貴女の傍に、私だけ
『意志の弱いものが戦場へ出るな!』
わたしは剣を敵ののど元に突きつける。
『そのわずかな迷いが貴様と私を別けたものだ! 生半可な気持ちで、この私を止められると思うな!』
敵にとどめを差し、すぐに剣を構えなおす。
『私が居る限り、この先に俗物は一匹たりとも通さん! そうだ、我が剣は』
構えた大剣を逆手にして、虚空を突き刺した。
『我が君を守りし最強の盾である!!』
そう、こんな事を言えば、わたしも"彼女"になれる気がする。
聖剣コールブランドを構えれば、かつてこの国を救った最強の騎士・・・"彼女"の様になれる気が。
・・・たとえこれが文化祭の劇だったとしても、そんな気がしてくるんだ。
◆
「アーニャお疲れ。クリスティア様役、すごくよかったよ」
「メアリーにしか褒められないなんて、いよいよわたしの総隊長役、ハマってなかったのかな・・・」
「ひどいなおい」
ふざけた声で反応してくれるメアリー。
1番の親友であるし、なんでも打ち明けられることのできる間柄だけど、親密な分、褒められてもあまり嬉しくない。
「アーニャはクリスティア様に思い入れが強すぎるんだよ」
「だって、総隊長だよ!? あの総隊長! この国を救った英雄!」
「まあ言っちゃえば上司だし、憧れるのも分かるけどさ」
「全っ然わかってない! 総隊長と言えば!」
わたしはガッと、足を一歩踏み出して拳を握りしめる。
「あの聖戦で1000人の連合国軍にたった1人で戦って、それを返り討ちにしたまさに生きる伝説! 同じ時代を生きてるのがすごいくらいの英雄なんだよ!」
「あ~、またアーニャのクリス様好き好き大好き話が始まったよ・・・」
それからわたしは何度も何度も話したエピソードをもう1度話し始める。
メアリーは若干引きながらも、文句も言わずにそれを聞いてくれる貴重な、大切な友達。
「わたしもいつか総隊長みたいになりたい! その一心で王宮の近衛騎士団に志願したんだから!」
「でも、騎士としての地位は?」
「・・・下から2番目・・・」
ものすごい角度の水差しを食らう。
「王宮の門番だっけ?」
「それも外壁のね・・・。ああ、こんなんじゃいつまで経っても総隊長に会えない~。わたしの王子さま~」
頭を抱えて、すっかり夜になった学校寮・・・その床をのたうち回る。
「私は、クリス様には陛下と結婚して欲しいな」
「むう。メアリーもロイヤル・ウェディング派かあ」
ロイヤル・ウェディング派。
幼馴染という間柄の陛下と総隊長との結婚を支持する人達のこと。
先ほど演じた劇"世界の終わり"は全て総隊長が陛下の為に行った独断=当時の軍規に反するものだった、なんていう都市伝説があるくらいに、総隊長は陛下を愛しているというのはもう周知の事実だ。
生まれ変わったこの国を象徴するのが陛下と総隊長であり、お二人の仲睦まじい様子は国民にとって希望の光。
ロイヤル・ウェディングを、ほとんどの国民は望んでいるんだと思う。
「でもぉ、わたしは総隊長が好きなのー!」
メアリーの肩をがくがくと揺さぶりながら必死に訴えかける。
「そんな事言ったって、アーニャがあの2人の間に入れるとは思えないわ。まず、話す機会もないのにどうやって振り向いてもらうのよ」
「それを考えるのがメアリーの役目でしょ~」
「いやそれ初耳だし・・・」
メアリーはほとほと呆れた様子で、肩にかけていたわたしの手を払う。
「ま、頑張りなさいな。アンタが陛下と総隊長に割って入れるなら、そのうち来るんじゃないの? 運命の出会いがさ」
やれやれ、と言いながらメアリーは零した。
他人事だと思って! この子のこういうところ、正直言って好きじゃない。
「ふん、メアリーに言われなくっても!」
わたしはむくっと床から起き上がりながら、呟いた。
「そんなの、分かってるもん・・・」
◆
「う~、ざいやぐ・・・」
ベッドの上で泣きべそをかくわたし。
今日は『騎士の日』という国民の祝日。その祝日のメインイベントに、"決闘トーナメント大会"と呼ばれるものがある。
これは騎士が日頃磨いている己の技術を披露する場。厳しい予選を勝ち抜き、選ばれたものだけがこの日に行われる決勝大会に出場できる。
わたしは死に物狂いで練習して予選を突破し、決勝へ進出した。そしてトーナメントを勝ち進み迎えた準決勝。
(しまっ・・・!)
