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タケトリ・アブダクション

「えーっと、わたしは一ノ宮家長女の一ノ宮遥と言うものですが!」


 緊張していた。

 今現在、我が国で大旋風を起こしているカグヤ姫騒動。異国よりやってきたカグヤ姫と言うお姫様さまが可愛くて可愛くてしょうがないので、貴族の家や財閥が彼女を嫁にしたいと求婚をしてやまないと言う。


 一ノ宮家もその例に漏れなかった。

 嫡男である兄がラブレターをしたためて送ったらしい。そしたら今日、この場に来いと書いてあったとのこと。

 しかし、事実としてここにはわたしが居る。

 兄は逃げたのだ。昔から気の弱い人だったけれど、まさかお見合いを拒否して、実の妹に「お前が行って断ってこい」なんて事を言うほど最低な性格をしていたとはさすがに想定外だ。


「あ、えー。兄は急に体調が悪くなりまして・・・。あの、宿題? 課題はやったらしいんですけど、現地に置き忘れてきたー、みたいな」


 なにいってんだわたしは。小学生の言い訳じゃないんだぞ。


「ですので我が一ノ宮家は婚姻を辞退させていただきたく・・・」


 玉座の下に居る近衛兵たちがぽかんと呆れた様子でこちらを見ていたのが分かった。

 中には笑いを堪えている者まで居る。


(あーあ。こりゃうちの家はしばらく笑いモンだわ。人生詰んだな兄貴)


 こんなバカみたいな反省しに来たわたしも含めて、ちょっと長めの傷心旅行にでも行った方が良いかもしれない。


「お前ら、うるさいゾ」


 その瞬間。

 玉座からそんな声が聞こえてきた。


 随分機械的というか、言葉に抑揚のない、棒読みな声だ。


(出来の悪い人形みたいな喋り方)


 そんな事が頭をよぎったが、驚いたのはここからだ。

 この場に居る(わたし以外の)すべての者が背筋を伸ばして、玉座に頭を下げている。


「お前、名をなんと言う」


 玉座からカグヤ姫が立ち上がる。

 そして一歩、前に出ると彼女を包んでいた視界遮断用立体ホログラムが消える。


「あ、あんたがカグヤ姫!?」


 その姿を見て、わたしも思わず叫んでしまった。

 周囲から刺さるような視線が来るが、気にしない。


「そうだぞ。ワタシがカグヤである」


 そこに居たのは随分幼い女の子だった。薄い色素の肌、異質とも言える水色の長い髪の毛。

 身長なんかは恐らく130cm少し超えたくらいで、何より着衣が噂に聞く「ジュウニヒトエ」なんかではなく、水兵が着るようなセーラー服だったのには驚いた。


「で、お前の名は何なんだ」

「一ノ宮遥ですけど・・・」


 最初に名乗ったでしょ。そんな悪態はつけるような雰囲気ではなかった。


「ハルカか。お前、面白いな」

「面白いって、何が・・・」

「ワタシに謁見しに来た少女はお前が初めてだ。いつもここに来るのはキゾクとかいうオッサンばっかで飽き飽きしてたんだ。なぜだ? なぜ、ワタシに会いに来るのはオッサンばっかなんだ?」

「いや、そりゃあ」


 ここは正直に言うべきだろう。


「アンタ、かわいいじゃん」


 場が一気に静まり返る。が。


「みんな、アンタみたいな超絶可愛くて、ロリぃ女と一発ヤッて子供を作りたいんだよ」


 次の瞬間には場が凍り付いた。


「貴様、姫に向かってなんという事を・・・!」

「この品の無い女は何なんだ!」


 外野がやいのやいの言っているのを見ながら、わたしは転移クリスタルがポケットに入っているのを確認する。

 イザとなれば、逃げる準備は出来ている。


「しずまれえ!!」


 いよいよ誰かがわたしに殴りかかろうとした瞬間、カグヤ姫の抑揚のない声が響いた。


「そうか。みんなワタシを襲おうとしてたのか」

「カグヤ様、そのような事は」

「そいつもヤろうとしてるよ」


 カグヤを宥める、玉座の1番近くに立っていた老人を指差して言う。


「貴様ァ、言って良いことと悪いことがあるのを知らんかぁ!」


 その瞬間に、老人が癇癪を起こした。しかし。


「もういい。この中にワタシを犯そうとしてる奴が居るってのに、こんなところに居られるか」

「姫っ!?」

「ワタシは自分の部屋に帰るぞ!」


 下手な推理小説に出てきそうな言い回しをして、玉座から降りるカグヤ。


「あ、お前は着いて来い。いろいろ聞きたいことがあるゾ」


 帰り支度をしていたのだけれど、姫じきじきの指名で、わたしは無理矢理カグヤ姫の部屋へと誘拐されてしまっていた。





「あれ・・・?」


 わたしの頭はどうかしてしまったのだろうか。確か、カグヤの部屋に通されたはずだったのに。


 気づいたらわたしは空に浮かんでいた。ありのまま、今起こったことを言いたくなったけど、言える相手も居ないのでそれは飲みこむ。

 空に浮かんでいるというのは比喩じゃない。わたしの眼下には白く薄い雲があって、その下にわたしの家がある都がある。そしてわたしはどういうわけだか、重力に引かれて落下することが無い。


「こんなものちょいとした技術よ。人間はマホウを使うだろう。それの応用なのだ」


 カグヤはそう言うと、何の気も無しに虚空から瓶と2つのグラスを取り出した。わたしには、何も無いところから何かが出てきたように見えたのだが。


「お前、タンサンはいけるか?」

「まあ炭酸なら。アルコールはダメだけど」

「ならよかった。この液体は美味いぞ」


 彼女はそれをグラスに注ぐ。ピンク色の炭酸水・・・?


