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人生効率厨(イージーモード)

 気づけば人生、どうしたら効率良く生きられるのかという事を考えるようになっていた。


 周りから聞こえてくるのは世知辛い世の中、生きにくい人生、こんなはずじゃなかった、もう1回人生をやり直せるならこんな生き方はしないという趣旨のものばかり。

 ・・・わたしはそうはなりたくない。だったらどうするのが最善なのか。


 答えは存外簡単に出た。効率の良い生き方をすればいい。

 1に効率2に効率、3・4が効率、5に損得。そう考えれば何をすれば効率がいいのか、その道が見えてくる。


 とにかく自分に損になることはしない。同時に大きなデメリットが伴うメリットも捨てる。

 すべてはローリスク・ローリターンの為。そうやって生きていけば自分の人生に後悔することも、進みづらい道を歩むこともない。


 そんな味気のない人生を送ってきたわたしも、高校生になった。


(地元じゃそこそこの県立高校か・・・)


 効率を考えて勉強していったらこの高校にたどり着いた。ここ自体は毒にも薬にもならない学力レベルの位置。

 だけど、それでいい。

 わたしは勉強漬けで一流大学に入るつもりも、部活で全国大会へ進むつもりもない。

 ただ、この「高校3年間」を通り過ぎられればそれでいいのだ。

 そうやって人生を消化していけば、少なくとも下らない結果や後悔をすることもないのだから。


「風野さん、あの子の事どう思う?」

「別に何とも思ってないよ。みんなと居るのが楽しいから」

「やっぱそうだよね。あいつ最近さぁ・・・」


 人間関係でモメるとか本当に勘弁蒙りたい。

 自分の意見なんて出さない。とはいえ誰にでも良い顔をしてはいけない。損得で笑顔と侮蔑の切り替えを行う。そしてそれが絶対にバレることが無いように。


「好きな人とか居ないの?」

「別の高校に行っちゃってさ、最近連絡取れて無くて、わたしよりかわいい子見つけたのかな」

「既読無視状態なの?」

「あ、バレた?」


 なんて言って、笑う。自分の嘘を。


 何が好きな人だ。そんなもん居るわけないでしょ。

 人間関係の中で1番危険なのが恋愛絡み。そんなものに飛び込むなんて馬鹿がやることだ。

 嘘をつき、架空の人物について話して、自分を少し卑下して笑う。

 こうやっていればわたしに悪い感情を持つ人が少なくて済む。その方が、効率が良い。


「かがみちゃんって、ウソ上手だよね」


 だから高校で新しく知り合った仲が良くもないクラスメイトにある日突然こんな事を言われても、深くは考えなかった。


「ウソって?」

「うーん。なんていうかな。嘘の盾で自分を守ってるって言うか」


 面白い事を言う、と思った。

 確かに的を射ている。わたしの嘘にはトゲ・・・攻撃性が無い。自分以外には利が無いウソ。攻撃力0で防御力の高いウソだ。


「頭が良いんだね。わたしは難しいこと、分からないから」


 だから、彼女・・・確か大橋さんと言ったかな、には近づかない方が良い。

 この子と深い仲になることはデメリットが大きいと判断したからだ。下手したらわたしの思考を読まれてしまう可能性がある。そうなったら学校での効率はとてつもなく悪くなる。


「分からないんじゃなくて、考えないようにしてるんじゃないの?」

「そんな事ないよ」


 言って、もう部活だからと教室を出る。

 あの手の人間はどこにでも居る。人の心の扉をピッキングしようとするおせっかい人間。

 なんて効率の悪い人。わたしみたいな鉄格子の家より、扉を開けっ放しにしている家を相手にする方が何倍も効率が良いのに。


「風野さん」

「かざのーん」

「かがみちゃん」


 だけど大橋さん・・・可憐はいつまで経っても諦めてくれなかった。

 いつもいつも、わたしにまとわりついてくる。だけど、それを邪険に扱えなかった。わたしはそういうキャラじゃない。この学校に通っている風見かがみに、それは求められていない。みんなはそれをわたしだと認めてくれない。だから、クラスメイトの求めるかがみを演じ、効率のいい生き方をしていたらこの子とはつかず離れず、なあなあに付き合っていくしかなかった。

