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十畳間のセカイ

 国家の為に尽くして二十余年、真面目だけをモットーにして生きてきた。

 その甲斐あって、わたしは遂に、遂に念願の佐官へ昇進したのだ。努力、真面目、勤勉、そして国家への従順さと問題行動がゼロという点が大きく評価されたらしい。


「ヨウコ・スタット少佐であります!」


 わたしには昇進と同時に新たな任務が与えられた。


 その任務とは。

 特殊部隊への派遣及び、そこでのマル秘事項への調査協力。


「んあー?」


 ・・・の、はずなんだけど。


 自動ドアが開いたと同時に敬礼したら、中にあったのは信じられない光景。

 照明がなく、暗い部屋・・・その奥で10ほどのモニタが青白く光っていた。更に奥には見た事がないほど大きなCPUとHDDが見え隠れしており、そして何より。


「さ、寒っ・・・!」


 室温が、あまりに低すぎる。


「ああ。CPUを冷却するために業務用の冷房使ってるから」


 よく見るとこの部屋の主は大きなコートをしっかりと着込み、こたつに入って防寒している。


「あ、貴女がヤマダ技術士官殿ですか・・・っ!?」


 話を続けようとするが、寒くてうまく口がまわらない。


「ん~、まあなんだ。こっち来な。寒いでしょ?」


 彼女はモニタを見つめたままそう言って、こちらを振り向こうともしない。

 失礼だとは思わないのだろうか。さっきも首を後ろに逸らしてこちらを一瞥しただけで、身体はずっとパソコンの画面とキーボードの方を向いたまま。


「・・・お邪魔します」


 相手が無礼者だろうと、とにかく話をしないことには始まらない。そのためにはとりあえず、暖を取らなければ。

 わたしは彼女の隣からこたつに入ろうとした。しかし。


「あ、その辺コンビニの袋あるから気をつけてね」

「ぎゃあー!!」


 食べかけの弁当や、空きのペットボトルや缶が無数に出てきて、反射的に退いてしまう。


「ゴミはゴミ箱へ!」

「貴様のような社会のゴミは強制的に粛清してゴミ箱送りにしてやるだと・・・?」

「そんな事一言も言ってません!!」


 ここでわたしは大声を出し続けていることに気づいた。


「・・・こほん。ええと、貴女は」


 彼女の後ろで正座をする。

 しかし、本当に寒い。奥歯が既にがたがたと震えているのだ。


「声が震えてるよ。こっち来いって、入れてやるから。ほら、もうゴミとか無いし・・・多分」

「・・・うう、最後の言葉が気になりますが、失礼します」


 ゆっくりと足をこたつの中へ入れる。


「うわ、あんた良い脚してんねえ」

「ひゃあ!」


 それと同時に足をなでられて、全身の毛が逆立った。


「や、やめてくださいセクハラですよ!」

「あたし女だけど」

「セクハラに女も男も関係ありませんっ!!」


 この人の頭の中は一体どうなっているんだろう。

 ここまでふざけた態度をしておいて、何とも思わないのか。


「・・・へえ。ふーん」


 彼女、ヤマダ技術士官は何かに納得したかのようにわたしの身体を見る。

 頭の先から、こたつに入れている足の付け根辺りまでを、なめまわすように。


「あ、あの!」

「ほい」


 ようやくまともな返答が来た。


「ここは一体何なのですか? ・・・と言うか、貴女はいったい誰で、何をなさっている方なのでしょうか?」

「何って、特別諜報部だけど」

「貴女の私室のようにお見受けするのですが」

「ん~、まあ。あたししか居ない部隊だからねえ」


 ちゃんちゃらおかしな話だ。たった1人の部隊? そんな話、聞いたことが無い。

 この会話をしている間にも、彼女はキーボードを叩いている。


「2つ目の質問への回答~。技術士官のヤマダ、そんなのは偽名だよ。ヤマダて」

「コードネーム、という事ですか?」

「いんや。偽名だが、今の戸籍は確かにヤマダさ」

「・・・どういうことでしょうか?」


 話が全く見えないのだが。


「ヤマダなんてのは偉い人が勝手に割り振った名前。あたしは"ミカナ・ウィル・デスバーグ"・・・」

「!?」

「少なくとも生まれてからの15年間は、それがあたしの名前だった」


 その名前を聞いて戦慄した。


「う、うそ・・・」


 これが驚かずにいられるだろうか。

 電子の悪魔といわれた、史上最悪の電脳犯罪者の名前と、今、目の前に居る女の子の名前が、一致しているのだから。


「フィラーウィル事件の首謀者・・・、そんな、だって、」


 ミカナ・ウィル・デスバーグは。


「処刑されたはず・・・」


 わたしはまだ、頭の中の整理がつかない。

 思考が言葉になって出てこないのだ。


「公にはね。ただ、事実として生きている。ああ、実は立体映像だとか、そういうんじゃないから。さっきあんたの脚、触ったよね」

「じゃ、じゃあどういうこと、なんですか?」

「ん~、まあざっくり言うと司法取引っていうのかな」


 し、司法取引って。


「なんですか・・・!?」


 そんなの士官学校時代の教科書に書いてなかった。


「ググれカス」

「カ、カス!?」

「はあ~あ。ウブってのも行き過ぎると鬱陶しいな。まあいいや、あんた美人だから特別に教えてやるよ」