「これはコーラだゾ」

「コーラ? コーラってあの茶色い? これ、ピンクじゃん」

「こういうコーラがある世界もあるのだ」


 ピンクのコーラを飲みながら言うカグヤを見て、わたしもそれに口をつける。

 ・・・確かにコーラだ。


「ハルカよ」

「はい」

「薄々気づているかもしれんが、カグヤは人間ではないぞ」


 そりゃそうだよ。今、ここで起きている事は人間ではできないことばかりだ。


「カグヤはウチュージンなのだ」

「宇宙人?」

「そうだ。この青い星はカグヤの生まれた場所ではない」


 いよいよもって突飛な事を言い始めた。


「ちょっと前まで、この星の衛星に都を作っていたのだが何もなくてつまらんから、ここへやってきたのだ」

「衛星って、月のこと?」

「あれはツキと言うのか。現地ではサテライト・ムーンと呼ばれていたゾ」

「誰が呼んでたの?」

「そりゃあ月の民だ。あそこには月の民が住んでるのだ」


 頭が痛くなってきた。


「月の民って何? 月にも人が住んでるの?」

「さあ、アレはヒトと呼んでよいものか・・・」

「急に怖いこと言うのやめてよ」


 表情一つ変えることなく言うカグヤを見て、少し怖くなった。

 毎晩見上げている月に、得体も知れない生物が住み着いていると言われれば背中も冷たくなる。


「じゃあ、カグヤの故郷はどこ? どんなところだったの?」

「ふむ」


 そこでカグヤは少し思案する。


「カグヤが生まれたのは七次元世界だ。お前たち人間では理解できん領域」

「七次元・・・」


 確かに、分かんないけど理解出来なさそうな単語ではある。


「じゃあ、あなたは何をしにこの三次元世界へ?」


 そんな高次元の存在が、ここに降りてきた意味が分からない。


「ふむ。お前は面白いことを聞くな」

「え?」

「理解できんと言ったはずだゾ」


 言いながら、コーラを煽るカグヤ。


「理解できないかもしれないけどさ」


 そんな彼女を見つめながら。


「理解する努力って、必要だと思うんだよ」

「むぅ? 無駄なのにか?」

「無駄かどうかはやってみなきゃ分かんないよ。ほら、アンタが何をしにここに来たのか教えてよ」


 わたしはそう言って、カグヤの無機質な目をじっと見つめた。


「わたしはカグヤの表現方法でそれを教えて欲しいんだ」


 と、自分の気持ちを吐露する。


「・・・」


 一瞬、カグヤは黙った。


「分かったぞ。教えよう。待っておれ・・・てい!」


 彼女が叫んだ瞬間。


「―――!?」


 一瞬。一秒もしないその刹那に、頭にとんでもない量の情報が流れ込んできた。

 そしてそれは98%が理解できない、気持ちの悪い映像だった。七色のテレビ画面の砂嵐が立体になって、そこに謎の音まで加わって、それが頭の中にざらっとした感覚と共に流れ込んでくる感じ。


「・・・今のが、カグヤの・・・」


 言葉が上手く口から出てこない。頭が容量オーバーでパンクしそうだ。


「どうしたハルカ? ワタシたちの目的を教えて・・・」


 カグヤの言葉が、音がよく聞こえない。

 ヤバイ、地雷踏んだっぽい。

 わたしは気を失わないようにするので精いっぱいだった。


 このまま、頭がおかしくなって意識が飛びそうだ。そしたらもう元には戻らないかもしれない。

 そんな覚悟をした、その時。


「んちゅっ・・・」


 舌に、つるりとした柔らかい感覚がした。何かの味、違う。何かが流れ込んでくる。そして、わたしの中に入っていた邪魔なものが吸い取られていく。


「じゅるり」


 唾液を一気に吸われた感覚と共に、意識が体に戻り。


「んぱっ・・・」


 カグヤの唇がわたしの唇から離れ、白い糸を引いた瞬間に、わたしは元の自分を取り戻していた。


「すまない。どうやらコレは毒みたいだったナ」

「あはは、そう、みたいだね」


 苦しい笑いを浮かべる。

 ああ、今、カグヤとディープキスしてたんだ。そんな煩悩まみれの情報だけが頭の中に残って、それを考えると少しだけ胸がきゅんとする。


「なんともないか?」

「うん。カグヤがすぐに取り出してくれたおかげで・・・」


 なんとか、立ち上がれた。


「だが、ワタシもニンゲンのコミュニケート方法を1つ、覚えたゾ」

「え? なに?」


 もしかしたらこれは、"宇宙人"と"地球人"の邂逅。その初事例になるかもしれない。

 そうなればわたしは七次元まで名前が轟く、人類の代表に・・・


「セックス!」

「・・・え?」


 今、なんと?


「早速ハルカとセックスするゾ。もしかしたら子孫も残せるかもシレン」

「え、ええ!?」

「ハルカはカグヤとの間に子供が出来るのはイヤか?」

「べ、別にイヤじゃねーし! でも、聞きたいことが・・・」


 最後の方、ごにょごにょと尻切れトンボのように小さくなってしまったが、これだけは確認しておきたい。


「・・・妊娠するのは、どっちなの?」


 顔から火が出るような思いでそう問いかけると、カグヤはその無表情を初めて崩し、にっこりと笑いながら。

みんなが避ける中でぱちくり見ているあなたがいたから

(エリオをかまってちゃん/『Os-宇宙人』の一節より引用)

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