空から女の子が降ってきた
キッカケなんて明確なものはなかった。
ただ、ある日、何の気も無しに空を見上げていたら、ある一点がチカチカと光っていたのだ。
(UFO・・・?)
最初はそう思った。だから携帯のカメラで写真なんかも撮ったりした。
だけど、どうやら違うらしい。光はゆっくりとした速度で下降している。
そして、これはしばらく経ってから気づいたことだったけれど、周囲の人間が誰もそのことに気づいていない。
ここは街のど真ん中だ。あんなものがハッキリと見えているのに、全員があれに気づかないなんてことはありえない。
わたしにしか見えていないとしか、考えようがなかった。
(ああ、もうっ!!)
確かめるしかない。
あの光は加速しながら落ちてきている。落下地点に行けば、ハッキリするだろう。
わたしは走り出した。
街を直線に移動するのは随分と難しい。普段使わない道を使い、信号のある幹線道路を横断し、金網フェンスを1つ乗り越え、息も絶え絶えになりながら光を追いかける。
光がどんどん大きくなる。そして、そのおおよその落下地点が見えた。
「ウソでしょ・・・」
街の中心を流れる大河・・・。川の中だ。
「待て待て、今12月・・・っ」
川が冷たいなんて事はバカでもわかった。
空を見上げる。
いや、もう少し目線を上にする程度で光は視界に入ってきた。
「毒を食らわばっ」
気づくとわたしは靴を放り投げ靴下を脱ぐと。
「皿まで!!」
先週雪が降ったばかりの街を流れる川に足を突っ込んでいた。
(―――っ)
言葉にならないとはよく言ったものだ。
痛い。冷たいと言うよりもうこれは痛みに似た感覚だ。
ばしゃばしゃと水をかき分け、川の真ん中へと来る。浅い川だったのだけが、不幸中の幸いだった。
見上げると、光・・・のようなものに包まれた影が落ちてきて、やがてそれは形に見えるものになっていった。
どう見ても、人間。それも女の子だ。
わたしは両手を広げる。大丈夫、運動は出来る方だ。
(女の子1人くらい、受け止められる―――)
彼女に触れる。やわらかな肌。透き通るような肌色が全身に広がって・・・。
「って、ウソっ、裸!?」
彼女の重みより何より、最初にそのことで頭がいっぱいになる。
わたしは急いで厚手の上着を脱ぐと、毛布にくるむような要領で彼女の全身を包んだ。
身長や体つきを見ると、自分と同世代くらいに見える。
さっき一瞬見えて「しまった」んだけど、随分と発育のよろしい子だったし・・・。
ちらっ。
一瞬上着をずらして、女の子の身体を二度見する。
(うわ、すごいエロい・・・)
けしからん身体でした。
そして次の瞬間、ここが街の中にある川の真ん中であることを思い出してものすごい自己嫌悪に陥る。
「何やってんだわたしは・・・」
真冬の12月、川の真ん中で裸の女の子を捕まえ、一度上着をかぶせたうえで、もう一度やましい目で女の子の裸を見ようなんて。
あまりに特殊なシチュエーション過ぎて聞いたことが無い。
帰りは行きより厳しかった。
わたしだって女。女の子を抱えて歩くのは辛い。そのうえ手足の感覚は無いほど冷たさで麻痺しているし、ただでさえ足が取られる水の中を、川の流れを無視して歩くのはかなりしんどかった。
「はあ、はあ・・・もうだめ・・・」
河原に戻り、上着でくるんだ女の子を置くと、わたしはその場に倒れ込んだ。
寒さと冷たさと疲労で死にそうだ。
「何なのこの子・・・」
仰向けになって横を見ると、布1枚被っただけのエロい身体の女の子が寝ている。
空から女の子が降ってきた・・・。
超有名アニメ映画で見たことがあったし、そういう手合いの話はいくらか聞いたことがあるけれど。
落ちてきた女の子を拾うのは大抵物語の主人公である少年。わたしみたいな少女がこちら側にまわることは、ほとんどない。
「さて」
どうしよう、この子。
ここからこの子を担いでいく体力はわたしには無い。
「おーい。もしもーし」
ぺちぺちと頬を軽く叩いてみた。体温を感じるから死んではいない・・・はず。
(息・・・してるのかな)
そんなことが頭をかすめた。もししてなかったら。
(じ、人工呼吸、とか・・・!)
