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ユリコイ

「また明日なー」


 ぶんぶんと手を振って、友達を見送る。


「ばいばい」


 そのわたしの横で、おとなしく手を振っている女の子、美晴。

 わたしの一番の親友で、家も隣同士。

 だから、この子と別れるのは毎日玄関の前だった。


「これで期末も終わったし、あとは夏休みが来るのを待つだけだなー」


 能天気にそんな事を言うと。


「でも期末の結果返ってくるし、それに終業式には通知表が」


 美晴がグサリと、1番思い出したくないことを言ってくるもんだから。


「え?」


 彼女の両ほっぺをぐにゃりと掴むみ。


「そんなテンション下がること言うのはこの口かー!」

「わぁ~、ひょへんなふぁい~」


 こねくり回すように引っ張った。


 こんな事を遠慮なしにできるのは美晴だけだ。

 他にも友達は何人も居るけど、やっぱり親友と呼べるのは美晴1人。


 一見おとなしそうに見えるけど、案外わたし達じゃ思いつかないような事を言っちゃうような子で、面白いヤツなんだ。だから美晴の周りには、いつもわたし含めて色々な人間が集まってくる。

 中には美晴にちょっかい出してくるような奴も居るけど、そういう連中から美晴を守るのがわたしの役目でもあった。


「ねえ燐ちゃん」


 ほっぺから手を放して数秒後、美晴は何やら表情を曇らせてわたしの名前を呼ぶ。


「あたし達、親友だよね?」

「な、なんだよいきなり。そんなの、そうに決まってんじゃん」


 いまさら確認するまでもない事実。


 だけど、何か分かる。

 美晴のこの様子は、いつもと少し違うというくらいのことは。


「こんな事、燐ちゃんにしか頼めないんだけど」


 美晴は俯く。

 ・・・じれったい。


「もうっ。わたしに出来ることなら何でも言えよ。今までずっとそうやってきたじゃん」


 かれこれ10年以上の付き合いだ。遠慮とか、そういう水臭い真似はして欲しくない。


 わたしが入念に説得すると、美晴はようやく口を開いた。

 おかしいな。

 いつもはこんなに頑なな態度をとるようなヤツじゃないのに。そんなに難しい事なんだろうか。


「あ、あのね」


 美晴は意を決したように目を瞑ると。


「あたしの恋人のフリをして欲しいの!」





 美晴の親御さんが経営する会社の雲行きが怪しい。そこで、親会社の社長が自分の息子と美晴を結婚させるなら経営をどうにかしてやる、と言ってきたらしい。


(今時、ドラマでもこんなベタな展開無いぞ・・・)


 帰宅後、わたしはベッドで仰向けになりながら先ほどのやり取りを思い出していた。


「い、いや、なんでわたしなんだよ」

「言ったでしょ、こんな事燐ちゃんにしか頼めないのっ・・・」

「でもさ」


 わたし、女の子ですよ?

 いろいろ、ヤバいんじゃないかと言う気持ちがまず第一に押し寄せてきた。

 美晴の親御さんはすごく良い夫婦だ。それこそ何度も何度もお世話になった。

 わたしがそんな事をしたら会社の経営はどうなるんだ、とか。それに今まで「友達」としか認識して居なかった隣の家に住む女の子が、急に自分の娘の恋人だと言い始めたら、親御さんはどう思うだろう。


 とりあえずその頼みを引き受けるかどうか、わたしは保留した。


 だけど、時間が無い。

 明後日の日曜日にその相手先の男とのお見合いがあるらしい。


「どうすりゃいいんだよ・・・」


 いろんな気持ちが一気に押し寄せてきて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 どうすんだよ。わたしの行動次第で会社が潰れるかもしんないんだぞ。

 わたしはただの女子高生で、うちはただの中流家庭だからお金の面倒なんて見られるはずもないし。


 だけど、だけど。

 1つだけしっかりとした感情はある。


 それは。


(美晴を誰かにとられたくない)


