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貴女の傍に、私だけ

『意志の弱いものが戦場へ出るな!』


 わたしは剣を敵ののど元に突きつける。


『そのわずかな迷いが貴様と私を別けたものだ! 生半可な気持ちで、この私を止められると思うな!』


 敵にとどめを差し、すぐに剣を構えなおす。


『私が居る限り、この先に俗物は一匹たりとも通さん! そうだ、我が剣は』


 構えた大剣を逆手にして、虚空を突き刺した。


『我が君を守りし最強の盾である!!』


 そう、こんな事を言えば、わたしも"彼女"になれる気がする。

 聖剣コールブランドを構えれば、かつてこの国を救った最強の騎士・・・"彼女"の様になれる気が。


 ・・・たとえこれが文化祭の劇だったとしても、そんな気がしてくるんだ。





「アーニャお疲れ。クリスティア様役、すごくよかったよ」

「メアリーにしか褒められないなんて、いよいよわたしの総隊長役、ハマってなかったのかな・・・」

「ひどいなおい」


 ふざけた声で反応してくれるメアリー。

 1番の親友であるし、なんでも打ち明けられることのできる間柄だけど、親密な分、褒められてもあまり嬉しくない。


「アーニャはクリスティア様に思い入れが強すぎるんだよ」

「だって、総隊長だよ!? あの総隊長! この国を救った英雄!」

「まあ言っちゃえば上司だし、憧れるのも分かるけどさ」

「全っ然わかってない! 総隊長と言えば!」


 わたしはガッと、足を一歩踏み出して拳を握りしめる。


「あの聖戦で1000人の連合国軍にたった1人で戦って、それを返り討ちにしたまさに生きる伝説! 同じ時代を生きてるのがすごいくらいの英雄なんだよ!」

「あ~、またアーニャのクリス様好き好き大好き話が始まったよ・・・」


 それからわたしは何度も何度も話したエピソードをもう1度話し始める。

 メアリーは若干引きながらも、文句も言わずにそれを聞いてくれる貴重な、大切な友達。


「わたしもいつか総隊長みたいになりたい! その一心で王宮の近衛騎士団に志願したんだから!」

「でも、騎士としての地位は?」

「・・・下から2番目・・・」


 ものすごい角度の水差しを食らう。


「王宮の門番だっけ?」

「それも外壁のね・・・。ああ、こんなんじゃいつまで経っても総隊長に会えない~。わたしの王子さま~」


 頭を抱えて、すっかり夜になった学校寮・・・その床をのたうち回る。


「私は、クリス様には陛下と結婚して欲しいな」

「むう。メアリーもロイヤル・ウェディング派かあ」


 ロイヤル・ウェディング派。

 幼馴染という間柄の陛下と総隊長との結婚を支持する人達のこと。


 先ほど演じた劇"世界の終わり"は全て総隊長が陛下の為に行った独断=当時の軍規に反するものだった、なんていう都市伝説があるくらいに、総隊長は陛下を愛しているというのはもう周知の事実だ。

 生まれ変わったこの国を象徴するのが陛下と総隊長であり、お二人の仲睦まじい様子は国民にとって希望の光。

 ロイヤル・ウェディングを、ほとんどの国民は望んでいるんだと思う。


「でもぉ、わたしは総隊長が好きなのー!」


 メアリーの肩をがくがくと揺さぶりながら必死に訴えかける。


「そんな事言ったって、アーニャがあの2人の間に入れるとは思えないわ。まず、話す機会もないのにどうやって振り向いてもらうのよ」

「それを考えるのがメアリーの役目でしょ~」

「いやそれ初耳だし・・・」


 メアリーはほとほと呆れた様子で、肩にかけていたわたしの手を払う。


「ま、頑張りなさいな。アンタが陛下と総隊長に割って入れるなら、そのうち来るんじゃないの? 運命の出会いがさ」


 やれやれ、と言いながらメアリーは零した。

 他人事だと思って! この子のこういうところ、正直言って好きじゃない。


「ふん、メアリーに言われなくっても!」


 わたしはむくっと床から起き上がりながら、呟いた。


「そんなの、分かってるもん・・・」





「う~、ざいやぐ・・・」


 ベッドの上で泣きべそをかくわたし。


 今日は『騎士の日』という国民の祝日。その祝日のメインイベントに、"決闘トーナメント大会"と呼ばれるものがある。

 これは騎士が日頃磨いている己の技術を披露する場。厳しい予選を勝ち抜き、選ばれたものだけがこの日に行われる決勝大会に出場できる。

 わたしは死に物狂いで練習して予選を突破し、決勝へ進出した。そしてトーナメントを勝ち進み迎えた準決勝。


(しまっ・・・!)


