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1日遅れの12月23日

 まるで物語から切り取ってきたかのような美人だった。

 長い金髪はサラサラで、澄んだ青い瞳は宝石のよう。

 その見た目から彼女にはいつも注目が集まる。いわゆる"ただの超人気者"の出来上がり。


 ―――かわいすぎる


 わたしは一目で見惚れてしまった。

 同じ学年、同じクラスだ。近づこうと思えば近づくことは出来たのに。


(・・・もう12月、か)


 この高校に入学して8ヶ月が経とうとしていた。


「あ、雪・・・」


 ふと窓の外を見ると、真っ白な曇天から粉雪が舞い始めていたであろうことが分かった。

 校舎から見えるクリスマスツリーに白い斑点が出来ていたのだ。

 クリスマスツリー。

 わたし達生徒は校舎前にある樅ノ木をそう呼んでいる。あの木がそう呼ばれているのには、とある理由があるのだけれど。


 最近、寒くなってきてからは図書室も人で賑わうようになっていた。4月から放課後になるとここへ来る癖がついていたわたしには関係のないこと・・・。寒いに加えて雪まで降っているこの日、図書室に人が集まっても特段気にしていなかった。


(・・・リースさんっ!?)


 だから、学園のマドンナがこの図書室に来るなんて思いもしなくて。

 わたしはしばらくぶりに、本の内容が頭に入らなくなるまでに緊張していた。


(お、落ち着け、落ち着け。別に焦ることなんてないじゃない)


 ただ、生徒が図書室を利用しに来たというだけ。

 問題は、わたしが図書委員で、図書室のカウンターの中に居て、今、この図書室には図書委員がわたししか居ないと言うことだけだ。


 でも、それでも。


(あ。あの本。リースさん、坂本龍馬の伝記に興味あるんだ・・・)


 彼女の、リースさんの。


(髪をかき上げてる姿、かわいい)


 一挙手一投足に。


(あれは母国(イギリス)が舞台のファンタジー小説・・・)


 目が持っていかれてしまって仕方がなかった。

 内容が一切入ってこないのに本を読むふりをして、ページをめくるたびにリースさんを見てしまう。


 どうしよう、見てるのがバレたら。

 でも見てるのわたしだけじゃないだろうし。仮に見てるからなんだっていうの。


 そんな堂々巡りをしていたら、下校時間のアナウンスが流れ始めた。


(ああ、終わっちゃった)


 もっと彼女を見ていたかった。こんなに時間の経過が早く感じたのは本当にいつぶりだろう。

 生徒たちがあわただしく図書室から出ていく。

 わたしがリースさんを目で追いながら、図書室の点検をするためにカウンターから立ち上がろうとした、その時。


(え、ウソ・・・!?)


 リースさんがこちらに歩いてきている。


 ち、違う違う!

 あれはたまたまこっちに向かって歩いているだけであって! 別にわたしがどうとか関係・・・


「イツキさん、この本を借りたいのデスが」


 その瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。


「あ、えと。図書カード、ありますか?」


 それに反して自分の行動があまりに冷静だったことに、自分で驚く。

 わたしは他の生徒全員にするべきマニュアル対応でリースさんに接していた。声が上ずることも、震えることもなく、自然に。


「トショカード・・・?」


 彼女は小首を傾げる。ああ、かわいいなあもう。


「生徒手帳に挟まってませんか? そこに日付とスタンプを押して本を借りた印を残すんです」

「ナルホド。少し待っててくだサーイ、確か生徒手帳は・・・」


 リースさんは胸ポケットから生徒手帳を取り出す。生徒手帳になりたい。


「あ、これですね・・・。少し待っててください」


 わたしは引き出しから一度仕舞ったペンとスタンプを取り出す。

 そして、そこで気づく。

 図書室に、今、2人しか居ないことに。


(ま、まさか・・・!?)


 急に緊張してきた。だって、今なら。


(今なら、なんでもし放題じゃないですかー!?)


