それでも世界はむずかしい
教室4分の1ほどの小さな部屋で、2人きり。
放課後の雑踏が遠く聞こえ、夕日が差す室内はのんびりとした空気で溢れていた。
「リオ、良い機会なので言っておきたいことがあるんですが」
「ん~? なに~?」
部屋の雰囲気に負けないくらい間延びした返事が来る。テーブルを挟んで正面に座っている少女は、今もゆっくりと湯呑をすすっていた。
「なに、じゃありませんよ」
だけど今日という今日は言っておかなければならない。
「いつになったら最初の参加者と戦うんですか!」
私はバン、と両手でテーブルを叩きつける。
「まあまあ。おせんべ食べる?」
「食べません!」
煎餅の袋を持ち上げてこちらに見せたかと思いきや、袋を触って食べたくなったのか煎餅を一つ取り出して一口食べ始めてしまう。
お分かりいただけただろうか。そう、この人と私は。
(致命的に会話が食い合わない・・・)
言葉のキャッチボールをしようにも、彼女はグローブを付けていないどころか起き上がってもくれないのだ。
リオは学校内でもかなりの有名人。それもあまり良い方向の有名になり方ではなく、屈指の『不思議ちゃん』として。物珍しさに、未だに他のクラスから我が教室まで見物客が来るほどだ。
だけど、私だって今までただ彼女に引っ張りまわされてきたわけじゃない。
(今日こそは、彼女を私のペースに持ち込んでみせる―――)
私は一つ、咳払いをして。
「リオ。実は私に先日、とある物が届きまして」
「へー。クリスマスプレゼントぉ?」
ガン無視する。ここで何か言ったら彼女のペースに巻き込まれてしまうから。
「これを見てください」
私のスマホに届いたメールを見せる。
「"今週末までに参加者を1人、倒せなければ参加者としての資格をはく奪する"・・・」
読んでる。ちゃんと読んでくれてる。
実はこのメールは狂言・・・、私が書いたものを別のメールサービスから私のメールアドレスへ送信しただけ。
確かに主を騙してやましい気持ちがないかと言えば嘘になる。でも、この人にはこれくらいの荒療治が必要なんだ。
「参加者でなくなると言うことは、私はもう人間界には居られなくなるんですよ」
「そうなの?」
「そうです!」
これでどうだ。
リオは決して薄情な人間ではない。そして、この工作が見破れるほど勘が鋭くもない!
「困ったなあ。今日はこれから行かなくちゃいけないところがあるのに・・・」
「え?」
初耳。まったく知らない事実だった。
「な、なんですかそれは?」
「実はねぇ。これ貰っちゃって」
彼女は鞄を持ち上げると、それを逆さにして鞄の中身を全てテーブルにぶちまける。
「あれ、どこだっけ?」
・・・にも関わらず、目的のものが無かったようで。
「どんなものなんですか?」
「えっとね、これくらいの白い封筒で・・・」
リオは胸の前で必死にその封筒の長さを表現しようとしているのだが。
(円形の・・・封筒・・・?)
どちらのパターンか考える。
その一、リオは四角形の封筒を丸だと思い込んでいる。その二、実は封筒ではなく何かしらの丸いものを貰った。
「どれですか? ノートに挟まってないですか?」
片っ端からリオの持ち物を隅から隅まで調べまくる。こうなるともう、どれだけ根気があるかの勝負になってくるのは分かっていた。分かっていたが。
「あ、ごめん手紙じゃなくてメールだった」
・・・さすがに予想の斜め上過ぎた。
「リオ・・・!」
「ごめんね、後で埋め合わせはするから」
「いいからそれを見せてくださいっ」
私は彼女からスマホを無理矢理奪い取った。そこには確かにメールが表示されている。
よかった。ホントはネット記事を見ただけ、という可能性も覚悟していただけに嬉しい。
「送信先・・・これは、ユーコですか?」
「うん。そだよー」
リオはそう言って急須からお茶を汲み、湯呑を持ち上げる。私はそれを無視してメールを読んだ。
「"好きです。付き合ってください。OKなら放課後、体育館裏に"・・・」
そこまで言って、私の頭から煙が出た。
「な、なんですかこれは!!」
思わず大きな声で叫んでしまう。
「愛の告白かなぁ?」
なんでそれは分かるんだ!
