特攻淑女?
ノーと言えない日本人、なんて言葉があるけれど、わたしはその典型だ。
思えばどうしてあの時、『わたしなんかに生徒会役員なんて無理です』の一言が言えなかったんだろう。この超お嬢様女子高の生徒会なんて、その中でも特に優秀な人達が集まる場だと言うのに。
右を見ても左を見ても、みんな綺麗で気品のある人ばかり。
(わたしなんて合格ラインギリギリの"劣等生"。やめられるもんなら今すぐにやめたい・・・)
そんな事を考えながら、黙々と与えられた仕事をこなしていた。
部活の予算案を数値化してパソコンのソフトに打ち込み、その部の功績と前年比とが見合うかどうかを精査する。
(昔から計算だけは得意だったし)
なんとかなるはず。
そんな事を考えながらキーボードを打っていると。
「あ、あの。閣下・・・いえ、会長。こちらのエクセル?とは、どこをどう操作すればヨロシイ、のであ、でしょうか?」
―――また、宮森さんだ。
同じクラスで、席替えの時に近しい席になったんだけど、この子はちょっとおかしい。
なんか勉強が苦手というか、全然出来ないように見える。
(わたしが言うのもアレだけど、よく受験合格できたなあ)
ただ、体育の授業では他の子をぶっちぎってどう考えても全国レベルの成績を残しているのだ。
具体的に言うと陸上100メートルを11秒台で走ってしまう。
(この学校、スポーツ特待生制度は無いはずだけど)
それに、そういう特技があるならこの高校へ来なくてもスポーツで有名な高校に進学すればよかったはずなのに。
・・・なんか、よくわかんない子だなあ。
見とれるような腰まで伸びた銀髪含め、黙って立ってればただの超美少女なのに。
「ここはこれをこの数字に当てはめて、ここをクリック・・・」
「なるほど。理解いたしました。この配列パターンの応用ですか。じぶ・・・ワタクシも以前、同じようなものを扱っておりまして、例えばこれは」
宮森さんはそこまで言うと、固まってしまっている会長の様子を見たのか。
「あ、ありがとうございました・・・」
そう言って、黙ってしまったものだから。
わたしがフォローに回るしかなくなってしまった。
「宮森さんって、エクセル苦手なんですか?」
隣でばちばちとキーボードを打っている彼女に、ひそひそと話しかける。
「このようなソフトを扱うのが初めて、でありまして。ワタクシ以前は海外を転々としていましたもので」
「それじゃあ、日本語も覚えたてなんですか?」
「はい。特にこの学校で使われているような口調はなかなか慣れぬ・・・ませんでして」
"日本語覚えたての割りにはイントネーションはちゃんとしてる"、という疑問はとりあえず置いておくことにした。
「海外というと、どちらに?」
「えと・・・。UAE、とか」
やっぱり、"この子なんかおかしい"。
この違和感が、ただの気のせいだと良かったんだけど。
「内田さん、聞きまして?」
「どのような事を、でしょうか」
移動教室の途中で、普段あまり親交もないクラスメイトに突然話しかけられた。
「これはあくまでただの噂、なのですけれど」
彼女はそう前置きした上で。
「今年の1年生の中に『不審者』が居る、という話をご存じかしら?」
◆
「この学校に1人"男"が居る?」
端末の電話口で、思わず語気を強めてしまった。
いけない。
誰かに聞かれてはいないだろうか。
『どうやら向こうから仕掛けてきやがりましたね』
端末から聞こえてくる甲高い声は、いささか普段より言葉尻に余裕が無かった。
「自ら真実を流布することで、場をかく乱する作戦か。なるほど有効な精神攻撃ではあるな。特にこの国の学生というのは噂の類を好む傾向がある」
1か月間、この高校で生活してきて学んだことの1つだ。
『ホシは余程、バレないという確信めいたものがあると思います。いや、というより・・・』
「なんだ?」
『今の名前・・・ええと、宮森香菜。てめぇが1番に疑われるって、向こうはそう確信したからそんな真似をしたんですよ』
「!?」
いや、冷静になれ。
このようなケースで最も憂慮すべきは錯乱することだ。
「待て。私は確かに諜報員をやってはいるが、れっきとした女だ」
『んなこたぁ三つ子の頃から一緒に居るワタシが1番よく知ってるですよ。問題はてめぇの生活態度。お前がその国のお嬢様学校で諜報なんざ、無理に決まってるのです』
「どういうことだ。要点をまとめろ」
『ああ脳筋はこれだから。じゃあ一言で言いましょうか。もうすぐお前の部屋に風紀委員やら教員やらが乗り込んでくるでしょう。ホシは、その混乱に乗じて何かを起こす気ですよ。さあどうです、猿でも理解で』
