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二人のサンタクロース

 隣の部屋から妙な音がする。

 そう気づいたのはなかなか寝付けず、布団の中で悶々としていた時だった。


(智樹? 正輝・・・?)


 小学生がこんな真夜中に何やってるの。ここは姉らしく叱る事にしよう。

 子供部屋の前に立つと、案の定中から音が聞こえる。

 ふと、ドアノブに伸ばした手が止まった。


(この声は、ラッキー?)


 家で飼っているわんこ。もうおじいちゃん犬で、深夜に騒ぐなんて事はしないはずなんだけど。

 大方、弟たちが尻尾でも踏んだのだろう。


(よし)


 わたしは顔を振って気合を入れる。


「ちょっとアンタ達、何時だと思ってるの! お姉ちゃん怒・・・」


 バン、とドアを開けて部屋の中を見ると。


「おいバカ放せこの犬公っ! 服、服が伸びるっ・・・!」


 サンタのコスプレした女の子が、犬に噛まれてもんどりうっていた。


「この、いい加減にっ」

「ふ、不審者・・・」


 あまりに予想外な光景に、口から上手く声が出てこない。


「げっ!?」


 コスプレの女の子の視線がこちらへ移る。


「きゃ・・・」


 大声で叫ぼうとした瞬間、彼女はこちらに突進してきて、わたしは無理矢理押し倒された。

 気づくと上には馬乗りになったサンタコスプレイヤー。

 そしてわたしの口は彼女の両手で塞がれていた。


「んぐんぐ・・・」


 必死に叫ぼうとするけれど、体勢が不利過ぎる。

 どうすることもできないまま、じたばたと暴れるように身体を動かした。


(しーっ! 静かにしろって! アンタんとこのガキが起きちまうだろ!)


 女の子が耳元の近くで声を殺して言う。

 わたしが抵抗をやめると、案外簡単に彼女はわたしを解放してくれた。


「けほっ、けほっ・・・。あなた、何なんですか?」

「見て分かんないかい?」


 彼女は自分の服装を強調すると。


「どっからどう見てもサンタクロースに決まってんだろ!」


 自分に親指を向けながら自信満々に叫んだ。


 その瞬間、弟たちのベッドから寝返りを打つ声が聞こえる。

 サンタコスの女の子はびくんと身体を震わせ。


(静かにしろっつっただろ!)

(あなたが大声出したんでしょ!?)


 自称サンタはわたしに覆いかぶさって、しーっと人差し指を立てる。


(どこからどう見てもただの不審者じゃない!)

(はあ? どこが不審者だよ、おたくサンタ知らねーの?)

(わたしの知ってるサンタさんは白髭のおじいちゃんだもん!)

(全員が全員ジジイとは限らねーだろ!)


 夜中、弟たちの子供部屋でコスプレイヤーの女の子に押し倒されながら口論する事になるなんて・・・。

 頭に血が上っているせいか、これがどれほど異質なことなのか、わたしは気づいていなかった。


(あなたねえ、これは立派な住居不法侵入ですよ!)

(ああ!? テメェんちのガキにプレゼントあげに来てやったのに、人をなんだと思ってんだ!)

(弟たちはまだ小学生なんですよ! サンタコスの女の人なんて目に毒です!)

(こんのババア、あたしを痴女呼ばわりとは良い度胸じゃねぇか!)

(バ、ババア!?)


 わたし、まだ16歳の高校生。


(ここでこうしてても仕方ねぇ。あたしがサンタだって言う証拠を見せてやんよ。表へ出な)


 ようやくわたしに覆いかぶさっていた身体を起こす。

 本当なら今すぐにでも逃げてお父さんとお母さんを起こすべきなんだろうけど、このコスプレイヤーがそこまで言うならサンタだっていう証拠を見せてもらおうじゃない。

 そう思い、一緒にベランダへと出た。


「少子化少子化って言うけどさ、この街にどんだけのガキが居ると思う?」


 サンタコスの女の子は外へ出ると、信じられないことに煙草を取り出し、マッチで火をつけ、一服し始めた。


「サンタさんが煙草を吸うの?」

「あたしゃ成人してんだ。吸っちゃいけねぇ道理はねえだろ」


 成人って。20歳以上ってことだよね。


「わたしより年上!?」

「まあそうなるわな」

「さっきわたしの事ババアって!」

「小学校卒業したら大人(ババア)だろ」


 彼女は白く濁った息を吐きながら言う。


「サンタさんがプレゼントをあげるのは子供だけ、ジジイババアにはやらねぇってコトさ。仕事上そう呼ぶことが多くてね。アンタの気に障ったなら謝るよ」

「・・・中学生になってもサンタクロースを信じてる子は居ると思うけど」

「信じる信じないは個人の自由だ。ただ、あたし達がプレゼントを配るのは小学生まで。どこかで期限を設けねえと、それこそ成人したのにプレゼントくれっつーバカには付き合ってらんねーだろ」


