やさしい人形の使い方
小さな国があった。
資源に恵まれなかったその国は、技術を磨くことで己が価値を見出していた。
しかし、国力で圧倒的に劣るその国を巡って大国が戦争を始めるのにそう時間はかからなかった。
わたしが生まれたのは、そんな小さな国の王都。
「少尉は王都から出られるのは初めてですか?」
「あ、はい」
「王都は我々辺境の住民にとっては憧れの土地です。この辺りの村はひどかったでしょう」
「い、いえ。そんな事は・・・」
嘘が苦手な方だ、と笑われてしまった。
「こちらです」
通されたのは格納庫だった。暗く、1m先も見ることができない。
「ここに我が軍が開発した新型兵器があるんですよね?」
目を凝らしながら、ここまで案内してくれた技術士官を呼ぶ。
その直後、暗闇に光が差した。視界が開けていく。
「えっ・・・」
そこにあったのは、まだ成人もしていないような、それこそ自分と同じ年齢ほどの少女たちだった。
普通の人間と違うところがあるとすれば、全員が全員、彼女たちのか細い腕にまったく相応しくない、最新魔導兵器を所持している。
「な、なんですか、この子たち・・・っ」
異様な光景に、吐き気がしてきた。
「彼女たちは人形です」
「人形・・・?」
「地方のとある街に大犯罪者が居まして。その者は彼女たちのような未成年の女性をただ嬲り殺していたそうです。何十人、何百人と」
なにそれ。そんな話、聞いたことが無い。
「でしょうな。王都にそんな噂は絶対に流れない。ですが、事実です」
「それと、この女の子たちに何の繋がりがあるんですか!?」
「この人形は殺された彼女たちの死体を利用して作ったものです。頭に生体CPUを埋め込み、全身の強度とパワーを最大まで強化、その他皮膚を防腐、再生させ機械化した決戦兵器・・・」
その言葉を聞いて、わたしは彼につかみかかった。
「死体を使って兵器を作った・・・!? そんなことが許されると思ってるんですか!」
「我が国に綺麗ごとを言っていられる余裕は最早ないのです!」
だけど、すぐに跳ね飛ばされて。
「もう国境線には白の国が大部隊を展開させている。連中の侵入を許したら、今度は黒の国が黙っていない。そうなればこの国はおしまいです!」
「だからって!」
「生きている国民を守るために死んだ者を利用するだけです。効率の良い運用方法でしょう!」
わたしはここで、遂にキレた。
「命をなんだと思ってるんですか!!」
彼につかみかかろうとした、その瞬間。
わたしの頭の横を弾丸がかすった。
見ると、女の子のうちの1人が、構えた銃口をこちらに向けている。
恐怖のあまり尻もちをつくと、技術士官がわたしを見下げる。
「あなたの役目はこの人形のうち、3割を王都に持ち帰る事だ。さっさと手続きを済ましておかえりいただこう」
わたしは何も言い返せなかった。
恐らくこれ以上暴れたら、あの子に殺される。その予感は外れないと言う自信があった。
「・・・選定に時間をいただきます。明日の夜明けまでには済ませますので」
彼を追い返し、何百人という人形と向かい合う。
(何が決戦兵器よ。こんなの、生物兵器以外の何物でもない)
一度死んだその亡骸に、機械を埋め込んで動かしているなんて、そんなことが国外にバレたら確実にこの国は潰される。
でも、彼が言うにはそれをしなくてもこの国はそのうち白の国と黒の国に吸収されるという。
どうせ死ぬなら最後の抵抗に、という考えなんだろうけど。
「この子達が、可哀想すぎる・・・」
彼女たちの一覧表が映っているタブレット端末に、大粒の涙が落ちた。
「ようやく土に還られるって安心しただろうに。無理矢理動かされて、戦わせられるなんて・・・」
死んだ時だって恐怖と痛みの中、命を失ったはず。
それをもう1回動かそうなんて、こんなの絶対間違っている。こんなのが正しいわけがない。
わたしが泣きじゃくっていたその時。背中に何かが当たった。
冷たい。冷たいのに、柔らかい。その何かが、わたしの背中をさすり始めた。
「えっ・・・」
恐る恐る振り返る。そこに居たのは。
「だい、じょう・・・ぶ、ですか?」
何百人と居る『人形』の女の子、その中の1人だった。
「どうして・・・?」
「どうして、と、は?」
「どうしてわたしの背中をさすってくれるの?」
「じょうかん、のメンタルケア、は、ワタシのヤクメ、ですから・・・」
たどたどしい口調だ。
でも、確かにこの子は喋っている。1度死んで、機械の脳が詰め込んであるだけの彼女が。
「大丈夫よ。ありがとう」
無理矢理な笑顔を作って精一杯の強がりを言う。
「ウソ、ですね」
「えっ・・・」
「すうち、が、異常を示しています。今のは、ウソ、です。ちがい、ますか?」
わたしは顔を横に振った。確かに、今のは100%嘘だった。それは当たっている。
問題は、どうしてそれが分かったか、だ。
「ワタシは、メンタルケア担当。ニンゲンの、気持ちを、正確にくみ取れるよう、作られ、ていますから」
