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わたしのお姉ちゃんがこんなにかわいい!

「お姉ちゃん、朝だよ。起きなきゃ」


 いつものように「落ちたら危ないから」と言う理由で二段ベッドの下で寝ている姉に話しかける。

 お姉ちゃんは布団を頭から被って、巻き寿司の具になったかのように布団で自分の身体を巻くという癖があった。


「う~ん、あと5分~」

「それ10分前に聞いたから! ほら布団から出て!」

「いやだぁ~、寒いのやぁ~」


 ダメだ。完全に寝ぼけてるし、強硬策に出るしかない。


「もう、お姉ちゃんの・・・」


 布団の端を掴んで、それを思い切り引っ張る。


「ばかぁああ~~~!!」


 ぐるぐるぐる。

 まるで悪代官に着物の帯を引っ張られた町娘の、あの光景。

 着物の代わりに布団がお姉ちゃんから引きはがされ、掛布団の無くなったベッドにお姉ちゃんだけが取り残された。


「・・・う゛う゛、ざむい・・・」

「お姉ちゃん起き上がって。手、ほら」


 仕方がないので姉の手を取り、ゆっくりと起き上がらせ、ベッドから引きずり出すのに成功する。


「あ、(きょう)、おはよぉ」

「おはよ。とりあえず着替えよっか」

「えぇ、寒いよぉ」

「寒いのはみんな一緒。ほら、リビング行けば暖房あるから」


 はぁい、という気のない返事が聞こえてくる。


「着替えはぁ・・・?」

「机の上に置いておいたから。わたし、朝食作るけど、あと1人で出来るよね?」

「むぅりぃ、着替えさせてぇ~」

「子供か!」


 今日は一段と寒いせいか、ぐうたらっぷりがいつもの比じゃない。


「あたし子供だもーん。まだ17歳だしー」


 お姉ちゃんはふらふらとテレビのリモコンに手を伸ばし、電源を付けるとソファに・・・。


「あー、ダメダメ! 起き上がれなくなるから!」


 急いでお姉ちゃんに駆け寄ると、無理矢理腕を掴んで寝ころばせないようにした。

 朝のお姉ちゃんは1回横になると最低5分は動かなくなるんだ。それはまずい。


「ほら、パジャマ脱いで」

「杏、いい匂いするねぇ。くんかくんか」

「そんなにくっついたら着替えさせられないでしょっ」


 ボタンを1つ1つ外していく。上を脱がせて、片手に持ったYシャツをお姉ちゃんに着せようとすると。

 ふと、不意に胸元へ目がいった。


(でかい・・・)


 自分のものと比べて、少し愕然とする。なにこの姉妹格差。同じDNAが流れてるはずなのに。

 お母さんのスタイルを考えると、お母さんに似たのは明らかにお姉ちゃん。


「杏ぉ~、寒いよぉ~、着させてー」

「ああ、ごめんごめん」


 上半身下着一枚のお姉ちゃんにYシャツを着せる。

 お姉ちゃんがボタンを付けているその間にズボンを抜かせ、学校指定のスカートを履かせ、最後に黒いニーソックスを履かせる。お姉ちゃんは黒ニーソ派なのだ。


「はい、これ髪飾り」


 洗面所へ向かうお姉ちゃんにそれだけ持たせて、その背中を見送る。


(あれだけ無茶苦茶な寝相して、髪の毛ほとんど乱れてないんだもんなあ)


 腰まである、結構長い髪の毛なのに。本当にああいう髪質の人って居るんだ。

 因みにわたしは1週間に1回、運が悪い週だと3回、髪が爆発する。


 朝食を作り終わり、2人でいただきますをして食べ始める。

 トーストにジャムを塗るのはわたしの仕事。隣に座るお姉ちゃんに、出来上がったジャムトーストを渡す。


「杏の作るジャムトーストは最強だねえ。はずれが無い」

「大体誰が作っても外れないでしょ」

「いやいや、あたしが作ったらまず黒焦げになるもん」


 ・・・それもそうか。言われて納得してしまう。


「杏」

「んん?」


 急に、お姉ちゃんはわたしの方を見ると。


「ジャムついてる」


 と、そう言ってぺろっとわたしの頬についたイチゴジャムを舐める。

 ひたすら柔らかくて、少し湿った感触が頬に残り・・・。


「お、お姉ちゃん!!」


 わたしは真っ赤になって椅子から立ち上がった。


「んん、なに~?」

「う、うちでは良いけど、外に出たらこんな事しちゃダメだからね!」

「なんで?」


 何も分からない、ような顔をして小首を傾げる。


「とにかくダメなの! やったら怒るよ!」


 お姉ちゃんは世間の目、とか気ならない人だ。そんな事はもう分かってる。

 だから、だ。


「うぅ・・・はぁい」


 だから、自分が平気でも他人に迷惑がかかると分かれば、すぐに引いてくれる。

 素直なんだ。


「はい、いい子いい子」


 小さくなってしまったお姉ちゃんの頭を撫でる。


「もうっ、バカにしてえっ。あたし、お姉ちゃんだよ?」

「はいはい、お姉ちゃんお姉ちゃん」

「子供じゃないんだからねー!」


 さっきとまったく真逆の事を言うお姉ちゃん。

 微笑ましい、わたしだけのお姉ちゃん。


「いってきまーす」


 家のドアに鍵をかけ、1月の寒空の下を歩き始める。


 ―――一歩外へ出ると。


「生徒会長、おはようございます」


 わたしの高校の同級生が、お姉ちゃんに挨拶をした。


 ―――お姉ちゃんは、


「おはようございます、大村さん」


 にっこり笑顔のハッキリした口調で、生徒会長は優しく下級生に挨拶を返す。


 ―――完璧超人の生徒会長になる。


「きゃー、会長~」

「会長、今日もお綺麗ー」


 そんな声があちこちから飛んでくる。

 学校に近づき、完全に通学路へ入るといつもこんな調子だ。みんながみんな、わたしではなくお姉ちゃんを見ている。


 別にわたしが無視されてるとか、そう言うんじゃない。

 お姉ちゃんがあまりに完璧過ぎて、そっちに目が行くしかない状況を作ってしまう。


 これがわたしのお姉ちゃん。誰もが羨むパーフェクト生徒会長だ。


「おはようございます、東岡さん。昨日の生徒会引き継の件だけれど、前会長の山口先輩に了解をいただいたわ。ええ、なるべく受験後の方が都合がよろしいらしくてね」


 同級生と矢継ぎ早に会話をするお姉ちゃん。


(誰・・・?)


