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ダブルエー 【破】

 思い切り腕を降ってボールを放つ。

 自慢の直球に相手バッターは完全に振り遅れ、三振で3アウト、チェンジ。


「ひゃー、すごいねあの1年」

「U-12の日本代表でエースだった子でしょ?」


 まわりからの雑音をスルーする術は世界大会で身に着いたものの1つだ。

 海外でのブーイングやヤジは割とえげつない。そういうものを無視していたら、自然と出来るようになっていた。


「麻衣、ナイスピッチ」

「うん。れんちゃんが相手だから安心して投げられるよ」


 キャッチャーマスクを外しながら、れんちゃんのグラブとわたしのグラブをこつん、と合わせる。

 今日は春の新人大会。わたしもれんちゃんも1年生だけど、この試合のスタメンを任されていた。


「次の回からはカーブも使っていこう。相手もそろそろストレートを見慣れてきただろうし」


 れんちゃんは投手をたてるタイプのキャッチャーだ。わたしの事を優しくリードしてくれる。

 だから、安心して投球に専念することができた。


 そして。


「タイムリーツーベース!」

「あの1年、また打ったよ!」


 2塁で大きくガッツポーズをするれんちゃん。


 れんちゃんはようやく、本来の力を発揮し始めていた。

 わたしが小学校最後の試合でれんちゃんに怒って以来、彼女は目の色を変えて野球に取り組むようになったと言う。

 事実、わたしもれんちゃんも地元の中学ではなく硬式野球部のある私立中学へ進学した。

 全寮制で、ひたすら野球に専念できる環境。れんちゃんはご両親の反対を押し切り多額の奨学金を借りたらしい。


 わたしとれんちゃんは寮の2人部屋で同室になった。文字通り朝起きてから夜寝るまで、ずっとれんちゃんと一緒。


「麻衣ってさぁ、身体の線細いよねえ」


 れんちゃんがそう切り出したのは、部屋の個室風呂に2人で入っていた時のことだった。


「え、そ、そうかな・・・」

「それであのストレート投げられるってすごいよ。全身がバネでできてるみたい」

「投手としてもう少し、体重上げた方が良いのかな」

「や、そんな事はまだ考えなくて大丈夫だよ。変に太って今の投球スタイルが崩れたら元も子もないし」


 無邪気に笑うれんちゃんを見て、羨ましいと思う。

 いつもお風呂に2人で入ってるけど、正直目のやり場に困る。

 れんちゃん、身体つきがどんどん女っぽくなってるっていうか。胸も日に日に大きくなっていって、お尻とか、全身が丸みを帯びてきている。


 自分の身体を見ているだけじゃ気づかない、女の子が女性になっていくのをまじまじと見ているようで、恥ずかしくなる。

 見ている相手が恋心を抱いている相手なら尚更だ。

 中学生には、刺激が強すぎる。


「んっ、んぁ・・・はうぅっ・・・」

「麻衣、わざとエロい声出してない?」

「ち、ちがっ・・・ぅんん!」


 お風呂から出ると、れんちゃんは毎日わたしにマッサージをしてくれていた。

 誰に言われたわけでもないらしいけれど、先輩辺りに吹き込まれたんじゃないかって思ってる。


 投手は重労働だ。肩、肘、腰、脚、どこかに異常が出たら他の箇所も悪くなって、選手生命を絶たれる可能性が出てくる。

 それを防ぐため、毎日お風呂上りに上半身裸のままうつ伏せになって、れんちゃんはわたしの上に馬乗りになり、マッサージをしてくれるんだけど。


 分かってる。これは変な意味じゃなくて、ちゃんとしたマッサージ。アスリートとして必要な事。

 わたしだって相手がトレーナーやコーチの人、両親だったなら何とも思わない。


 でも、繰り返すようだけどそれをしてくれるのが自分が誰よりも好きな子だったなら。

 感じないわけがない。・・・絶対に口には出さないけれど。


「あ、ありがとれんちゃん・・・。ごめんね、毎日毎日」

「いいって事よ。あたしに出来ることならなんでもやるから」


 そんな事を言いながら笑うれんちゃん。


「いつでも頼ってくれていいんだよ。どんな時でも、あたしは麻衣の味方だから」


 心の中の黒い声が言う。

 "たとえ無自覚だとしても"、れんちゃんのこの対応はもはや重罪だと。





「武蔵女子、10年ぶりの全国制覇! 1年生エース逢沢、準決勝に続き完封でV」

「武蔵連覇成る。エース逢沢を支えた4番秋山が試合を決めた!」


 連覇で迎えた中学最後の全国大会決勝戦。

 1点リードで最終回、フォアボールで出したランナーが3塁に。ヒット1本で同点に追いつかれる。


「相手は関西最強のバッター麻野。1塁も空いてるし、無理して勝負する場面じゃないね」


 マウンドに駆け寄ってきたれんちゃんはそう言って、わたしにボールを手渡す。

 目を見ると、れんちゃんはまっすぐにこちらを見ながら。


「勿論、勝負だよね」


 と言って、わたしの胸をぽん、とグラブで押した。


「あたしと麻衣の2人で、出来ない事なんて何もない。麻野を抑えて試合を終わらせよう!」

「れんちゃんが敬遠しようって言ったら、どうしようかと思ったよ」

「あたしも。お互い考えることは一緒だね」


 れんちゃんはウィンクし、笑って見せるとホームへ戻っていく。


(わたしとれんちゃん、2人ならなんだって出来る。れんちゃんはわたしの半分・・・)