本当に猿でもわかる解説を披露した彼女からの通信を、一方的に切る。
(すまん。どうやら、手遅れだったようだ)
この部屋をどんどんと叩く音、そして無数の女性の声が聞こえる。
・・・最悪の事態になってしまった。
「この手はあまり使いたくは無かったが」
非常時だ。
もはや私に手段を選んでいる余裕は無かった。
◆
「あの、何かあったのですか?」
もう日付が変わろうかと言う時間なのに、部屋の外が何やら騒がしい。
こんな事は入学して以来初めてだ。
もしかして、火事・・・とか、かもしれない。
わたしは事態を確認しようと、部屋から顔を出し、部屋の外をちょうど歩いていた、比較的仲の良いクラスメイトを捕まえ、尋ねてみる。
「例の『不審者』が現れたので、生徒は2人以上で非常通路から講堂へ逃げるように、と」
「あの噂、本当だったんですか?」
てっきり、タチの悪いデマだと思い込んでいた。
「とにかく指示に従いましょう。非常通路はこちらですわ」
「は、はい」
小学校の時に避難訓練というものを受けたことはあったけど、あの時はまさか本当に自分がこんな事に巻き込まれるとは思いもしなかった。
訓練、もうちょっと真面目に受けておくんだった。
「こちらですわ」
彼女・・・『仲野さん』に手を引っ張られながら学生寮の角へと、走らない程度のスピードで急ぐ。
ここは寮の最上階。
この目の前にある緑色に発光した誘導灯の下にあるドア、ここを開ければ屋外の非常用階段へと出られるはず。
はずなのに・・・。
仲野さんは、わたしとその扉の間に立ち、こちらにくるりと向き直った。
「さ、ここなら誰も来ませんわ」
「え・・・?」
それがあまりに予想外過ぎて、わたしはろくに返事もできなかった。
「ねえ内田さん、あなたって本当にかわいいですわね」
「な、なに言ってるの?」
これってもしかして・・・。
そんな事を考える暇もなく、仲野さんはわたしを壁際に追い込み、逃げられないように壁へ腕をついてわたしの自由を奪った。
「入学式で見た時からずっと、ずっと思ってましたの。ああ、食べちゃいたいって」
「待ってよ、待って!何かの冗談でしょ!?」
「冗談でこんな事すると思って?さ、ここならしばらく誰も来ないでしょう。楽しい夜になりそうですわね」
怖い。
怖い怖い怖い。
たぶん、今わたしが思い描いている事と大差ないことを、これからされる。
怖くて怖くて、わたしの身体は足先までぴくりとも動かなくなっていた。
―――助けて。誰か、助けて・・・。
「ふふ・・・」
彼女・・・いや、"彼"はその恍惚の表情を見せ、わたしの顔に顔を近づけようとした。
その寸前で。
彼は真横から来た衝撃によって吹き飛び、非常口の固いドアに頭から突っ込んでいた。
「へ、へええ・・・っ?」
"意味が、分からない"。
理解が追いつかなかった。
だけど、次の瞬間。
「暴漢の無力化を確認。護衛対象に異常なし」
目の前で思い切り脚を振り上げ、蹴りのカタをとっている宮森さんの姿を見て、ようやく状況を理解した。
「み、宮森さん・・・?」
「大丈夫、で、ありますですか?何かされたりっ、しませんでしたでしょうか?」
たどたどしい丁寧語(?)で、彼女はわたしの肩を掴み、何度も無事を確認する。
「う、うん。なんとか、何もされなかったよ。それより宮森さん・・・」
「ご、ごめんあそばせ。このような実力行使はワタクシの本意ではなかったのです、が。ご学友に、ええと・・・何かあったらと思うと、いやそれに今のは正当防衛と言いますですか、まさか内田さんがターゲットだったとは気づきませんで、貴女に何かあったらと思うと、その」
そんな宮森さんの様子を見て、思わずふき出さずにはいられなかった。
「ふふっ。宮森さん、お嬢様言葉へた過ぎ」
笑いながら、そう言う。
安心した。本当に、本当に嬉しかった。助けに来てくれて。
気づくとわたしは完全に、宮森さんの美麗さに、見惚れていた。
だから。
「貴女自身の言葉で、言ってほしい」
そう笑いかけると、彼女は今まで見せたことが無いような真面目な顔にして、眉間にしわを寄せると。
「・・・ムチャクチャ、腹が立った」
吐き捨てるように言った。
ああ、そうか。
きっとこれが、この女の子の本当の表情なんだな―――。
素直にそう思うことが出来たのは、彼女の生真面目さがあまりにストレートすぎたからだろうか。
それとも。
「どうした内田?何がそんなにおかしい?」
彼女が、パンツだけの、ほぼ全裸の姿だったからだろうか。
―――ああ、わたしより胸、大きいのね。