 今、悪口と同時にすごく褒められた気がする。


「司法取引っつーのは、何かと交換に犯罪者の刑罰を軽くしていただけるありがたーい制度」

「我が国ではそんなもの・・・」

「あるんだよ。あたしが生きてるのが何よりの証拠」


 それを言われたらどうしようもない。


「これは3つ目の質問にも重なるけど、あたしはこの部屋と設備を与えられ、ここで一生タダ働きすりゃあ命だけは助けてくれるって条件を提示されたんだよ」

「・・・一生、タダ働き」

「あたしはこの部屋の中での行動の自由と、監視や盗聴を一切しない事だけを条件にしてそれを飲んだ。この部屋は誰にも侵されない、絶対安全領域ってワケ」


 それが特殊諜報部の実態、だったのか。


「今は何をなさっているんですか?」

「ウチの国の機密情報が漏れないように世界中の電脳犯罪者からサーバを守ることと、まあ、他国のそういう情報を盗み出すことだね」


 彼女レベルの電脳犯罪者ならそれは容易だろう。でも。


「こんな事が他国に知られたらどうするんです? 国をあげて犯罪に加担しているなんて、そんなことが」

「バレないよ。この事を知ってるのは国のトップ級、その一部だけ。ネットを介しての漏えいはありえない。何せ、あたしがガードしてるんだから」

「じゃ、じゃあ!」


 わたしはそこまで聞いて、とある疑念を抱いた。


「"わたし"は何なんですか!?」


 国の上層部しか知らないような事を、たかが軍の佐官でしかないわたしに漏らすなんて。

 どう考えても合理性に欠けている。


「あんた、真面目だけが取り柄なんだろ。そんな奴が自分の国を売るかよ」

「確かにそうですがっ・・・!」


 わたしは今までのモヤモヤを口に出した。


「わたしから情報が漏れるかはともかく、どうしてわたしをここへ呼んだのですか? わたしがここに来る必要性が、まったく分かりませんっ」


 そうだ。わたしはどうしてここへ派遣されたんだ。

 ここがヤマダ技術士官のプライベートルームであるのなら、それこそ他の第三者を入れる必要などまったく無い。考えれば考えるほど、わたしは必要ないじゃないか。


「かー、こりゃ酷い」

「ひ、酷いって何が・・・!」


 その瞬間。

 わたしは自分の胸を鷲掴みにされているのに気が付いた。


「―――!?」


 あまりの出来事に、脳みそが焼ききれそうになる。


「あら、思ったより大きい。あんた、着やせするタイプ? 脱いだらすごいんです、みたいな」

「は、・・・、あ、あ、っい・・・!」


 自分で、自分が何を言っているのか分からない。

 それほどまでの驚きだった。


「こりゃホンマもんだな」

「・・・な、にが」

「あんた、処女だろ」


 わたしは呆然としながら頷いた。


「い、いけない事ですかっ!? 仕方ないじゃないですか、わたしはずっと軍の中で仕事一本の人生を送ってきたんですっ。そういう体験なんてしたこと無いに決まってるじゃないですかっ」


 気が付くと、自然と目から涙が零れてきた。


「おいおい、その表情で胸を隠しながら泣かれたら、あたしが犯っちゃったみたいじゃんか」

「犯されたも同然ですよっ」


 わたしは目を瞑り、顔を俯けてしまう。


「・・・ごめん。あんたを傷つけたのなら謝るよ。やっぱ、ダメだなあたしは。他人の気持ちを考えられない人間なんだ」


 目の前の女の子は、初めてこちらに向き直ると、深く頭を下げた。


「い、いえ。わたしも少し、取り乱し過ぎました。・・・ごめんなさい」


 しばらく、居心地の悪い沈黙が流れる。


「・・・のさ。正直に言うよ。あんたをここに呼んだのは、あたしの要求なんだ」

「え・・・」

「あたしはずっと1人だった。1年間独房に入れられて、ようやく出られたと思ったらこの部屋からは一歩も出るなって」


 彼女は目を泳がせる。


「ここ、なんか寒いしさ。全部自業自得なのに、今さら甘えるなって言われるかもだけど。それでも、・・・寂しくなっちゃって」


 そうか。

 なんて事はない。この子はただ、人肌が恋しかったんだ。

 誰かくっついて、温め合う隣人が必要だった。きっと、それだけの事なのだろう。


「ヤマダさん、わ、わたしで良いのなら。貴女の隣に、居ても良いですか?」


 だから、わたしは自分の気持ちを包み隠さず、そのままぶつけた。


「ちょっと違うかな」

「・・・?」

「あんたで良いなら、じゃない。あんたじゃなきゃイヤなんだ。言ったろ、あんたを呼んだのはあたしの要求だって」


 なるほど。そう言うことか。


「それはわたしが情報を漏らさない真面目な軍人だから、と言うことですよね?」

「・・・はは、ばーか」


 ば、ばか!?

 今のはホントに正解を狙いにいったのに!


「あんたにはかなりストレートに言わないと伝わらないんだろうな」

「じゃ、じゃあ分かるように言ってください!」


 そう言ってそっぽを向こうとした瞬間。


「好きだ」


 ―――彼女のその時の表情は、あまりに真剣で。そして。


「あんたが好き。・・・これであたしの気持ち、伝わったかな」


 ―――あまりに可愛くて。


「ひ、非常によく、分かりました・・・」


 その言葉は心のど真ん中に、すとんと入ってきた。

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