 嬉しいことも悲しいことも、楽しいことも辛いことも、全部はんぶんこにして3年間戦ってきた。

 そんなわたし達2人だから。


 勝負を避けるなんて選択肢は、最初からなかったんだ。


 ―――夏の全国大会3連覇。

 輝かしい金字塔を立ち上げて、わたし達の中学野球は終わりを告げた。





「進路調査って言われても」

「この学校エスカレーター式だから受験する必要もないんだよねー」


 夏休み最後の日、わたし達は最後の宿題である進路調査書に、『附属校への進学』と適当に書くと、学校の購買で買ってきたアイスを一緒に食べていた。


「あ、いちご味良いな、一口ちょうだい」

「はい、あーん」

「あ~~ん」


 スプーンをれんちゃんに向けると、ぱくっとそれを頬張って美味しそうに顔を緩ませた。


「なんか、麻衣の味がする」


 その言葉を聞いて、思わず吹き出しそうになる。


「へ、変な事言わないでよ!」


 心臓がドキドキと鼓動を打って仕方ない。

 試合中でもこんなにドキドキする事なんて無いのに。


「ねえ、麻衣」

「もうあげないから!」

「そうじゃなくてさ。あたし達、ずっと一緒に居ようね」


 れんちゃんは何でもないようにその言葉を使う。


「高校行っても、その先どうなっても、あたし達ずっと一緒だよ」

「・・・」


 どうしよう。この言葉に、軽くうなずいていいものだろうか。


 きっとれんちゃんはただの日常会話程度にしか思ってない。

 でも、わたしは。わたしは違う。

 このままでなんて居たくない。わたしは、れんちゃんに好きって言って、キスとかしたい。


 そんな事を願ってしまうのは、やっぱり独りよがりだろうか。


「麻衣。おーい、麻衣ー?」

「・・・あっ、え、えと。なんだっけ?」


 わざと分からないような反応をする。


「べーつにー、明日から学校めんどいねって話ー」


 そしてこの話題はうやむやになる。わたしがそういうような対応をしたからだ。

 れんちゃんは今のままでずっと居たいって思ってる。友達として、チームメイトとして、あるいは相棒として。


 でも、わたしは。わたしはそれじゃあ、満足できない。

 わたしの想う未来の姿と、れんちゃんの望む未来の姿は、明らかに形が違う。


 このまま、このままこんな、なあなあの関係が続いたら、いつか。

 いつかわたしは、自分の気持ちで何か大切なものを壊してしまいそうだ。


 ・・・その日の夜。

 れんちゃんが寝静まった後、わたしは自分の鞄から進路調査書を取り出し、机に向かった。





「えっ・・・」


 れんちゃんは大層驚いた顔をした。


「どういうこと? 長谷田に進学するって・・・」

「監督や先生と相談して決めたの。わたしはプロになりたい。長谷田の高校見学行って、それにはここが最高の環境だって、思って」

「・・・なに、言ってるの?」


 れんちゃんは珍しくうつむくと、すぐに顔を上げる。


「麻衣ならどこの高校へ行ってもプロになれるよ。だって、麻衣みたいな逸材をプロが放っておくわけがない!」

「それじゃあ嫌なの」

「どういうこと?」

「わたしは・・・」


 目を瞑る。そして一つ、呼吸をすると。


「いつまでもれんちゃんに甘えてたら、ダメになる」

「・・・!」

「そう、思ったの」


 空気が張り裂けるような沈黙が流れる。


「れんちゃんは最高のバッターで、最高のキャッチャーだよ。友達としても・・・。でも、れんちゃんはわたしじゃない。わたしの所有物でもない。いつか、れんちゃんと離れるときがくる。だから、だから」


 声が震える。泣くのを必死に我慢していたけれど、もうこれ以上は無理だ。


「高校進学は、良い機会だと・・・おもっで・・・っ」


 嘘だよ。こんなの嘘だ。

 れんちゃんと離れたいわけがない。ずっと一緒に居たいよ。


 でも、わたしはもうこれ以上耐えられない。れんちゃんへの思いは一緒に居る時間が長くなれば長くなるだけ強くなっていく一方。

 今のままだと、わたしは本当に間違いを起こしてしまうかもしれない。


 だから、わたしはれんちゃんから離れる。

 それがれんちゃんにとって、1番良いことなんだ。


「麻衣は、それでいいの?」

「いいっ・・・いいよぉ・・・一生懸命考えで・・・ぎめだことだから・・・」


 2人だけの部屋でわたしは子供みたいに嗚咽を漏らして大泣きした。


 ねえ、れんちゃん。止めてよ。わたしを止めて。

 れんちゃんにはわたしが必要だって、それだけ聞けたら、わたしは・・・!


「わかった。麻衣が自分で考えて決めた事だもん。あたしも、麻衣の意見を応援するよ」


 身体に悪寒が走る。全身から生気が抜けていくようだった。

 れんちゃんは少しだけ目を伏せて、確かにそう言ったのだ。


 結局、こうなる運命だったんだ。

 わたしは"まいひめ"。

 それが、他の国のお姫様と恋愛をしようなんて、最初から無理な話で・・・。


 そう考えると、いろんなことに諦めがついた。


 退寮の日。

 見送りに来た子の中に、れんちゃんは居なかった。

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