百合婚!
「ふわぁあ~、今何時・・・、ん、6時ぃ?」
窓の外は真っ暗。
これじゃ分からないじゃないか。どっちの6時か。
「昨日は2時までアニメ見てた記憶はあるけど、そのまま浅い眠りについたか、深い眠りについたか・・・」
決め打ちしてみることにしよう。
今は朝だ。
そう思ってテレビモニタの電源を入れると。
「アニメやってる! 夕方だったぁぁ!!」
昼間に起きてもやること無いけど、15時間も寝てたら何故か損した気分に・・・
「ナツコー、ちょっといい?」
その瞬間。
わたし1人の世界に邪魔が入った。部屋のドアを叩く、不快な音が聞こえる。
「うっせーババア! メシは後で食うからさっさと失せろ!!」
こっちは寝起きだぞ。
わたしはいわゆる引きこもりだった。
貴族の名家に生まれ、幼い頃は両親の思うが儘に人形をやらされていた。親戚に良い顔をするために勉強も習い事も、タシナミとやらも頑張った。
だけど、それにも限界があった。
わたしという人形の器は、この家の大きさと比べればあまりに小さすぎたのだ。
ヒビが入ったことに気づかず使われ続けた器はある日、パリンと木端微塵に割れてしまった。
以降、引きこもり歴5年。わたしは世間でで言う"成人"と呼ばれる年齢になっていた。
「ごめんねナツコ。部屋に電気が点いてなかったから、どうしたのかなって・・・」
家族も親族もわたしを腫れ物に触れるかのように扱う。
そりゃそうだ。ダメ娘だと捨てることも出来ない。わたしは一人っ子・・・、わたしを切り捨てればバートランドとかいう伯爵家の血が途絶える。
それはそれで面白いと思うけど。ってか、多分そうなるだろうし。
(この家にわたしに逆らえる奴は居ないからね~)
るんるん気分で電子レンジの前で右往左往する。
2分が長い。なんでドラゴン焼きの解凍に2分もかかるんだよ、おかしいだろ。
チン、と電子レンジの音が聞こえた瞬間。
「えっ・・・」
信じられないことに、チクリとした痛みを感じると、脚の力があっという間に抜けて行って、床に突っ伏した。
最後の力を振り絞って顔を上に向けると、そこに居たのは。
「ババア・・・」
母親の顔を確認したところで、意識を失った。
自分の人生が、自分をこの世に産み落とした親によって閉じられようとは。
・・・まあ、わたしのクソみたいな人生の閉めるには、相応しい終わり方だった。
◆
「ボクはシュタイナー家の嫡男、バンリ・E・シュタイナーです」
「・・・ナツコ=バートランド」
わたしはぼそっと消え入るような声で呟く。
「こらナツコ。失礼だろうその態度は」
オヤジが注意を入れてくる。
うるせえ指図すんなクソ親父。普段はわたしにすら頭が上がらないのにこういう時だけ当主ヅラして、だから貴族の男は嫌いなんだ。
このバンリとかいう男もそう。
嫌い。虫唾が走る。
さわやか美少年という感じがして"ボクは無毒ですよ"を出し過ぎ。逆に怪しく思えてくる。
(ちっ・・・)
わたしはかけていた伊達眼鏡のフレームを直す。
どうしてこうなった。
気づいたらわたしはこのホテルのVIPルームでおしゃれなお姉さん達にこのドレスを着させられていた。
鏡を見たら自分でも引くくらいキラキラしてたので、せめてもの抵抗にオシャレ黒縁眼鏡の伊達レンズ、1番ダサい奴をかけたんだ。
こうなったイキサツは誰も説明してくれなかったから分からない。
でも、察するに。
(政略結婚)
嫌になるね、貴族って。
ニートになった娘を最後の手段として、他の貴族と無理矢理結婚させるという方法で放り投げたんだ。
結局、自分の家の血さえ残ればわたしがどうなろうがあの人たちには関係のないこと。そう思った瞬間、わたしには戻る場所なんてもうどこにもない、と気が付いてしまった。
「・・・」
「あの、ナツコさん、気分がすぐれませんか?」
「元からこういう顔なんです」
吐き捨てるように言う。
「ナツコ、お前いい加減に」
オヤジが何か言いかけた瞬間。
「バートランド伯爵、少しナツコさんと庭を散策したいのですが、よろしいでしょうか?」
名前忘れたけど、相手の男がそう言って、オヤジを遮った。
「え、ええ」
少し気圧されたのか、あっさり了承する。
それを確認すると、男はわたしの手を取った。
「少し外の空気でもどうでしょうか。気分が楽になると思いますよ」
その瞬間。
(指、細いな・・・)
なんだこいつ。
シュタイナー家って武勲で鳴らす歴代将軍を排出してきた家だろ。
バンリ・・・、とやらの指はとても殺し合いをする人のものではなかった。
硝子細工職人でも目指しているんじゃないかと錯覚するほど。手入れの加減でいえばわたしなんかより・・・。
(いやいや、なに言ってんだ)
指先の綺麗さで男に負けるのは、それはそれでイヤだ。
◆
中庭と言っても貴族専用のVIP中庭。広い広い。
迷路のような花畑の中央に、噴水がある。わたしはそこで少し疲れたと言い、噴水のヘリに腰かけた。
(・・・なんか想像してたのと違う)
そもそもがおかしい。
このバンリとか言う男は随分と綺麗な顔立ちをしている。それに、性格も紳士的で問題があるようには見えない。
そんな男が、どうしてわたしと政略結婚?
