し、その場を繕う。
「いい加減、部屋も別けてもらおうと思って」
ゆたかは平然とその言葉を口にした。
それが引き金になってしまったのだろう。
気づくとわたしは、ゆたかのことを叩いていた。
「・・・何するの」
尻もちをついて、左頬を抑えながら妹はわたしのことを見上げていた。
心の底から、軽蔑したような目で。
「ゆたかなんかっ・・・」
自分の瞳に大粒の涙が溜まっていた事に気づいた時にはもう遅い。
「ゆたかなんかっ、大っ嫌い!!」
喉が擦り切れてしまうのではないかと言うくらいに、その言葉を出すのは苦しかった。
「・・・わたしも嫌いよ、みのりなんて」
「アンタはいいでしょ、その恋人とやらに慰めてもらえばっ!」
「あんたも、可愛がってる後輩ちゃんの誰かに甘えてみれば?」
「てめえ!」
わたしはゆたかをもう一発、ビンタしようとして手を挙げた。
しかし。
「―――ッ」
ゆたかは振り上げたわたしの左手を、がっちりと掴んで止めてしまう。
「・・・みのり、わたし達は双子なんだよ。みのりの腕力と同じ力、わたしにもあるの」
よりにもよってこの状況で、ゆたかに冷静に諭されたことが、わたしの神経を更に逆なでした。
「っく、なんだよ。これじゃ、わたし・・・」
ゆたかの手から逃れようとするが、まったく彼女を振り払えない。
それはそうだ。
「みっともなさすぎる」
わたし達は双子・・・。
基本スペックは、ほぼ同じなのだから。
自然と腕から力が抜けていき、目からは溜まっていた涙が零れてきていた。
「みのり」
わたしが大泣きしていると、ゆたかはスッとわたしの頭に手を差しのばした。
そしてわたしの前髪を片手でかき上げると、もう片方の手で自分の前髪をかき上げ。
こつん、と。
互いのおでこを合わせた。
「えっ・・・」
瞬間、わたしは絶句する。
見たこともない景色や記憶、情報、そして想い。そんなものが、自分の頭の中に流れ込んできたからだ。
その流れてきた記憶の中にあった、もっとも古くセピア色になってしまった"もの"。
それは・・・いつかの日。
この部屋で交わした約束だった。
―――わたし達、おでこを合わせるとお互いの事がわかるんだよ。
幼いゆたかがそう言っている。
まだ小学校低学年の頃。わたしもゆたかも、ほとんど同じ容姿をしていた頃の記憶だ。
「なに、今の・・・」
ゆたかの顔が至近距離にある状態で、わたしは唖然としていた。
逆に、ゆたかは。
「ごめん、みのり。わたし・・・」
先ほどまでのわたしと同じく、大粒の涙を流していた。
「わたし、忘れてた。約束、したのにっ・・・!」
「ゆたか・・・、今の」
わたしは呆然と目の前に居る、愛しい妹を見つめる。
涙でぼやけたせいだろう。
髪型も全然違う妹が、まるで自分と同じ顔をしているように見えた。
―――まるで、あの頃のように。
「みのりと結婚するって、約束してたのに!」
絞り出したその言葉と共に、ゆたかはわたしを抱きしめた。
「痛いよ、ゆたか」
さすがわたしと同じ腕力を持っているだけある。
「みのり、こんなに大きくなったんだ」
「それはお互い様」
出ているところは出ていると言うことが、抱きしめられたから余計に分かってしまって。
少しだけ、顔が赤くなる。
「・・・ゆたか、わたしと結婚してくれるの?」
「当たり前だよ。わたし達は、生まれる前から一緒だったんだもん。もう離れられない・・・ううん、離れたくない」
そう言ってゆたかはギュッと、もう一度わたしを抱きしめた。
◆
姉・・・みのりと、妹・・・ゆたか。
これほど仲の良い双子は居なかった。恐らく普通の双子以上の何かが、わたし達の間にはあったんだ。
それが、些細なことから互いを嫌悪するようになった。知らず知らずのうちに互いを拒否するようになっていた。
でも、本来似て然るものが、無理矢理互いを疎み反発しあうのには、やはり無理があったのだ。
そしてその"無理"は形として現れることになった。
"同じだった頃の記憶の欠如"だ。
例えば、わたしが覚えている事を、ゆたかは覚えていない。
ゆたかが覚えている事を、わたしは覚えていない。
まるでバラバラになったパズルの欠片のように。
覚えていない部分は、自分が勝手に作った妄想で埋めていた。だから、わたしにはゆたかがどんどん違うものになっていくように感じたのだろう。
本当はわたしの方から、ゆたかから離れて行っていたということに気がつかず。
「みのりは、わたし達は大人になったら結婚しようって約束を覚えていて」
「ゆたかは、おでことおでこを合わせてそれを誓おうって約束を覚えていて」
そしてもう片方は、そのことを忘れていた。
「ゆたか、やっぱ眼鏡かけない方が可愛いよ」
「みのりは髪、黒い方が可愛い」
そう言ってお互いを見て、ニッコリ笑うと。
「「それは無い」」
と、声を揃えて言ってしまって。
もう一度、大笑いする。
「昔みたいには戻れないし、戻る必要もないんだ」
「うん、みのり。みのりとはずっと一緒だよ。だって、結婚したんだもん」
そう言いながら、ゆたかは頬ずりして甘えてくる。
「結婚したんだから、浮気は許さないよ」
「うん。・・・真梨子には悪いけど、別れる。だって、わたしが好きなのはみのりだから」
わたしも、ゆたかをぎゅーっと抱きしめがら言う。
「わたしもゆたかの事、大好き。愛してる。この気持ち・・・もう、絶対に忘れない」
忘れるはずがない。
わたしはゆたかと結婚したんだ。姉と妹は、ずっとずっと、永遠に一緒だから。