 わたしは呆気にとられて、しばらく黙ってしまった。


「・・・なんか、不審者とか言ってごめんなさい」

「んあ?」


 彼女は煙草を片手に、こちらを振り向く。


「ちゃんと話をしたら、意外としっかりした人で驚いちゃった」

「なんだよ。アンタはサンタさんを信じてないのかい?」

「わたし高校生だよ。さすがにもう、信じてなかった」


 サンタコスの女の子の目を、きちんと見て。


「でも、あなたのおかげでもう1回信じてみようって、思えた。プレゼントありがとう。弟たちもきっと喜ぶと思うわ」


 感謝の言葉を口にする。


「なんか、改まってありがとうって言われると、照れるな・・・」


 サンタさんはベランダの外の雪景色を見つめながら、赤くなった頬をかく。


「仕事柄、あんま直接お礼言われることねぇから・・・」

「子どもたちはみんな、ありがとうって思ってるよ」


 不意に、彼女に肩を寄せる。


「こんな寒い中、こんな夜中に。大変だよね」


 その時。


「げっ」


 わたしの持っていたスマホの時間を見て、サンタさんは顔の色を真っ青にさせる。


「2時から4時までの仕事が、まだ残ってんの忘れてた・・・」

「え、ええ!?」


 今、もう3時半なんですけど。


「やべぇ、ノルマ達成できなかったら・・・最悪、資格はく奪されるかもっ・・・」

「ど、どうするの!?」

「な、なあ。無理は承知でお願いがあるっ!」


 嫌な、ものすごく嫌な予感がする。


「手伝ってくれ・・・!」


 彼女はパンっ、と両手を合わせて頭を下げた。


「い、イヤ!」

「頼む! 報酬は弾むから、 このとーり!!」

「ムリムリ、絶対無理!」


 何をやらされるかは知らないけど、サンタさんなんて出来っこない!


「人助けと思って、な、良いだろ!?」

「は、放してぇ・・・」


 必死に逃げようとするけれど、このサンタさん、細身のくせに力が強い。


「た、頼む! 無事全部終わったら何でも言うこと聞くから!」


 瞳を潤ませながら懇願するこの子を見てたら、さすがに良心が痛む。

 ・・・状況が状況だ。


「わ、分かった。分かりました! 手伝います」

「ホントか!?」

「お礼、お願いしますね」

「も、もちろん!」


 そして彼女は満面の笑みを浮かべながら。


「じゃあまず、この服に着替えて!」


 わたしの目の前に、サンタクロースのコスプレ衣装を差し出した。


「うう・・・。恥ずかしい・・・」


 部屋着を脱ぎ、真っ赤なサンタ衣装に袖を通す。


「アンタ、いい尻してんなあ。あと意外とパンツが大人っぽい・・・」

「いい加減にしないとホントに怒るよ!?」


 とりあえずパンツを凝視するサンタを一発ぶん殴っておいた。


「いてて・・・。なかなか似合ってんじゃん」

「良いから! 早く終わらせなきゃならないんでしょ!?」


 コスプレみたいな恰好を見られるのが恥ずかしくて、思わず顔を背けてしまう。


「よし、じゃあいくか。ステルスモード、解除!」


 女の子がそう言うと、今まで夜景が見えていたはずのベランダに、大きな影が現れた。

 そこにあったのは宅配業者が使っているような小型トラック。何のことはない、それが宙に浮かんでいることだけが不思議なだけで。


「あの、トナカイのソリとかじゃ・・・?」

「ははは! 面白い事言うねえ嬢ちゃん! それタクシー見て『駕篭じゃないの?』って言ってんのと同じだよ」


 そう、なのかなあ。そんな疑問が浮かんできたけれど。


「大体、ソリなんか乗ってたら寒くて仕方ねーだろ。風当たるし」


 その意見を聞いて、なんか妙に納得してしまった。

 確かに、寒いのは嫌だ。

 サンタさんは運転席に、わたしは助手席に座る。


「運転と窓の鍵の解除はあたしがやる。アンタの役割は荷卸しだ」

「う、うん」


 シートベルトを締めると、彼女はアクセルを思い切り踏み込んだ。

 ものすごいスピードで景色が後ろに流れていく。


「ちょ、ちょっと! 飛ばし過ぎじゃない!?」


 怖いなんてものじゃない。空を飛んでるだけで足がすくむのに。


「空にはスピード違反が無いんでねぇ! ははは、気持ちいい~!」


 ダメだこの人。会話ができない。


 そしてあまりにも急な急ブレーキでわたしはフロントガラスに鼻をぶつけてしまう。


「あはは! アンタ、鼻真っ赤だぜ。トナカイかよ」


 けらけらと笑うサンタ。

 ・・・後で覚えてなさいよ。

 わたしは込みあがっている黒いものを抑えて、外に出る。


「おい、サンタさん」


 その時。


「絶対に見つかるなよ。あたし達は子供の夢なんだぜ」


 そう言って笑った彼女の顔は。

 紛れもない。子供に夢を配る、希望に溢れた笑顔だった。





 3時59分。


「あー、終わった~」


 人気のない路肩にトラックを停め、サンタさんは腕を伸ばす。


「ありがとな。アンタが居なかったら無理だったよ」

「・・・」


 わたしはそんな彼女を見つめて、ひとつ思うところがあった。


「なんだよ、黙りこくって」

「・・・ねえ」


 彼女の目を見つめて。


「サンタコスって、ちゃんと見ると、意外とかわいいね」

「おっ、アンタ分かるね。そうなんだよ。これかわいいんだよな」


 サンタさんがそう言い終わるか終わらないかの時。

 わたしは彼女を強く抱き寄せていた。


「なっ・・・」

「さっきの約束覚えてるよね? 何でも言うこと聞くって」

「そ、そりゃあ、まあ」

「じゃあ、これから結構なコトするけど、抵抗しちゃダメだよ・・・?」


 大きく膨れている彼女の胸に手を這わせながら、ささやく。


「ひゃあ・・・んんっ」

「サンタさん、こういう事され慣れてないよね? 成人(おとな)なのに」


 顔を真っ赤にさせて黙ってしまうサンタさんがかわいくて。

 わたしはそのまま、手を止めることが出来なくなってしまった。

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