 お互いを下の名前で呼ぶくらいには、仲が良いようにやっていくのが、最善。


 気づけばわたしは3年生になっていた。

 文字通り、消化した3年間。進路も大体は決まってきた。


 過ぎ去った時間に後悔はない。思い入れも無いので戻りたいとも思わない。

 効率よく、効率よく。イージーモードで進行していくゲーム。人生イージーモードで何が悪い。それで損するのも得するのもわたし。

 イージーモードなんだからもちろん経験値、喜びや楽しさは半減していると思う。でも、わたしはその生き方が1番効率が良いって判断したんだ。

 何かに死に物狂いで本気になるやり方、そんなの嫌だ。怖い。理解できない。わたしにはそんな生き方は出来ない。やらないんじゃない、出来ないんだ。


 だから、これでいい。わたしは何も間違ったことはしていない。


「あたし、かがみのこと好きだよ」


 ある冬の日。一緒に勉強するために可憐の部屋へ行ったとき、彼女はそんな事を言った。


「いまさら?」


 わたしはそれを笑い飛ばした。好きって、嫌いな奴を部屋になんか入れないでしょ。


「ううん、違う。初めてだよ、このことを話すの」

「えっと。どういうこと?」


 可憐は英語の問題を考えながらシャーペンで自らの頭をこんこんと小突き。


「かがみ、全然気づいてくれないんだもん。普通の友達同士、2人きりでクリスマス過ごしたり、旅行する?」

「するんじゃ・・・ないの?」


 少なくともこの2年間は可憐とそういう風に付き合ってきた。


「行かないよ。そういうのはね、友達じゃなくて恋人とすることなの」

「へ、へえ」


 なんとなく彼女の言わんとしていることが分かってきた。

 まずい。話を変えなきゃ。


「あ、あの! わたしちょっとお母さんに用事があって電話」

「待ってよ」


 立ち上がろうとしたら、腕を掴まれた。


「一言、聞かせて。かがみはあたしの事、好き?」

「す、好きだよ」

「ウソ。じゃあ今、ここであたしがかがみを押し倒してムチャクチャやっても良いの?」


 可憐はこちらを見つめて視線を逸らさない。その瞳に吸い込まれそうになった。

 その寸で、わたしは自我を取り戻す。ダメだ、この誘いに乗っちゃ。

 人生イージーモード。

 ここで可憐を肯定したら、わたしのゲーム難易度はハードに跳ね上がる。


「い、良いわけないよ。わたし、友達としての可憐は好きだけど、その。恋、とか。そういう関係はごめん無理。そういうのじゃないし・・・」


 ハッキリ拒絶した。これで、大丈夫。


 そう考えたのが、わたしの敗因だった。


 がたん。

 強引に腕を引っ張られたと思ったら、わたしは仰向けに倒れていて。

 その上に、馬乗りになっているのは可憐だった。


「可憐・・・?」

「ウソ、だよね。かがみはいつもウソをつくから。ね、ウソだよね」

「ウソじゃない。わたしは、可憐のこと友達として」


 その瞬間。頬を掴まれて、無理矢理キスをされた。

 わたしは何もできなくて、入ってきた可憐の舌がわたしの舌に絡むたびに頭に麻酔が打たれたような感覚に襲われた。


「ぷはっ」


 互いの口が離れる。


「な、何するの! やめてよ! わ、わたし・・・っ」


 初めてだったのに。

 言おうとして、やめた。言ったらそれが真実になってしまいそうだったから。


「ねえ。今のファーストキスだよね」

「ち、違う。違うもん、初めてなんかじゃ、ない・・・」


 そう言わないとやってられなかった。


「へえ。じゃあかがみは男の人とやったこともあるんだよね?」


 どっち? これはどっちと答えるべきなんだろう。


 必死に頭をまわすけれど、答えが浮かんでこない。

 今までこんな展開は想定していなかった。

 そりゃあそうだ。誰が、ある日突然1番の友人に襲われると思うだろう。


「あ、ある。あるよ」


 わたしの答えはそれだった。


「何回もあるし、こんな事しても無駄だよ。何にもならない。こ、これ以上やるといくら可憐でも警察に通報するからねっ」


 声は震え、上ずっている。


「いいよ、別に。警察に言って、どうするの?」

「ええ?」

「丸く収まると思う? それで」


 身体の芯が冷たくなったのが分かった。


「あたしは認めないよ。自作自演だって訴えてやる。泥沼の法廷闘争だよ。裁判・・・、今、そんな事してる時期かな。これから受験もあるのにさ」


 可憐の瞳にいつもの光が無い。真っ暗な目。


「クラスのみんなも、あたしとかがみの事、どう思うだろうね」


 ・・・ダメだ。考えれば考えるほど、人生が難しくなっていく。

 効率が、悪くなっていく。


「かがみはウソばっかりついてきたから、誰もかがみのこと信じてくれないよ。今までいろんな友達と深く付き合ってきたあたしと、ウソつきオオカミ少女のかがみ。どっちが有利かな?」

「や、やめて。やめて可憐。なんでもするから・・・」

「なんでもするなら、あたしを止めないでよ」


 かがみはわたしの制服、その胸元に手をかけ。


「いやっ、やめて!」

「嫌だ。かがみにあたしを刻んであげる。あたしがかがみの人生に居たしるしを・・・」


 ゆっくりと一つ一つ、胸元を開けられて。

 全て剥ぎ取られた。





 起きると朝だった。随分、懐かしい夢を見ていた気がする。


「かがみー、起きて起きて。あ、服着なよー」


 今日の朝はパンか。部屋中が香ばしい良いにおいでいっぱいになっていた。


「昨日、そのまま寝ちゃったんだ」


 ぼんやりと思い出す、昨日のこと。

 ・・・冬なのに熱い夜でした。


「げーっ! 遅刻する! あ、お皿ふやかしといてね、あたし今日は夜遅くて・・・ああ、あとでメールするから!」

「うん、いってらっしゃい。いってらっしゃいのチューは?」

「時間が無いの! キスなら昨日散々したでしょ!」


 わたしは玄関から出ていく可憐に手を振った。

 出勤していくかがみを見ていると、働くのは大変だなあと思う。朝は早いし、夜は遅いし。


 それを考えると可憐のヒモ、もとい未婚同棲している嫁としては頭が下がる。


「さて、ご飯食べよ」


 人生イージーモード。

 ゲーム内容は、随分変わっちゃったけどね。

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