 そう言わざるを得ない豹変の仕方だ。この会話がどうして家の中ではできないんだろう。


 あわただしい朝を終え、授業中。

 ふと注意力が散漫になって窓際の席から校庭を見下げてしまう。


(あ、お姉ちゃん)


 持久走だろうか、2位以下を突き放してダントツ。

 ゴールしたお姉ちゃんを、見学の女の子たちが取り囲む。

 わーきゃー言う歓声が校舎にまで聞こえてきそうな勢いだった。


「すごいよねえ、会長」

「この間の全国模試、また5位だったらしいよ」


 お弁当の時間。

 友人たちがそんな会話をしているのを、わたしはいつものように気にするともしないともせず、ご飯を口に運んでいた。


「実際、どうなの杏? 何位だって?」

「はは、お姉ちゃん、家じゃそういう話あんまりしないから」


 そりゃ、あんな風にだらーっとしてるだけだし。


「仕事は家庭に持ち込まぬ!ってタイプなの?」

「なにそれカッコいい」


 確かにカッコいいね。お姉ちゃんはそういうんじゃないけど。


「良いなあ杏は。あんな人がお姉さんなんて」

「藤村先輩も良い人だと思うけど」

「ダメダメ。姉貴、家では私の相手なんてしてくんないもん」


 それって世話しなくても姉妹別々に1人で生活していけてるってこと?

 羨ましすぎる・・・。


「でもこう言っちゃなんだけど、杏ってあんまり会長に似てないよね」

「ん~、まあねえ。わたしも正反対だと思う」


 言って、苦笑を浮かべた。

 似てないと言われれば似てない。わたしはあんなにだらけた人じゃないし、1人で生活していけるし。


「1日で良いから杏と入れ替わってみたいわ~」

「やめといた方が良いと思うけど・・・」


 心の底からそう思う。





「お姉ちゃん、今晩なに食べたい?」


 学校の帰り道。いつものように近所のスーパーへ寄る。


「そうね・・・。杏の作ったものなら何でも美味しいから」

「あ、それ1番困る! 何か決めてよお姉ちゃんの優柔不断人間!」

「じゃあ、ビーフストロガノフとか」

「作れるわけないでしょ・・・。それ十何時間も煮込まなきゃいけない料理じゃない」


 まったくもう、お姉ちゃんはいい加減なんだから。

 そんな小言を言いながら、ふくれっ面をしていると。


「ふふ、杏の怒った顔、やっぱ可愛いわね」

「なっ―――」


 今、それ言う!?


 そんなこと言われたら、恥ずかしくて、顔赤くなって、話、終わっちゃうじゃん・・・。


「ごめんね。こんな事言えるの杏だけだから、つい面白くて」

「・・・ん、それは分かるけど」

「こんなお姉ちゃんだけど」


 そこでお姉ちゃんはショッピングカートを押していたわたしの手に、手を重ねる。


「お姉ちゃんにとって妹は杏だけだから」


 一拍置き。


「甘えたくなっちゃうの。・・・許してね」


 小さな声でそう呟く。

 ずるいよ、こんなの。


「うん、わかってる。お姉ちゃんにはわたしが着いてなきゃだもんね」


 笑顔で、お姉ちゃんに言葉を返す。

 とんでもなく世話が焼けて、ちょっとだけ外面が良い人だけど。

 血の繋がった家族・・・、ううん、それ以上に「お姉ちゃん」だもん。


「しょうがないから、わたしに任せて」


 お姉ちゃんに代わって、わたしが夕食のメニューを決めよう。


「ただいま」

「ただいまーー~~・・・あぁぁ~」


 お姉ちゃんは家の敷居を跨いだ途端、今までピシッと伸びていた背筋が曲がっていき、言葉にも覇気がなくなってよろよろと倒れ込むように玄関でうつ伏せになる。


「疲れたあ~。杏~、靴脱がしてぇ~」

「わたし、夕食作らなきゃならないんだけど?」

「そんなの後でいいからぁ、靴脱がしてぇ~」


 言いながら、バタバタと手足を暴れさせる。

 ああ、始まってしまった。これが始まるともうお姉ちゃんは1人じゃ起き上がる事も出来ない。


「はいはい、靴脱がすから足、動かさないで」


 そうやってお姉ちゃんの身体を起こして、ぎゅっと抱きしめるように支えていると。


「ただいまのチュー」


 顔が至近距離だったのを良いことに、ほっぺに唇を這うお姉ちゃん。


「もうっ」


 きちんとお姉ちゃんに向き直り、顔を真正面から見つめながら。


「それは後で、ね」


 と、少し声を潜めてくすぐるように言う。


「うん・・・」


 お姉ちゃんはこういう時だけ、しおらしくなる。

 まったく、自分勝手なお姉ちゃん。こんな人、危なっかしくて絶対に1人にしておけない。

 わたしがずっと一緒に居てあげるんだから、平気だと思うけど。

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