頭の中がいかがわしい妄想でいっぱいになりそうになって、それを振り払う。
なに変な事考えてるの。命がかかってるんだ。しょうがない・・・よね。
そこで気づく。
「わたし、人工呼吸のやり方、知らんし・・・」
キスするだけ、じゃないよね勿論。
やめよう。人工呼吸の線は無しだ。
とにかく心臓が動いているかどうかが知りたい。
じゃあどうすればいいか。胸を触るしか・・・ない。
「こ、これは別に変な意味じゃなくて! い、命に関わる事だから! ふか、不可抗力!!」
誰にしているのか分からない言い訳をしてから、わたしは上着の中に手を入れる。
一段とやわかなものに手を当て、ゆっくりとそれに手を這わせると―――
ぱちっ。
その時、仰向けになっていた女の子の目が開いた。
不意に目が合う。視線が確実にぶつかった。
真実はただ1つ。わたしの右手が女の子の左胸を掴んでいると言うことだけ。
「あ、お、おはようございます」
謎のあいさつ。
それに彼女はにっこり微笑みを返してくれる。
助かった・・・。
「なにすんじゃ、ド変態があああ!!」
そう思った瞬間、ものすごい威力の右ストレートが飛んでくる。
「この痴漢! ○○○魔!!」
「わ、わたし男じゃなくて女・・・」
「じゃあ痴女! ○○○魔!!」
『○○○魔』の方は訂正してくれないんだ、というショックを受ける。
「アンタ誰!? ここどこ!? なんであたし・・・」
女の子ははだけた胸元を隠しながら。
「裸なのよーーー!!」
そう言って今度は左ストレートを貰う。
あまりに理不尽。わたしはただ、人助けをしただけ(のつもり)なのに・・・。
◆
「ここがアンタの家なの?」
「今はわたししか住んでないけどね・・・いてて」
自分の頬に触れる。
わたしの服を2人で分けたおかげで何とか公序良俗に反しない恰好で家まで戻ってこられた。
「わたし、シャワー浴びてくるから、ちょっと待っててね。あ、これ着替え。わたしのだけど我慢してね」
彼女はいぶかしげな表情でそれを受け取る。
お風呂に入ると、シャワーの温度をいつもより高くして熱いお湯を手足の指先に当てた。
感覚が段々と戻ってくる。身体に熱が戻ってきたのを感じた。
(温かい・・・)
温かくて気持ちいい。こんなにお湯が気持ちいいと思ったのは初めて・・・
「ちょっとアンタ! 何この服!?」
「きゃー!!」
いきなり脱衣所の扉がガラッと開かれ、空から降ってきた女の子がずいっとこちらに乗り出してきた。思わずシャワーを手放してしまう。
「こんな変な服、見た事ないわ。ドレスは無いの!?」
「あ、あの! わたし裸なんですケドー!!」
「ん? あ、」
彼女はそこで一時停止をする。
「アンタさっきあたしの胸触った・・・、っていうか揉んだよね?」
「そ、そんな事してないしてない!」
必死になって顔を振ったけど、彼女の表情が一気に黒くなる。
「えいっ」
逃げようと身体をよじったのが悪かった。
後ろから胸を揉まれる。
「ひゃん・・・」
「あれ。おかしいわね。嫌がると思ったのに・・・、ってか、柔らかい・・・、大きすぎず小さすぎず、形は良いし・・・」
「も、もう許して。乱暴しないで・・・」
気づくと腰から力が抜けていき、ぺたんと床に手をついて、涙目になり彼女に懇願する。
「なに、アンタ。感じてんの?」
「そ、そうだよ! 悪い!? だって今まで胸揉まれたことなんて無かったし、しょうがないじゃんっ」
「ふーん。へえ・・・」
気づくと彼女はじろじろとわたしの身体を頭から足までなめまわすように見つめた。
「ま、いっか。一応、アンタに助けられたことには変わりないし」
「あの、何の話・・・」
そこで彼女はわたしの肩に触れ、ずいっとこちらに身を乗り出す。
「あたし、サキュバスなの」
「は、はあ!?」
いや。いやいや。いやいやいや。
いくらなんでもそんなウソには騙されないぞ。そこまでバカになったつもりはない。
「知らない? 淫魔って言えばわかるかしら」
「冗談やめてよ!」
「冗談じゃないわ、ホントよ」
彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。
悪魔の笑み・・・。その言葉が脳裏をかすめる。
「しょ、証拠も無いのに! あなたが悪魔だっていう、証拠!」
わたしは彼女の目を見て、強い口調で言った。
今までこの子の言いなりになってここまで来たけど、ここで誘いに乗っちゃダメだ。
それだけは分かったのだ。
「・・・良い目ね」
「・・・?」
「弱い人間にその目は出来ない。あたしを捕まえられたことにも納得がいったわ」
急に褒められ、どうすればいいか分からない。
「運が良いわね人間。気が変わったわ。アンタは見逃してあげる」
「えっ・・・」
「あたしに関わる記憶は消すけど、アンタを獲物にするのはやめるわ。なーんか興ざめって言うか」
女の子はすっと立ち上がり、服を脱ぎだす。
「待ってなさい。この服返すから」
「わたしは見逃すって・・・あなたはこれからどうするの?」
自称悪魔は半分まで外していたYシャツのボタンを外す手を止め、少しうつむく。
「他の獲物を探すわ。ま、アンタみたいな女の子に捕まることは無いでしょうけど、ベターに中年の男かしら」
その時。わたしの中に芽生えた感情があった。
「そんくらいが1番簡単って、学校で習ったし」
この子が他の人・・・。
他の誰かと、そういう行為をすることに対する強烈な嫌悪感。
「ま、待って」
わたしは彼女の手を握る。
「あなたを受け止めたのは、掴んだのはわたしだよ」
「え・・・」
「他の人間はあなたを見つけられもしなかった。そんな人たちのところに行くなんて、その」
精一杯の勇気を振り絞って言う。
「許さない、んだから・・・」
顔は真っ赤だった。最後の方は発音出来ていたかも曖昧。
だけど。
「・・・っ。最初からそう言え、ばか」
彼女が顔を真っ赤にさせた時。
わたしの想いは伝わったんだと、ハッキリと分かった。