「へ、返事は・・・」
そこまで言って、言葉に詰まる。
良いのか、その先を聞いてしまって。もし、リオが「Yes」の返事をしてしまったら。
私は、それを受け止められることが出来るだろうか。
「?」
リオは不思議そうな顔をして立ち上がった私を見上げてきた。
「こ、これは罠です!!」
気づくとそんな言葉が口から出てくる。
「ユーコは参加者、これはリオを貶めるための罠です!」
「そうかなあ?」
「そうです! 思えばあの女はおかしかった。いつもリオにべたべたしてたのも全て演出! いつも一緒に行動していたのはリオを監視するためだったんです!」
「考え過ぎだと思うけど・・・」
「あなたが考えなさすぎなんですよ!」
ユーコはこれでリオをはめたつもりなんだろうが、そうは問屋が卸さない。
私はリオの守護者・・・。絶対に彼女を守ってみせる。
「いきましょう、体育館裏に・・・」
そう言ってリオを囃し立てようとしたが。
「あ、もしもし悠子?」
とんでもない事をしていたリオから、スマホを取り上げる。
「何やってるんですかあなたは!」
「罠かなって、直接聞こうと・・・」
「それはダメです!!」
まったく。そんな事をしたら真偽のほどが知られてしまう。それでは私が困る。リオは私の・・・。
(あれ)
そこまで考えて、思考を一時停止させる。
(なんか、当初の目的から逸れてきたような・・・)
◆
「悠子、ごめんね遅れた」
告白の場にはリオ1人で行かせることにした。向こうが1人で来ている以上、私が一緒に行くべきではないと判断したからだ。
もちろんリオに危険が無いよう、体育館の外壁に姿を隠しながら監視はしている。
(結局、また空回り・・・)
いつもそうだ。
私ばっかり本気になって、リオのペースに巻き込まれる。
リオに悪気はない。そんな事分かっているつもりだ。でも、それでも。
(ちゃんと話くらい、したい・・・)
結局リオは、自分の面倒を見てくれる人なら誰でもいいんじゃないか。
たとえ私が彼女を守らなくても、ユーコがリオを守ってくれる。
そもそも私が人間界に来たのも、数か月前の話。それまで彼女は、やっぱり他の誰かに頼って生きてきたんだろう。
その役割が、たまたま私のところにまわってきただけで・・・。
(そもそも、こんな事を考える意味があるのか・・・)
どんどん気分が落ち込んできた、その時。
「ごめんなさい! わたしは悠子とは付き合えません!」
今まで聞いたことの無いほど大きな音量の、リオの声が聞こえてきた。
「・・・に、好きな人が居て、それで、ごめん」
こんなことに精霊の能力を使うべきじゃない。でも、それでも。
気づくと私は、息をひそめて耳を澄ましていた。
「放っておけないんだもん。いっつも落ち着きがなくて、いそいそしてるし、あと、なんかいろいろ考えこんじゃって、考え過ぎなのがよくないっていうか、うーん」
黙って、リオの言葉に耳を傾ける。
「あの子には、わたしが着いてなきゃって、そう思ってたらなんかね・・・好きになっちゃった」
その瞬間、自分の心臓が跳ねたのが分かった。
「どうしてだろ、今までずっと・・・こんな風に感じたことなかったのに」
ああ、そうか。なんで気づかなかったんだろう。
リオとは何から何まで正反対だと思っていた。
正反対の位置に居るから、彼女は私の事なんて理解してくれていないんだと。
「ううん。全然。これからも良い友達で居ようねぇ。あ、急に話しかけないようになるとかイヤだよー」
それは些細な誤解。だけど、あのままでは埋まらない大きな溝になるところだった。
(言葉にしなければ、伝わらない)
人間だろうと、精霊だろうと、それは一緒だ。
恥ずかしいし、リオにこの話をするのには相当な時間を要するだろう。
でも、どれだけ時間がかかったとしても。ちゃんと話せば、私の真意は伝わるはずだ。
だって。
(今、こうして。私がリオの気持ちを理解できている)
それが何よりもの証明だ。
「結局断っちゃったぁ」
戻ってきたリオは、そんなことをあっけらかんと言ういつものリオに戻っていた。
学校からの帰り道。すっかり冬になり、まだ夕方の5時過ぎだというのに辺りは真っ暗だ。
私はリオの手をしっかりと繋いで夜道を2人で歩いていた。
(手を放したら、転んでしまいそう)
そんな単純な理由。でも、大切な理由。
「あ、結局あれはいいの?」
「あれ?」
何のことか分からず、首をかしげる。
「あれと言えばあれだよ。あの、えと・・・週末までに何とかしなきゃダメ!ってヤツ!!」
リオは繋いでいた手を挙げ、万歳をするようなジェスチャーを取る。
ジェスチャーの意味はまるで分からなかったが。
「それなら、大丈夫になりました」
「え? そなの?」
―――こんな嘘を、リオは信じてしまう。
「リオがコクられてる間に、私が1人、倒しておきました」
「さすがわたしの精霊! 褒めて遣わす~」
「もうっ、何様のつもりですか」
急な上からの態度に、自然と笑みがこぼれた。
―――だから、これからもずっと、私が着いていてあげなきゃ。
(ま、ホントは、)
隣に居るリオに目を移す。
(私がこの人に首ったけなだけなんですよね)