 その気持ちが何よりも強い。

 美晴が誰かに奪われる、誰かのものになってしまう。そんなの、耐えられない。

 絶対に嫌だ。

 だけど、これはわたしの我が侭じゃないか。会社1つ潰してまで、押し通すべき気持ちなのか。

 従業員の人達を路頭に迷わせて、それで美晴の隣に立つことが。そんな事が、許されるのか。


 小難しいことをくよくよと考えていたからだろうか。

 だんだんと瞼が重くなっていき、知らないうちに意識が遠のいていっていた。





「またおまえらか! 今度は許さないぞ、ぶんなぐってやる!」


 わたしはそう言ってみいを囲む一団に向かって猛ダッシュする。


「げっ、おい燐が来たぞ!」

「男女が来た~」

「逃げろ~」


 彼らはけらけらと笑いながらみいから離れて行った。

 一番後ろを走って行った奴に、落ちていたドッジボールを思い切りぶつけてやった後、みいに駆け寄る。


「み、みい。大丈夫か? ケガとかしてない? 立てる?」

「りんちゃん・・・」


 涙目になっているみいの手を取って、ゆっくりと立ち上がらせる。

 すると、みいはわたしに抱き付いて泣いてしまった。


 ―――ああ、これ、夢だ。

 確か小学校1年生になりたての頃だっけ。


「あいつら、明日学校行ったら覚えてろっ」


 わたしがそうやって息巻くと。


「やめて、りんちゃん。あたしは大丈夫だから」

「あんな奴ら、3人がかりで来てもわたしは負けない!」

「そうじゃないの。あたしのせいでりんちゃんに迷惑かけたくなくて」


 まだしゃくりを上げているみいは本気でわたしを制止した。


「なんでだよ。悔しくないのかよ!」

「そんな事したら、りんちゃんが先生に怒られちゃう。そんなのやだっ」


 強引に言うみいに対して。


「それでもっ!」


 わたしは。


「それでもわたしはみいを悲しませるような奴らは絶対に許さない!それが神様でも、わたしはみいの方が大切なんだ」


 力強く言う。


「世界中が敵にまわっても、わたしはみいの味方だもん。何があっても、ぜったい!」


 バカみたいだ。

 神様とか世界中が敵とか、考えが幼稚すぎる。


 ―――でも、今、この夢を見たのはきっと偶然なんかじゃない。

 ―――思い出せって言っているんだ。わたしの生きる意味、しなきゃならないことを。


 目を覚ますと、もう深夜の2時だった。


 だけど、ちゃんと話がしたい。

 わたしは携帯を手に取り、美晴に電話をかけた。


(美晴はまだ寝てない。だって)


 そう思いながら窓の外にちらっと視線を移す。


(美晴の部屋の電気、まだ付いてる)


 カーテンがかかっていて中の様子までは見られないが、それくらいの事は確認できる。

 数秒後、そのカーテンが開けられた。

 美晴は笑顔を見せて、嬉しそうに手を振る。


(そうだ。この笑顔を守るために、わたしは生きてるんだ)


 わたしがすぐに窓を開けると、美晴も同時に窓を開けた。

 足場・・・屋根に十分注意しながら、窓から美晴の部屋へと乗り込む。


「久々だったから緊張した」


 美晴の部屋に入って、笑いながら言った。


「燐ちゃん・・・」


 彼女はわたしの目、そこだけを見つめている。

 美晴も成長してるんだ。昔、わたしにすがることしかできなかった弱虫とは違う。


 だけど。


「美晴。恋人のフリ、わたしやるよ。美晴を守ること、美晴の1番近くに居ること。美晴の1番大切な人であること。それがわたしの願い。夢。すべて。だから、たとえたくさんの人たちに恨まれることになったとしても、わたしは自分の意思を貫き通したい」


 ありのままを、全て、さらけ出した。


「本当?」


 美晴は恐る恐る、聞き返してくる。


「本当」

「本当に本当?」

「ぜったい!」


 もうわたしの考えは変わらない。

 何があっても、だ。


「燐ちゃんは、あたしの事・・・"好き"なの?」


 きっとその言葉は、美晴にとってとんでもなく重いものだっただろう。

 そして、これは最終確認だ。

 わたしが本気かどうかの。


「・・・好き。大好き。何よりも、美晴が大切なんだ。結婚できるなら、わたしが結婚したい」


 誰にも渡さない。この子だけは。


「じゃ、じゃあさっ」


 美晴は潤んだ瞳でわたしを見つめると。


「キス、できる・・・?」


 そんな、あまりにも無粋な事を言うもんだから。


 次の瞬間には、生まれて初めて、自分の唇を他人の唇に重ねた。

 他でもない、美晴の唇に。


「これで、信じてくれた?」


 さすがに恥ずかしい。


 だけど、互いに目線を逸らすことはなかった。

 わたしは本気だ。本気じゃなきゃ、こんな事できない。


「うんっ」


 そしてそれに、美晴は嬉しそうに頷いてくれた。


「あたしも燐ちゃんが大好き。結婚したいくらいって言うのも一緒」


 美晴はそう言って胸に手を当てると。


「・・・でも、ごめんね」


 その言葉を聞いて、頭が真っ白になる。


 終わった。


 本当に、何も考えられなくなった。


「会社が傾いてるとかお見合いとか、全部嘘なのっ!」


 !?


「えっ・・・?」


 それって、どういう・・・。


「あたし、燐ちゃんに好き、付き合ってって言う勇気が無くて、それで、あんな嘘を・・・。ごめん燐ちゃん。あたし、燐ちゃんに嘘ついちゃった。最低だよ。でも」


 美晴は自分の両手を見つめ、妙に饒舌に話していたが。


「これで正式な恋人だよね!?」


 そこでパッと顔を上げる。


「う、うん。そうだけど・・・」


 なんか、釈然としない。


「こうやって窓で互いの部屋に行けるなんて、もう同棲と同じだよね! ゆくゆくはその、大人の」


 興奮している美晴の両ほっぺを、わたしは思い切り引っ張った。

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