 頭に何かが上がっていくのを感じた。

 わたしが夢にまで見た2人きりのシチュエーション。こんなチャンス、二度と来ない。


「明日、学校休みデスネー」

「そ、そうですね・・・」

「ワタシ、日本のクリスマス休暇は23日ダッテ、知りマセンでシタ」

「そ、そうですね・・・」


 『12/22』という日付を書き、朱肉に強く押したスタンプを、押す。


「日本のクリスマスはイギリスとはちょっと違いますケド楽しいデスネ。日本のハロウィーンも、イギリスとは少し違って楽しかったデス」

「そ、そうですね・・・」


 わたしは図書カードをリースさんに手渡す。

 手渡そうとしたんだけれど。


「イツキさん・・・?」


 カードを、手放せない。

 これを手放してしまったら、終わってしまう。2人だけの時間が、空間が。

 彼女はどこかへ行ってしまって、もう二度と触れられない。そんな気がする。


「わ、わたし! あなたの事が好きです!!」


 何をどうしてこうなったのかは分からない。


「リースさん、わたしと付き合ってください!」


 気づいたら、そんなことを口走っていた。


「す、好き? ワタシを?」

「ラブです! 愛してます!」

「ま、待ってくだサイ。あの、えと・・・」

「一緒にクリスマスを過ごしましょう!!」


 何も考えない。何かを考えたらわたしはそこで止まってしまう。

 ここまで来たら後戻りなんてできないんだ。どうせ倒れるなら、前のめりに倒れたい。


「は、ハイ・・・。嬉しいデス」


 えっ―――

 自分で言っておいて何を言っているんだと思うけれど、最初に感じたのは戸惑いだった。


「じゃ、じゃあ!」

「お付き合い、しマショウ」

「本当ですか!?」


 リースさんの手を握って、ぶんぶんと上下に振る。


「こんな情熱的なコクハクは初めて、デス・・・。イツキさん、ゴーイン・・・」

「わ、わたしの事はあやせと呼んでください!」

「ハイ、アヤセ・・・。フツツカモノですが、ヨロシクオネガイシマス」


 彼女のカタコトが全開になっているのを初めて見た。かわいい、かわいすぎる。抱きしめたい。


「わたしの方こそ!」


 でも、もうこの子はわたしのものだ。わたしのリースさんなんだ。

 そう思うと、いつまでもいつまでも興奮を抑えきれなかった。





 翌々日。いつものように学校へ登校する。

 今日の気分は最高。何せ特別な1日だ。


(とっておきのプレゼント、リースさん喜んでくれるかな)


 楽しみで楽しみで、学校へと続く坂道も足取りが軽くてしょうがない。


 教室に入ると、いつものように彼女は窓際の最後尾、そこに座っていた。外の雪景色を見つめているリースさんは幻想的ですらある。


「あ、あの! リース・・・」


 わたしはただ、彼女に話しかけようとした。でも。


「ヒドイデス、アヤセ・・・」


 震えた声に、わたしは頭が真っ白になる。


「ど、どうしたんですか・・・?」

「ワタシの気持ちを弄んでっ」


 彼女はそれだけ言うと、席を立って教室を出て行ってしまった。

 ぽつんと、わたしが教室に残される。


 え? どうして?

 何が起きたのか、状況が理解できない。


 ―――どうして彼女は泣いていたの?


「あー。今はあの子に話しかけない方が良いよ」


 クラスメイトの1人が、そう言ってわたしの肩に手を置く。


「な、何か知ってるの!?」

「お、おう。五ツ木さん、どうしたの急に」

「良いから教えて!!」


 彼女はわたしの剣幕に驚いたのか、たじろぐ。


「いや、昨日陸上部の練習で学校来てたんだけどさ。あの子、クリスマスツリーの下にずーっと立ってて」


 わたしはその瞬間、


「あ、ちょっ、五ツ木さん!?」


 鞄を放り投げて、気づいたらわたしは走っていた。


 リース、リース、リース―――


 話をしなきゃ。彼女に、謝らなくちゃ―――


「リース!」


 彼女を捕まえたのはクリスマスツリーの前だった。

 リースはそれを振り解くこともせず、わたしの目から視線を逸らす。


「ごめんなさい!」


 わたしはただ、頭を下げ、謝った。


「昨日、ここで待っててくれてたんだよね、わたしのこと」

「そうデス・・・」


 ぽつり、リースが零す。


「どうして来てくれなかったんデスカ!」


 こんなに声を荒げた彼女を、初めて見た。


「"クリスマスにこのツリーの下でキスしたカップルは永遠に結ばれる"・・・、なのに、アヤセは来てくれなカッタ!」


 悲壮。彼女が涙を我慢しているのがこちらにも伝わってくるほど。


「ずっと一緒に居たいって思ってたのは、ワタシだけだったんデスか!?」


 そこでまた、彼女の目から大粒の涙が溢れてくる。

 リースはそれを我慢しきれず、手で拭って泣きじゃくった。


「違う・・・、違うの!」


 わたしは一歩、彼女に歩み寄る。


「何が違うんデスかぁ、日本のクリスマス休暇、の、昨日が・・・日本でのクリスマスの日なんでしょ!?」

「・・・!」


 これか―――

 これが、わたし達のすれ違った原因―――


「リース、わたしの事、叩いて」

「な、何を・・・」

「思いっきり、ぶって」


 わたしは自分の胸に手を当てる。


「リースが感じた痛みの何万分の一でも、わたしは一緒に感じたい」


 そこで、初めて。

 彼女はわたしの事を見てくれた。


「い、いいんデスか?」

「もちろん」


 覚悟を決める。

 その数秒後、右頬を思い切りビンタされた。


「・・・っ」


 リースはそれを見て、彼女自身が青くなっていた。


「だ、大丈夫デスカ!?」

「ナ、ナイスパンチ・・・っ」


 自分の右目から涙が出ていると分かっていたけど、何とかそう言って親指を立てた。


 そして隙を見せた彼女を―――思い切り抱きしめる。


「アヤセ・・・?」

「ごめんねリース。ちゃんと言わなかったわたしが悪い。昨日はクリスマスイヴイヴの祝日じゃないの」

「え・・・、デモ、学校休みデシタ・・・」

「昨日は天皇誕生日の祝日・・・、クリスマスは関係ないの」


 リースを強く、強く抱きしめる。


「でも、デモ・・・、」


 彼女はそこでスン、とまた泣き始めた。


「昨日、寂しかった。ずっと、ひとりデ・・・」

「ごめん。ごめんね。わたしはもう、あなたをひとりにはしない」


 ただ一点、彼女の青い瞳を見つめる。


「これからは、ずっとふたりだよ」


 わたしはリースにキスをした。

 永遠に結ばれる、魔法の呪文を唱えたのだ。




 今日は、1日遅れの12月23日―――クリスマス・イヴ。

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