驚いた。人工知能の技術がここまで進んでいたなんて。
他の子たちも、ちゃんと話をすれば普通の人間のように答えてくれるのだろうか。そんなことが頭を過ぎったが。
「ありがとう。わたしは選定の作業に戻るから、貴女もゆっくり休んでいて」
「それは、メイレイ、ですか?」
「ううん。提案だよ」
とにかく今はわたしに課せられた役目を行おう。あの彼の言うことが本当なら、一刻でも早く王都に戻らなければならない。
「少尉、どの、の、メンタルに異常を、検知。疲れていません、か?」
「え、ああ。そういえば」
ここには馬車で来たし、こんな夜更けなのに明日の明朝にはここを出なければならない。疲れていないと言えば嘘になる。
「疲れ、とりたい、ですか?」
「そりゃ取れるなら取りたいけど、わたし今日は眠れそうにないの。ごめんね」
選定の作業に戻ろうとした瞬間。
「失礼、します」
「―――!?」
彼女はわたしの唇に唇をつけると、そのまま舌を入れてきた。
あまりの事に絶句してしまい、何も出来ない。
だけど、彼女が舌を入れたのは一瞬。すぐに唇を離し、顔色一つ変えないでこちらを見上げていた。
「な、な、な、ナニスンノ!?」
思わずわたしが彼女のような喋り方になってしまう。
「疲労回復プログラム、を、口内に生成し、それを、少尉どの、に、移しました」
「なんでいきなりキスなんて・・・って、ええ!?」
彼女の落ち着いた声も相まってか、急速に頭の中が冷静になっていくのが分かった。今の今まで重かった瞼が急に軽く感じるようになり、なんだか視界がクリアに見える。
「これ、貴女が?」
「メンタルケア、を、実行しました」
嘘でしょ。これほど高度な質のメンタルケアは投薬では不可能なレベルだ。
(この子・・・)
正直、人間に魔導兵器を移植して機械の脳でコントロールするなんて絶対に不可能だと思っていた。だけど、こうも彼女の有能性を見せつけられると、信じざるを得なくなる。
「ありがとう。おかげでとってもいい気分よ。あなた、優しいのね」
「やさし、い・・・?」
女の子の頭をなでると、訳が分からないと言ったように小首を傾げる。
「やさしいって、ナンデスカ?」
「また今度教えてあげる」
そう言ってほほ笑む。
正直な事を言うと、優しいを優しい以外の表現方法でなんと言うか分からなかったから、お茶を濁したのだ。今度、辞書を引いておこう。
彼女に疲れを取ってもらったからか、それからの作業の捗ること捗ること。
作業はすぐに終わり、日の出と共に基地を出る。
(・・・また今度教えてあげる、だって)
我ながら白々しい嘘をついたものだ。
・・・彼女をあの基地に置き去りにしておいておきながら。
出来ることならあの子も王都に連れて帰りたかった。わたしにその権利があるなら絶対に持ち帰ってきている。
でも、これは軍の命令だ。私情を挟むことなんてあってはならない。
ちゃんと選考を行った結果、王都に必要なのは拠点防衛の機能を持つ子だという結論に至った。彼女のメンタルケア能力は、このような最前線の基地で活かされるだろう。
(・・・)
気分が落ち込んで、ブルーになる。
あの子、名前も知らないあの子がメンタルケアを行う際は、さっきみたいにキスして、相手の口内にプログラムを流し込むことになる。そう、ケアが必要な患者なら、誰にだって。
それを思うと胸が締め付けられた。こんなのわたしのワガママだ。あの子はわたしの私物じゃないし、本来の使い方はそういうものなんだ。わたしも多く居る患者のうちの1人だった、だけのこと。
それでも彼女の顔を思い出すたびに、胸が痛んだ。苦しい。
「メンタルに、異常を、検知、しました」
そう、こういう時こそ彼女のメンタルケア能力が必要なのに。
「って、えええぇ!?」
その彼女が、隣に居る!
わたしは驚きすぎて、頭を思い切り馬車の壁にぶつけてしまう。
「いだい・・・っ」
「外傷、は、どうしようもありません」
彼女は困ったようにこちらを見つめる。
「あ、貴女、なんで!?」
この子は王都に持ち帰るリストに入っていない。それは間違いない。
「気づいたら、荷物に紛れ込んで、いました」
「どういう事・・・!?」
「少尉どのと、離れるのは、苦しい。そう、思ったからです」
「・・・!」
そうか、わたしは忘れていた。
この子は機械じゃない。元は遺体・・・人間なんだ。
人間ならもちろん感情がある。この子の中に、わたしと離れたくないという強い想いが芽生えたから。
だから、あの基地から逃げてきたんだ。
(この子たちは多分、軍規なんて知らない。だから、何のためらいもなく・・・)
敵前逃亡なんてことが出来た。そりゃあそうだ。この子の頭の中に、ルールなんて無いんだから。
わたしは彼女の瞳を見つめる。恐らく生身の眼球ではない、機械で作られた眼を。
「わたしもだよ。わたしも、貴女と別れるのが嫌だった。だから、」
彼女の細い身体をぎゅっと抱きしめながら、わたしは言う。
「ありがとう。これからはずっと、一緒だよ・・・」