 あと一歩のところでわたしはけっ躓いて、倒れてしまった。挙句に、左足を骨折。


 この大会で怪我することは負けるよりひどい恥になる。規則を守って、美しく勝つのが何よりの名誉とされるこの大会において、"怪我"なんて言うのは自己管理のできない者の愚行。


「あと2回、あと2回勝ててれば・・・」


 宮中晩餐会に招かれる権利を掴めたのに。


(わたし、何やってんだろ)


 準決勝で怪我して負けるなんて、そんなの脇役のやることだ。

 物語の主人公はこんな負け方はしない。総隊長なら、こんな負け方・・・するわけがない。


 ―――わたしは所詮、ただの一般人。


 それを思った瞬間、止めていた涙があふれてきて仕方がなかった。


「意志の弱いものが剣を握ると、それは両刃の剣となる」


 顔を両手で隠して、ベッドの上で仰向けになって泣いていると、どこからかそんな声が聞こえてきた。

 そして突然、顔を隠していた右手をぐいっと掴まれる。


 何が起こったか分からなかった。


「良い太刀筋だった。惜しむべきは、足元がおろそかになった点。それと」


 でも。


「今のうちに泣けるだけ泣いておけ。来たるべき時、前を見て歩くために」


 そこにあの憧れの総隊長―――クリスティア様が居たら。

 涙なんて、すぐに止まってしまうんだ。


「――ッ」


 どうしよう。聞きたいことが山ほどある。言いたいことも山ほどある。

 なのに、どうして。何も考えられないの。一つも言葉が出てこないの。


「どうした、呆けて。もう泣かないのか?」

「!」


 はっ。わたしはここで、我に返った。


「な、泣きません!」


 自分では姿勢を正そうと思ったものの、いかんせん左足が固定されて吊るされているだけに、どうにも不恰好な形で返事をしてしまう。


「今は公式な場じゃない。楽にしてくれ」

「はいぃ!」


 そりゃあ返事も大声になってしまう。相手はわたしが大好きで、尊敬して止まない、クリスティア様・・・。


 顔が赤くなっているのが自分でもわかった。

 わたしは半分起き上がろうとした姿勢から、ベッドで横になって楽にする。

 楽にしようとしたけれど。


(そんな事出来るわけないじゃん・・・!)


 心臓がうるさいくらいにバクバク鼓動を打っている。

 本当ならひざまずいて頭を下げなきゃいけない人。楽に寝ていられるわけがなかった。


「あ、あの! どのようなご用件で・・・?」


 消えてしまいそうなくらい小さな声で尋ねる。


「そうだな・・・。君が私に話があるという噂を耳にしたんだが」


 総隊長は穏やかな顔で言う。

 それは劇の中の伝説の救世主ではなく。1人の人間としての、"楽"な表情だった。


「え、ええっ!?」


 頭の中にぐるんぐるんと色々なことが渦巻く。

 なんだ。わたしは何を聞こうとしてたんだっけ。何も思い浮かばない。

 でも、何か言わなきゃ。何か!


「ロイヤル・ウェディングなさるんでしょうか!」


 言った瞬間、後悔した。

 とんでもないことを言ってしまったと。こんな不敬なことはない。

 一喝されることを、覚悟した。


「・・・現実的には難しい、と思う」


 返ってきたのは予想外の反応。怒られるどころか、総隊長は神妙な面持ちで。

 そして、その内容がまともに頭に入ってきた時。

 わたしは。


 少し、寂しかった。


「陛下も私も女だ。同性婚、立場が違えばどうという事はない。しかし」


 遠くを見ながら言った総隊長の言葉は。


「陛下は王族であられる。私と結婚すれば、その血が途絶える。それは歴代の王家、そしてそれを守り続け、王に命を捧げてきた我が家としても望むところではないだろう」


 先ほどとは比べものにならないくらい、冷たかった。


「そんなのおかしいですよ」


 何を血迷ったのか。


「どうしてそんなことで諦めちゃうんですか。1000人の連合軍に1人で勝ったことを考えれば、女性同士で子どもを作ることなんて造作もないことのはずです!」


 わたしは何も考えず、気づくと思った事を口走っていた。


 しまった。そう思ったときにはもう遅い。

 場を、重い沈黙が支配した。


(え、なに? なに? わたし、今、何を言ったの!?)


 自分で言ったことが思い出せず、全身を震わせながら辺りをキョロキョロと見回す。


「あ、あの・・・ワタクシ非常にお失礼なことををを・・・」


 がくがくと震えながら、総隊長の顔色をうかがう。


「そうか。造作もない・・・か。うむ!」


 何かを呟いた総隊長は、力強く立ち上がった。


「ならばやり遂げて見せよう。やはり私も陛下を他の者に奪われるなど許容できない!」

「え、あの・・・」


 何のお話ですか、と言おうとした瞬間。


「ありがとう。君のおかげで決心がついた。まずは王族に関する法を変えるところからだ!」


 総隊長はわたしに何故かお礼を言うと、随分とご機嫌な様子で帰って行った。





「やっぱ総隊長は陛下と結ばれるべきだよね! ロイヤル・ウェディング最高!!」


 メアリーと顔を合わせるや否や、わたしはそう言って大笑いした。


「あのさ。あんたが歩けないからって呼ばれたんだけど」

「総隊長は器が違うな~。あれ、でも、どうして総隊長はこんなとこに来たんだろ」


 頭を捻る。そういえば、理由が分からない。理由、言ってたっけ?


「・・・アンタってほんと鈍感」

「え? なに?」

「何でもない。ほれ、おんぶするから背中に乗んな」

「お、おう・・・」


 車いすとか用意してないんだ、と驚く。

 わたしが抱き着くように、メアリーの背中に身体を預けると。


(あれ、なんだろ)


 今まで全然気づかなかったことに、初めて気が付いた。


「メアリーに触ってると、すごく安心する・・・」


 そんな事を言うと。


「ほんっと、アーニャのそばに居るのなんて、私以外じゃ無理でしょうね」


 メアリーはまた、ため息をついた。

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