あと一歩のところでわたしはけっ躓いて、倒れてしまった。挙句に、左足を骨折。
この大会で怪我することは負けるよりひどい恥になる。規則を守って、美しく勝つのが何よりの名誉とされるこの大会において、"怪我"なんて言うのは自己管理のできない者の愚行。
「あと2回、あと2回勝ててれば・・・」
宮中晩餐会に招かれる権利を掴めたのに。
(わたし、何やってんだろ)
準決勝で怪我して負けるなんて、そんなの脇役のやることだ。
物語の主人公はこんな負け方はしない。総隊長なら、こんな負け方・・・するわけがない。
―――わたしは所詮、ただの一般人。
それを思った瞬間、止めていた涙があふれてきて仕方がなかった。
「意志の弱いものが剣を握ると、それは両刃の剣となる」
顔を両手で隠して、ベッドの上で仰向けになって泣いていると、どこからかそんな声が聞こえてきた。
そして突然、顔を隠していた右手をぐいっと掴まれる。
何が起こったか分からなかった。
「良い太刀筋だった。惜しむべきは、足元がおろそかになった点。それと」
でも。
「今のうちに泣けるだけ泣いておけ。来たるべき時、前を見て歩くために」
そこにあの憧れの総隊長―――クリスティア様が居たら。
涙なんて、すぐに止まってしまうんだ。
「――ッ」
どうしよう。聞きたいことが山ほどある。言いたいことも山ほどある。
なのに、どうして。何も考えられないの。一つも言葉が出てこないの。
「どうした、呆けて。もう泣かないのか?」
「!」
はっ。わたしはここで、我に返った。
「な、泣きません!」
自分では姿勢を正そうと思ったものの、いかんせん左足が固定されて吊るされているだけに、どうにも不恰好な形で返事をしてしまう。
「今は公式な場じゃない。楽にしてくれ」
「はいぃ!」
そりゃあ返事も大声になってしまう。相手はわたしが大好きで、尊敬して止まない、クリスティア様・・・。
顔が赤くなっているのが自分でもわかった。
わたしは半分起き上がろうとした姿勢から、ベッドで横になって楽にする。
楽にしようとしたけれど。
(そんな事出来るわけないじゃん・・・!)
心臓がうるさいくらいにバクバク鼓動を打っている。
本当ならひざまずいて頭を下げなきゃいけない人。楽に寝ていられるわけがなかった。
「あ、あの! どのようなご用件で・・・?」
消えてしまいそうなくらい小さな声で尋ねる。
「そうだな・・・。君が私に話があるという噂を耳にしたんだが」
総隊長は穏やかな顔で言う。
それは劇の中の伝説の救世主ではなく。1人の人間としての、"楽"な表情だった。
「え、ええっ!?」
頭の中にぐるんぐるんと色々なことが渦巻く。
なんだ。わたしは何を聞こうとしてたんだっけ。何も思い浮かばない。
でも、何か言わなきゃ。何か!
「ロイヤル・ウェディングなさるんでしょうか!」
言った瞬間、後悔した。
とんでもないことを言ってしまったと。こんな不敬なことはない。
一喝されることを、覚悟した。
「・・・現実的には難しい、と思う」
返ってきたのは予想外の反応。怒られるどころか、総隊長は神妙な面持ちで。
そして、その内容がまともに頭に入ってきた時。
わたしは。
少し、寂しかった。
「陛下も私も女だ。同性婚、立場が違えばどうという事はない。しかし」
遠くを見ながら言った総隊長の言葉は。
「陛下は王族であられる。私と結婚すれば、その血が途絶える。それは歴代の王家、そしてそれを守り続け、王に命を捧げてきた我が家としても望むところではないだろう」
先ほどとは比べものにならないくらい、冷たかった。
「そんなのおかしいですよ」
何を血迷ったのか。
「どうしてそんなことで諦めちゃうんですか。1000人の連合軍に1人で勝ったことを考えれば、女性同士で子どもを作ることなんて造作もないことのはずです!」
わたしは何も考えず、気づくと思った事を口走っていた。
しまった。そう思ったときにはもう遅い。
場を、重い沈黙が支配した。
(え、なに? なに? わたし、今、何を言ったの!?)
自分で言ったことが思い出せず、全身を震わせながら辺りをキョロキョロと見回す。
「あ、あの・・・ワタクシ非常にお失礼なことををを・・・」
がくがくと震えながら、総隊長の顔色をうかがう。
「そうか。造作もない・・・か。うむ!」
何かを呟いた総隊長は、力強く立ち上がった。
「ならばやり遂げて見せよう。やはり私も陛下を他の者に奪われるなど許容できない!」
「え、あの・・・」
何のお話ですか、と言おうとした瞬間。
「ありがとう。君のおかげで決心がついた。まずは王族に関する法を変えるところからだ!」
総隊長はわたしに何故かお礼を言うと、随分とご機嫌な様子で帰って行った。
◆
「やっぱ総隊長は陛下と結ばれるべきだよね! ロイヤル・ウェディング最高!!」
メアリーと顔を合わせるや否や、わたしはそう言って大笑いした。
「あのさ。あんたが歩けないからって呼ばれたんだけど」
「総隊長は器が違うな~。あれ、でも、どうして総隊長はこんなとこに来たんだろ」
頭を捻る。そういえば、理由が分からない。理由、言ってたっけ?
「・・・アンタってほんと鈍感」
「え? なに?」
「何でもない。ほれ、おんぶするから背中に乗んな」
「お、おう・・・」
車いすとか用意してないんだ、と驚く。
わたしが抱き着くように、メアリーの背中に身体を預けると。
(あれ、なんだろ)
今まで全然気づかなかったことに、初めて気が付いた。
「メアリーに触ってると、すごく安心する・・・」
そんな事を言うと。
「ほんっと、アーニャのそばに居るのなんて、私以外じゃ無理でしょうね」
メアリーはまた、ため息をついた。