こいつなら、放っておいてももっと良い家のお嬢様とかと普通に結婚できそうなのに。
どうしてわたしと政略結婚なんてするんだろう。
本人の意志に反して結婚させようとするものが"政略結婚"だと言うにしても、これじゃシュタイナー家に何のメリットもないじゃないか。
(まさかっ!)
そこでハッと気づく。
・・・こいつ、見た目と外面は良くても本性がよっぽどヤバい人間なんじゃないだろうか。
(いや、そうだ。きっとそうに違いない)
ソシャゲに億単位の課金するとか、地下に謎の実験場があるとか、夜の趣味があまりにHENTAI過ぎて誰もついて来られないとか、働いたら負けだと思ってるとか・・・
(やられる前に殺るッ・・・)
もうそれしかない!
「ナツコさん? あの、どうされたんですか?」
今だ。
こいつが油断しきっている今なら。
「歯ぁ食いしばれ!!」
わたしはいきなり叫び、立ち上がると。
5歳の時、護身用に覚えさせられた"暴漢撃退パンチ"を思い切りバンリの右頬に食らわせた。
当然、バンリは噴水の中へ勢い良く倒れ込む。
「へへっ、すごいもんでしょ。男ってね、この右頬と喉の間の顎のラインに魔力が集中する箇所があんの」
ちょいちょい、とわたしは自分のそこを軽く叩く。
わたしは女だから関係の無い話だけど。
「男はここを思いっきり突くと10秒から20秒の間、全身の魔力が止まって動けなくなるんだってさ」
その間に逃げる、それが対暴漢の最善方法なのだ。
「よし、今のうちに」
「・・・いてて」
!?
「いきなり殴るなんてひどいよ、痛いじゃないか」
わたしの中のありとあらゆる思考が停止する。
パンチと水面に叩きつけられた衝撃で乱れたバンリの衣服。
その胸元から、明らかに女性の・・・丸みを帯びたおっぱいが見えていたから。
しかも。
「・・・わたしよりちょい大きい」
彼女はわたしの視線を察したのだろう。
反射的に、両腕で抱えるように露出した胸元を隠した。
「~~~っ!」
さらに耳の先まで真っ赤にさせ、恥ずかしがっている様子を見て確信する。
こりゃ女だ、と。
「ごめんさい、ナツコさんを騙すような真似をして・・・」
「なんで男装なんかしてたの?」
それも、これから結婚の話をする相手に対して。
「・・・我がシュタイナー家は代々将軍を排出してきた武闘の家系なんだ。でも、ボクの両親はとうとう男児を生むことが出来なかった」
バンリは自分の震える両手のひらを見ながら。
「それでも、と。ボクは幼いころ、必死に親の、家の気持ちに応えようとした。毎日毎日剣を振り、弓を射た。実際、10歳くらいまでは誤魔化せていたんだ。・・・でも」
彼女の顔から光が消える。
「その頃からかな、明らかに力の差が出始めたんだ。当然だよね。ボク、女の子だもん。鎧を身にまとった屈強な大男に、勝てるわけないじゃん」
「・・・」
なんか。
「身長も止まるし、胸だって大きくなるし、声変わりもしない。決定的だったのは憲兵隊の入隊テストに落ちたこと。・・・憲兵隊にも入れない女が、将軍なんて・・・、とても」
こんな事、言いたく無いけど。
「アンタ、わたしに似てるね」
「え・・・?」
「不気味なくらいそっくりだよ。わたし、こんなに自分に似てる人間がこの世にいるなんて思わなかった」
不思議と、わたしはバンリの手に自分の手を重ねていた。
「辛い、苦しい、どうして自分だけがって毎日そんな事ばかり考えて、大切な人の期待に応えられない自分がみっともなくて、また嫌になる」
「ナツコ・・・」
「わたし達は写し鏡でも見てるくらいに同じなんだ」
だから。
貴女の辛さも苦しさも、どうにも為らないもどかしさも、分かるから。
「結婚しよう、バンリ」
さらっとこんな事が言えたのだろう。
「で、でも、ボク、女の子だよ?」
「構うもんか」
「子供、とか・・・どうするの?」
顔を真っ赤にしながら、抵抗を続けるバンリ。
かわいいなちくしょう。
「バンリ、良いこと教えてあげようか」
だったら、この至言を食らわせてやる。
「"そういえばiPS細胞というので同性の間でも子供ができるらしいです"」
「ふぇ・・・?」
ぽかんと、放心したようにこちらを見つめるその目は。
先ほどまでの暗いものではなかった。
その瞳から零れ落ちる涙を、ぺろっと舌を這わせて舐めとる。
「さっきは殴ってごめん。痛かったよね」
―――そうだ、最初から相手のこと疑って、勝手に敵作って。
「あは・・・、もう。DVは無しだよ?」
「うん、約束する」
わたしは腫れ上がったバンリの右頬を、そっと手で触れて、撫でた。
「わたしバカだね」
―――もっと簡単に物事を見れば、
「だって、こんなかわいい顔した子、女の子に決まってるじゃん」
―――ずっとずっと、楽に生きられるはずなのに。
そういえばiPS細胞というので同性の間でも子供ができるらしいです
(漫画「咲-saki-」単行本5巻より引用)




